歌声よ驚嘆たる開幕を歌え
彼の死亡まで既に五日となった頃、少女は自分の死ぬことの喜びに、歌声はいっそう高らかに跳ねる。
死ねるとただそれだけの無上の喜びは、その思いではなく感情に彩られ周りを魅了していた。その歌声は、既に何かの仮想現実ではなく人々の心に活力を与える。麻薬のような音は、ただそれだけで人々に明日の喜びを教えていた。
そんな彼女を冷めた目で覗くのは、ユーグダーシ=アルファンケベックだ。
自分の出来ない事を平然とやってのける彼女に嫉妬を抱きながらも、それが自分の残す最後の事だと思うと嬉しくはなってくる。目標は既に見えている、だがこの数日彼はまともに動かなくなっていた。
それは二人の友人と一人の死神の歌い手にも諦めたと思わせるのには、十分に足るものでは会った。だが彼にそれを問いただしても笑って流すだけ。
それとは別かどうか分からない話だが、他国の重鎮達がこの国に集まってきたのだ。その中には六貴人、三武官、八提督の姿もあるという。滅びた国と言う中立地帯で国家連合会議をするのではないかと言う噂さえ流れている。確かに全体的な国家と言う単位で見れば死滅したアルファンドであるが、まだ辛うじて国と言う形を保っている。そのお陰でここは他の国からの侵攻を阻み、政治的完全な中立地帯と変わってしまったのだ。
国家的に何か起こるのではないかと言う話は、アルファンドでは上下変わらず噂されている。
実際これさえお前の策略ではないのかと友人の一人である剣帝は問うが、内緒の一言で打ち切られた。知り合いだろうななんだろうが、彼は一言も話すつもりはないらしい。しかしながら、彼のそんな姿は周りから見ればだらけているの一言、命を有用に使うつもりがないとしか思えない。
周りとの価値観の差異が、また彼の計略を知らないものから見ればやはりそれは、苛立ち以外起こさないのだ。その代表格ともいえる人間は、毎日のように殴り込みをかける聞き耳屋だ。
ユーグダーシは聞き耳屋の来訪に、辟易としながらやはり行動を見せることはなかった。
霧がかぜに吹き飛ばされた午後、料理の出来ない駄目人間の変わりにさっくりと料理を作り、いつものように軽口を言い合いながら食事をし終わったごろ。住民街の一角にある彼らの部屋に、幾人かの足音が響いた。
食器を洗いながら水の冷たさに何度も息を吹いて暖めていたユーグダーシは、その不躾な音に不快感を隠さない。木製の扉をしつこくガンガンと鳴らし、壊れるんじゃないかと言うほど扉は酷い音を立てていた。だがまだ作業が中途半端だと、彼は軽くその音を無視し視線で一人の少女に命令する。
「任せた、多分知り合いだからお前の好きなように調理していい」
「了解している。貴方の言う事は基本的に過激だ」
昨昼の掃除に使ったバケツを彼女は鼻歌を歌いながら運んでいく。彼女の姿を確認しながら、彼もカチャカチャと後片付けを終わらせるために動いていた。
楽しそうな鼻歌が一度停止する「ちょっと待っていろ」の言葉が聞こえるまで少し時間を要した。間違い無く何か罠のようなものでも設置したのだろう。おばさんとはいえあの小さな体には、バケツ一杯に入った汚水を運ぶのは苦労するだろう。
体格的に致命的に、幼いと言う欠点を抱えるおばさんは、ゆっくりと鍵を開けてそこから脱兎のように逃げ出した。
どんな仕掛けをしたか彼は見ていなかったが、石壁さえ貫くような音の後におまけ程度に水の音が聞こえただけ。死んだかなと言う、思考をもたげるほどにはろくでもない音であった。
だが女はどこか満足そうな笑みを浮かべてどうだとでも聞いてくるように彼に笑いかけた。
「あのなぁ……、歳考えろよ。お前幾つだと思ってるんだ」
「四十超えたところから数えてない、いや数えたところで私の愛らしさは変わらない」
とりあえず反省しない四十代に、拳骨を浴びせて反省させるが、餓鬼のような四十ごえなんてものは反省をしないから、ただの餓鬼より扱いに困る。酔っ払いの方がまだまともに言う事を聞くと言うものだ。
「酷いだろう、やっぱり後いつか経たずに殺して欲しいじゃないの」
どうも涙腺が弱いのかユーグダーシの一撃で容易く涙目になるが、その表情はやはりその辺の子供が起こられたときと変わらない膨れっ面になる。
「そうなったら、川にでも投身自殺をしてやるだけだ。 歳をとっているならそれ相応の達観振りを見せろ。 実年齢を知っていれば、ただの老害だ」
不機嫌になった感情を隠すことも無いユーグダーシは、軽く彼女に吐き捨てる。
普段どちらかと言えば子供っぽい彼の視線が鋭くなると、その温度差に彼女はバツが悪くなったのだろう視線をそらした。その彼女の姿を確認してから、玄関の方に視線を向けそれ以上に鋭い視線を見せた。
