2017年8月20日 追悼コンサート後半 トランペットとクラリネットの二重奏曲

 舞台では木管四重奏がJ・S・バッハの曲を奏でていた。祈里のバッハ好きから選ばれたものだ。クラリネットの奏者は祈里の個人レッスンの先生だ。彼女の演奏の中には祈里が教わった音楽が潜んでいる。


 後半最初の木管四重奏の演奏が終わった。四重奏の奏者達は舞台袖に下がって様子を見ているのが見切れて見えた。


 スポットライトが舞台中央に置かれたクラリネットを手にして笑顔の祈里の写真立てを浮かび上がらせていた。おばさんが次の演目を説明した。

「祈里が残した音源があったので3曲続けてお聞きください」


 1曲目はクラリネット・ソロ。祈里が好きだった吹部アニメ作品のテーマ曲とでも言うべき曲。本来はユーフォニアム・ソロだけどそれをクラリネットで吹いている。何故演奏するのか、何故上達したいのか。その曲が劇中で書かれた理由。そういう物語込みで祈里はこの曲を愛していた。だから自分のパート、クラリネットで吹いてみたかったのだろう。そんな勝手な思い自体が勝手な意味付けだ。だけど、


 2曲目はアルフレッド・ウールの48のエチュード第45番。クラリネット・ソロ。3分に少し足りないけどこの練習曲集の中では長めな曲だ。祈里の超絶技巧が鳴り響く。

この音源を選んだおばさんの意図は痛いほどわかる。この練習曲集はウィーン・フィルの首席奏者と親交が深かったと言われる作曲家が1940年に書いたものでクラリネットで音大を目指す子が手を付けるような難易度の高い練習曲集というのは知る人ぞ知るというところ。祈里が音大、そして音楽家を目指していた実力を示す証拠にもなる。


 さっき、おばさんは妙な事を言っていた。1曲目のアニメは祈里が「こんなのあるよ!凄いよ。ストーリーも演奏描写もとってもいい!」と教えてくれたものだ。2曲目は祈里の誓いみたいなもの。じゃあ、次は何だ?


 3曲目はトランペットとクラリネットの二重奏。1年生の時、祈里が自分で作曲したオリジナルだ。「トランペット奏者は君ね」と言ってコンクール練習の合間にこっそり練習に付き合わされていた3分ほどの小品。おばさん、この音源を見つけていたのか。


 あの頃、祈里にこの曲を見せられて、頼まれて、練習して、休憩時間にお菓子を取られたりジュースを回しあったりしながら、また吹いてという時間があった。秋から年末ぐらいだったと思う。

 それを見た他の部員が「おまえら、付き合ってるの?」と冷やかしてくれて、悠二が顔真っ赤にして否定したら祈里は根性なしという目で見てきた上で

「悠二がシャキッと吹ききればあんなの言われないんだよ?」

と演奏技術のせいにして怒られた。祈里は2年生になってから音大受験を目指して個人レッスンにも行くようになったので二人だけで吹いたのはあれが最後。録音は3月に「もう大学に入るまでやれそうにないから」とスタジオを借りて録ったものだった。


 3分間の演奏が終わった。おばさんがマイクを手に舞台に出るとスポットライトが当たった。


「最後の曲は祈里が作曲してお友達のトランペットの子と一緒に録音したものです。曲名は『愛の共鳴』でした。では最後に木管四重奏を……」


 祈里のお母さんの一言で高校1年生の3月の時の祈里との録音セッションに意識が飛んだ。


 祈里は録音を終えると片付けを始めた。

「そういえば、タイトル決めてるのか?」

この曲をきちんと練習して録音したいからトランペットパートをやれと言われた時、「曲名未定」とそっけなく書かれた楽譜を押し付けられていた。その時は文字通り受け取って決まってないんだろうなと思ったのだけど練習をしていくうちに祈里が決めてないというのが今ひとつ信じられなくなっていた。主題があってその事を表現した曲だとしか思えなくなっていた。

 祈里はフフッと笑った。

「いくつか思い浮かぶけど……鈍感だから踏ん切りがつかなくて。このまま『曲名未定』でもいいかもね」

「うわっ。勿体無いお化けが出るぞ。曲は凄くいいと思うよ」

「幼馴染の贔屓目でしょ。さ、出ないと追加料金取られるよ」


 悠二は自分の動揺は自覚していた。「愛の共鳴」か。言われたら曲の主題の組み方など分かる。噛み合わないまま両方の旋律が奏でられ少しずつ一致して最後に響き合う賑やかなのに美しい曲。あいつが言いたかった事がようやく自分の脳幹を揺るがした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る