それは敵と相対するときに見せる視線だ、彼がこれを見せたのは彼女と出会う前の一回限りである。
「お久しぶりだアルファンド天爵、まさかの痛烈な挨拶痛み入る」
天爵、一応のアルファンケベックの爵位は大公である。だが彼にはアルファンドと言う名を与えられた存在であり一応の八使途直系、故に人に与えられる人爵では無く。天爵が与えられた。
だがユーグダーシはその名で呼ばれることが不快なのであろう、余り見せることの無い怒りの表情をくみ上げる。
「それは失礼オルデン武公、落ちぶれた貴族の俺に卿は何の様だ」
「卿の才能を落ちぶれたで済ます者はこの世にはいない。もう諦めもついたであろう、仲間にまで裏切られたのだいい加減に誘いを受けよ」
だが彼が返すのは失笑だけだ。
「冗談だろう? これからだ、お前ら俺を甘く見るなよ天才。 まさか三武官の筆頭が、そんな下らない事でここに来たのか?」
「くだらなくなど無いな、卿の価値を我らが見損じるなどと言う事の方が下らない話だ。 卿なればと私は来たのだ、他の国も同じ思考の様だがな」
「ケイジマ公爵に、クルネ提督か、偉大なる高潔血統がここに来るとは異常な限りだよ。 俺にはそんな価値は無いというのに」
だがケイジマと呼ばれた女は、その表情を得意げにして彼を笑った。
その彼女の態度に彼は少しばかり視線を鋭くするが、仮にもその女はステイマン連邦における王さえも簡単に手を出す事を許されない権力を持つ大華族 ヒネミア の当主にして六貴人の統括華族である。下らない暴言で敵にするのも馬鹿らしい類の人間である。ユーグダーシには埒外の人間ではあるようだが……
「冗談でしょう天爵様。 閣下は、四大国家連合であった国において唯一選ばれた国家称号の持ち主でありますのに」
しかしながら、その大華族であってもユーグダーシの天爵の階級にはどうしてもかなわない。それ以上に彼の能力に対してそれだけの敬意示しているのだろう。
「それは言葉ではない力だろうが公爵。 一つ天爵からの講義だ、言葉は力の後にしかついてこない、それが出来るのは人にも劣る獣だけだ。 人を人たら占める言葉を力と同一にするなヒネミアの名が廃ると言うものだ忘れるな」
「ええ、それはそれは身にしみて三年前に刻ませていただきました閣下に、ですが今はその獣じみた行為も私は辞さない。 ここにいる全ての人間は貴方に、国の名前を与えると言ってきているのです天爵」
破格なんてものじゃない、国の名前を与えられるとはその国の王にさえ許されることは無い。事実上その国の真の意味の代表であり、王を越える特権階級であるともいえる。それを他国の人間に与えるなんて正気なもんじゃない、他の国から王を向かえるような非常識だ。
「お前ら馬鹿だろう、普通その称号を他の人間に渡しても言いと言うか?」
「俺様は高潔血統の筆頭になりうるだけの力があるといっているのだその全てを差し引いて、分かるであろう。貴様は、それだけの器があるというのだ」
「クルネ提督といいオルデン武公といいケイジマ公爵まで、何度も言うが断るに決まってるだろう。俺は俺のためにやるだけであって、他のために動こうとなんて思っていない。今から行なうのは俺の負債を晴らすだけの話だ」
これは彼らの間で何度も繰り返された言葉の応酬だ。剣呑な様子を隠そうともしない彼らは、ユーグダーシの返答を良しとしない。
かつての大会議の際に、ユーグダーシは転借に選ばれるだけの能力を示した。当時の高潔血統全てに喧嘩を売り屈服させた、戦争になってもおかしくないだけの状況にまで陥ったその大会議をただ一人で纏めた。
今は引退したミイヒマ公爵は、そのときのユーグダーシを高くかい。その日のうちに滅びる国からこちらに写らないかと必死に説得したほどだ。
他の血統は彼に屈服された挙句、その自尊心からかそんな事はしなかったが、大会議の後彼を勧誘しなかった国はなく。その断りが全て、戻らぬ国など無いのだ、出来ないのはその時代の人間の無能に過ぎないといい言葉を跳ね除けた。誰もが彼をそのときとめられないと理解したのだろう、この世界で最高の天才と呼ばれるゆえんにもなった理由であり、天爵に選ばれた理由でもあった。
「国の全てをなげうってもおぬしが欲しいといっている」
「断る、この国はまだ終わってない。全てが笑えるようにすることは出来ないが、人が生きていくため最低限の言をするだけの力はあると思う。ならアルファンドは終わらない、だから消えろ、いいか俺の逆鱗に触れる前に消えろ。武公であっても、殺されぬと思うな」
空気を変容させれば簡単だと思うか?
その空気に当てられた四人は、思い思いの表情をとる。一人は笑い、一人は笑い、一人は笑い、一人はあくびを、それでこそ我等が認める天才と喜び勇み、そしてどうでもいいとあくびを一つ女は行なった。
「それは失敬、天爵。ここは一度離れましょうですが、ですが我等とて諦めないことだけは忘れぬよう。こちらとて、滅びた国にいつまでもいるほど優しくは無い」
「知ってる、どんな手段で来るか理解にしたくも無いが、お前達がやさしいと思ったことなんて無い天才ども」
相手にとっては皮肉、彼にとっては事実、その程度の会話をした後に三人は、一人一人時刻の挨拶をしながら彼の部屋からでていった。
「で、これも貴様の策略か?」
三人が消えた後、彼女はポツリと呟く。ここにこの大陸における最重要人物が集まったのだ。もっと言うのならこの国に、来ることに意義なんて何にもありはしない。少なくとも彼女はそう考えたのだ。
「どうだろう、それは最後の仕上げを見ての反応だろう?」
「それは貴様が死ぬときだ」
「そりゃそうだ、だが俺は確信を持っていえる。修正できる段階をとっくに過ぎている」
どう転んで失敗してももう止まらない場所にあると、にしては彼の顔は余裕に満ちていた。
まだ彼の手から零れ落ちる事の無い状況だというそれは証なのかもしれない。だがこの男のこういう顔は、今までずっと見てきた。すでにこの男においてどれが正しいとかを考える状況ではないのだろう。
結局彼女が思うのはこの餓鬼は、気にするだけ無駄と言うことだ。
自分以外の人間の才能に気付くというその才能のお陰で性格が歪んでしまい、その周りの輝ける才能の前に自分を埋もれさせてしまったという事ぐらいしか彼女には分からない。
「だがどうするかねこの扉、俺達の生活にそんなに余裕があるわけじゃないんだが」
これがあと五日で死ぬ男の漏らす言葉である。
全く死ぬまでこのままだろうとは思うが、彼女さえこの男があと五日で死ぬとは思えなくなるから困った話である。
***
「卿らやはりあの天爵は、国に下ってくれなかったな」
「理解はしていた、天爵閣下はその意志を一切曲げない。幾つかの想像ができるがそれでもあのお方の考えを一片しか掴んでおらん」
かつての時たかが十代の餓鬼に、ここにいる全ての人間が叩きつぶされた。
変わっていない、より頑固により器を感じさせる成長を見せていた。三人だ同時に溜息をはく、あの男を国に入れれば間違い無く千年の安泰を確約させるだろうと、だがユーグダーシはそんな環境を好まない打ころか国に以上の忠誠を捧げていた。
「あの男は、何も諦めていなかった。想像したくも無いが、天爵はこの状況さえ読んでいたのかも知れない」
「当然でしょう天爵閣下は、それだけの器の人間です。ですが、我等とて最高血統を語る者達、ただであのお方の言う通り動く事はありません」
でしょう?
煌びやかな家族社会に生きてきた彼女だからこそ出来る笑みで、他の二人を納得させる。いや二人とてそんなことは分かっているのだ、彼らは理解したのである。アルファンドと言う国の形がある限り大貴族にして天爵の名を持つユーグダーシは、その国を復興させようとするだろう。どれほどの力を振り絞ったとしても、それを理解した三人はそもそものアルファンドと言う国を破壊するしかないという事実を再確認した。
「そして我等の勝利の後、天爵の自由意志に任せることを理解しておく。それで恨み話、後に国が彼の手によって奪われるか破壊されようとも」
「当然でしょう」
「当たり前のことである」
人の夢を破壊する代償を彼らは知っている。だがそれを行い国に引き込むだけの価値のある男こそがユーグダーシであった。
三人が纏めて足を向ける場所、そこは世界最高の美しさを持つといわれるヨルヨバトバリ。彼らはそれぞれの思惑がある、だがそれ以上に今から敵にする相手との勝負に酔っていた。
それはまだユーグダーシがアルファンケベックの当主となり、その顔合わせとして用意された世界会議において彼はその才能を明らかにした。
多分当初は、彼の力を試すための代物だったのだろう。だがそこで彼は全ての国の人間を屈服させ、この日天爵を与えられたが、これから数年の間にアルファンドは滅びた。考えてみればユーグダーシはこの時から、すでに今の策略を考えていたのだろう。
余りに効率的に滅びたのだこの国は、天爵を与えられた後も呼んだ貴族は彼を軽く見た。と言うよりユーグダーシの力を見誤った。
多分であるが彼が世界会議を行なったとき、その貴族全てを叩きつぶしたのは四大貴族に自分の力を認めさせるためだったのかもしれない。そこで彼の言葉を聞いてもらっていればアルファンドは息を吹き返したかもしれない。
だが全ては終わった事だ。
最低でも四十年は動くはずだった国が負債を全て残さず、滅んでいった。結果国と言う形だけが世界に残った、こんなこと他の国に滅ぼされたわけでもなくいつの間には徹底的に内部が滅んだのだ。
経済的には死んだ、だと言うのに国の負債はゼロ。訳が分からない、だがユーグダーシはそれを行なってしまった。それにいくら浮浪者といっても餓死者は未だ出ていない、どういう状況下と考えれば何かがおかしい、ユーグダーシの策略ならありうると誰もが思う状況になっているのだ。
しかしながらそれに気付いたものは極少数だ。何しろこれはきちんと数を調べたわけでもなく、その詳しい証拠も国の一部に残っているだけに過ぎない。
滅んだといわれた国で、そんなもの調べようとする奇特な人間は極少数だ。それを調べたのは自国の人間ではなく他国の人間、この状況から見ても一部を除きユーグダーシの能力を評価するものは少ない状況だ。
と言うより彼の国での実績はふざけた事に、国を効率よく滅ぼした以外のところには無い。
何しろ彼のすることなす事全てが他の四大貴族たちの否定されて止められたからだ。民衆からすれば彼の活躍なんてものは国を滅ぼした大馬鹿だけだろう。その辺りもユーグダーシの能力の高さがきっちりと偶然を装われているが、それを考えれば彼は国に不利益な事しかしていなかった。
実際の国が滅びる最後のとき、そこでようやくユーグダーシ世代の人間に交代させられたのだ。実際の話であるが、彼らの世代はユーグダーシに引きつられる様に、今昔にいたる全ての呼んだ貴族の中でも一・二を争う天才ばかりだろう。
実際彼らも何もしていない、ユーグダーシの世代は基本的に目立った活躍をしたものはいない。国が滅んでからの活躍はあったとしてもだ。強いてあげるなら剣帝ジューグ、九代目を超える最強の剣士としてその実力を歌われるものである。
「活躍さえ出来ない世代であった天爵世代。歴代最高の才を持ちながら、誰一人としてその力を十二分に震えたものはいない」
「いやたった一人だけ天爵を打ち破り、会社を今も急速敵に伸ばしている男がいるであろうメイフィーア大公が」
メイフィーア大公、経済の名君とまで言われるグードスケ家の当主。
今もなおその会社の絵協力は留まる事を知らない。少し前にあったある事件によりアルファンド似合った企業の八割は彼の手に収まっている。その全てが二日と立たずに吸収されてしまった。
彼の恐るべき手腕、それともこれにも天爵が関わっているか。
「どちらにしろアルファンドは、その才能の坩堝ですね。我等の祖が、アルファンドを真似たのもその優秀な血脈を引き入れるためなのかもしれません」
「だが才能だけではどうにもならなかった。だからこそ今の状況なのだ」
「その才能が故に手段を選ばなかったのかもしれないが、どちらにしろ我等のするべきことをするだけの話だ」
ここにいる三人は四大貴族と同じくその地位を顕にする者達、誰もが祖国における最強を与えられた。
彼らとて優秀では足りない存在たちだ。だがその才能をもってしてもこの霧の都と呼ばれたアルファンドの四大の貴族には劣る。人材の宝物庫とさえ呼ばれたアルファンドだ、一体どれほどの逸材が隠れているのかと思えば彼らとて心が躍る。
「無能な家臣に無能な王、高潔血統だけではこの先国が滅びてしまいますからね」
「それに比べてこの国の人間は優秀だ。一体誰がここまでの人材を用意して国が滅ぼせるのか聞きたい話であるが、これほどの人材の宝庫をわれわれは見たことが無い」
「この国を手に入れればそれだけで、この教会大陸の覇権を握るのと変わりなくなる。天爵を国に入れればそれだけで、三大陸のベイジレイ大国、ヒルマジ帝国、四方王連盟とさえ互角どころか圧倒的な力関係で遣り合える」
大陸統一すら可能であろうと彼らは確信を持っていた。
そんな逸材を彼らは、この小さな国で埋もれさせることは許せないのだ。何よりこの逸材の揃う国、自国に全てを費やそうとする彼らにとって、アルファンドはまさに素晴らしい国だったのだ。
戦争ではこの貴重な人材が消え去ってしまう。何より武力を使うほどの国の状況じゃないのだ、引き抜きも出来るだろう。だが辛うじて国の形がある以上、大陸連合法に則り正式な手続きを踏む必要があるが、しかしながらまともに国が機能していない。亡命した人間もいるだろうが、経済的に成長していたアルファンドはメイフィーア大公や他の成功者が、労働力を欲した。その賃金は微々たる物であったし、殆ど不当労働に近いものだったが、そういった成功者の行動により国は閉鎖されたものに代わっていったのだ。
貿易と言う手段以外の方法で国は開いていなかったといってもいい。
だが今のアルファンドは十日前と話が違う。今やアルファンドの経済はメイフィーア大公の手によって完全独占されているのだ。それと元々メイフィーア大公の企業自体アルファンドには未来を見ていなかったのだろう彼らの国の市場に堂々と居座っている。他の企業の流通やらの全てを彼は独占したが、アルファンド自体には興味を示さなかった。
その為にアルファンドは今までの閉鎖をしていた人間は、全てユーグダーシに殺され。その会社はメイフィーアによって全て吸収されている。
それにより完全にアルファンドの閉鎖された門は完全に開放された。だからこそ、いまここにザッブル境界大陸における三大国の実質的トップがこれるわけが無い。だからこそ彼らはここで確実に、内側からアルファンドを崩そうと画策するためにここにいる。
その全ての目的の中心にいるのがユーグダーシである。そのために彼らはここに来た、引きこもりを引っ張り出すために。
「最悪でも天爵だけは確保しないとこれからは、戦乱の世になる。ヒルマジ帝国と四方王連盟はもはやザッブル境界大陸の敵以外の何者でもなくなった」
「八提督率いる、蹂躙艦隊が野戦馬鹿どもに負けるとは思えませんが?」
「海戦ではまけんが、我等は本当に海戦のみなのだ。その為に、三武官殿の力必要なのだが」
「我等の国は武力で歌うような国では無いのでな。我等の力はともかく、国力に差がありすぎる。このレベルであれば、個人の能力に関してではどうにもならん」
「我等とて信金援助は出来てもそれまで、アルファンドそしてコーシェードバイエッファが消え去った今、国の調和と技術力が一瞬にして停滞しましたからね。そもそも足りないところを補い合うのが国家連盟を打ち立てた理由だと言うのに、どこぞの馬鹿国がよりにもよってこれからの近く実に中心に立つはずだった国に喧嘩を売って死ななければ良かっただけです」
二人は当然のように首肯する。十字国ことコーシェードバイエッファ、これの暴走が全ての始まりだ。
それさえなければこの大陸に他の国が信仰してくる事はなかっただろう。著しく大陸全ての国力が下がったのだ、こんなねらい目の国は無い。
簡単に言えばこのアルファンドに来た理由は国家統合である。大陸中の国をどうにか一纏めにすることで、他の国に対抗しようと考えたのだ。元々その案じたいはアルファンドから出されていたものである。
「脅しでもかければこの国の王は、肯定せざるおえないだろう」
すでに彼らは尻に火のついた状態だ。誰一人として明るい顔をしたものはいない。
「ですが何処まで天爵は私達を読んでいるのか。それが一番の問題なんです、下手をすればアルファンドに食われる可能性すらありますからね」
そうだ、本当にこればかりは事実になるかもしれない。彼ら全てが理解している、ユーグダーシと言う名の男は、何をしでかすか分からない男なのだ。たった一度会っただけで、全ての人間のプライドをへし折り国を侮辱してもなお、アルファンドと戦争する事を拒否するほどには、彼はとんでもない。
「気にするな、どうせ天爵は全てを呼んだ布石を打つのだ。なら我等はそれを前提として行動する、だがそれでも天爵の思い通りになるようであれば、諦めるしか無いだろう。あの化け物に敵対した我等が悪かっただけだ、そのてんしゃのくさい肺を見届けて唖然とするしかない。
それにアルファンドが生き返るのであればそれはそれでありがたいことだ。少なくとも三大陸とは互角に戦う事が可能なんだからな」
ただそれには自分達の国の発展は無いという確信はあったが、三人はそれを話題にするつもりはなかった。
どちらに転んでもいいのだ、しかし今から自分達のやることは間違い無くユーグダーシと敵対するための行動、巨大な牙をむかれればこの三人とて恐怖ぐらいはする。そんな折だ、馬の鳴き声が聞こえて馬車が止まった。
目的地に着いたのだろう、三人は下りるが驚いた顔をする。彼らはアルファンド自体に来るのは指折りでも三回前後といったところだろう、そこには兵達をなくしてもなお荘厳にたつ、ヨルヨバトバリの城。一人の芸術家が全てを費やした城は、今もなお鬼気迫るなにかを感じさせずに入られなかった。
一瞬で飲まれた三人は深呼吸をしてもう一度見る。これほどの城を持つ国でも終りが来ると思えば、自分達の国でさえ空恐ろしいことになる。一層彼らの心は引き締まった。何しろ彼らはこの国をぶち壊すためにここにいる、この国の頂である王の下に、書状はすでに出されている。後はその協議のためだ、機能しない国は回りにさえ迷惑をかける、死に掛けた龍の首を落とすそれが彼らの今の仕事だ。
***
「いないかジューグの奴は」
「だんな様は今お城に行っていますよユーグダーシさん」
母親を思い出すが全く見当違いの方向の微笑にユーグダーシは、調子を崩れそうになる。彼の知っている母親はこんな純情な少女ではなく、どちらかと言えば豪快な酒場の女将、自分の父をおにー様とか言っていた親だ。息子には容赦の無い教育を叩き込み、その息子の才能に唖然としていた親である。
彼にとっては自分より若い親のように見えて気持ち悪くなって気さえする。
「リブドゥルエさんは、いつも通り私達の家の看板娘さんですし。ここの売り上げも上がっているんですよ」
「そうかい、しかし今日は店主はいないからおっさんばかりか。酒とか用意できないのにな、じゃあ今日もお勧めよろしくな」
「了解ですよ。ユーグダーシさんのお陰で、だんな様も楽しそうですし。と建前はここまででお仕舞いです、メイフィーア大公がお話をしたいといっていますよ」
そう言って指差したのはカウンターの一番奥、そこにはちょっと陰気な気配を出した男がいた。
それこそがカイベス=グードスケ=メイフィーアである。ユーグダーシは親友の顔を見ると珍しく顔を緩ませて笑う、偶然その彼の顔を見たジューグの嫁いやペイネン=ネルティア=ネイベックは、くるりと目を丸くさせて驚いた。
「裏切り者にもそんな顔が出来るんですか?」
「そりゃ大親友に会うんだ、当然の話だろうが。あとあの四十代には、少し歌ってろといっておいてくれ長話になる」
お手上げと彼女は飽きれて首を振るが、ユーグダーシはその姿をもう見ようとしない。見ているほうまで、嬉しそうで自然と顔のほころぶようなそんな笑顔、本当であればこちらが正しいユーグダーシだが、誰もそんなことは知らない。
知っているのはカイベスと言う、ユーグダーシ最高の友人ぐらいだろう。一瞬自分の旦那よりも見とれてしまった自分に彼女は反省すると、仕事の忙しさに埋没していく。その二人の会話さえも忘れていただろう、この会話こそがこの国の帰趨を完全に決めるものであったとしてもだ。
「久しぶりだなカイベス。お前が裏切って以来だ、それで調子のほうはいいのか」
「裏切ったとは心外だぞユーグ、俺はお前のために苦心していると言うのに、一応俺の仕事は完璧に出来ている。後は王城だけだが……、王がどれほどお前の言葉を何処まで守るかだろう」
「別にどっちでもいいさ、それならそっち側の策で行くだけ。俺の予想通りに物事は動いている、と言うより状況が予想通りに動くしか無い状況と言うだけだ。最低限の国の対面を守っているこの国、そこには大陸連合法が適用される。国である限り連合加盟国は、その国の独立性を尊重するべきものであると、一応とは言えまだアルファンドは国家連合の一つに入っているからな。
何処まで言っても国とのは条約道理動いたりするものだ。長期にわたっての閉鎖は出来ないが、こうやって閉鎖してやれば鎖国と変わらない状況になる。成功者たちも予想通りの行動をとってくれた。その指針をとったのは最初は俺達だがな。巧妙に隠してはいるがきちんと全員に匂わせてやった。だからこそ最低限の手続きを踏む必要がでた、今は開放されたからこそその最低限を実行する機会ができたんだ」
抑えられない笑いを溢しながら豆茶を飲む。これはただの自分への自嘲の笑みだ、救うといった民を平然と足蹴にしている自分。
本当に自分じゃなければ殺されても仕方の無いことをしているという彼は確信もあった。何しろ自分自身が一番そう思っているのだから当然だ、国を復活させるそのためだけに手段を選んでいない自分の傲慢さは、己でなければすでに自分が殺している確信さえあるだろう。
だがこれが彼の不器用な生き方なのだから仕方ない。
最も当人は自分が不器用とは、思っていてもこの生き方を変えるような、尻軽ではない。自分の生涯を定めた人間は、時として聖者よりも世界を透き通った目で見る。それを傲慢に神の視点と言ってもいいだろう。
カイベスはユーグダーシのそんな態度を、惜しいとさえ思う。
当然彼はユーグダーシの末路を知っている。だが納得してしまったのだ、彼の親友はもはや前しか見えない。その目的のためなら手段も犠牲も一切厭わない、それこそが今まで積み上げてきた犠牲に対する最大の配慮だともはや確信している。
目的のためならきっと、自分どころか彼自身すら捧げるだろう事を、国を滅ぼしたものユーグダーシだ、そして国を復活させる男もまたそうなのだろう。
「だが王は所詮無能だぞ」
一応だが別に王は無能ではない、彼らと比べれば大体の人間が無能になる。だがユーグダーシは首を横の振る。
「ありえない、人間はすべからく有能だ。それを使いこなすか使いこなさないかに過ぎない、王とて無能じゃない。それになどっちに転んでも一時間伸びるだけに過ぎない」
「確かにそうだが、その一時間が致命的になる場合もあるだろうお前なら」
「それに信じてるしな、俺は人間と言う化け物に対して敬意を示している。それぐらいのことは当然の話だろう、カイベスはまだ人間の可能性を甘く見すぎている」
「俺は同時に人間は下らない愚かな生物である問い事も認識しているんでな。人間なんて所詮猿だろうが、猿からの成長なぞ一つたりとも無い、人間と猿は本質的にはなにも変わっていない同じ生物だ。異端がいれば廃絶し、力によって上に立つ、それは手段を変えたとしても何の代わりも無い王を主体とする国なんてものは根本的に猿山だ。俺はそんな猿を信用した事は一切無い」
その目には憎しみさえも抱いていただろう。まぁこんな穴だらけの二人だから仲良くなれたのだが、常にここは平行線だ。
だが今回ばかりは彼は違った、少し目が優しくなったのだ。
「だが猿には友情は抱けない、その点だけは人間に生まれて感謝するところだ」
「多少はお前も成長したって事か、それについては酒で乾杯したいが今はいいか。多分お前とこうやって会話するのは最後に成るだろうから今日は馬鹿騒ぎしよーぜ」
「おいおい、最後なのは別に構わないがさ。待ち人を完全に忘れんなよ」
そういって彼は一人の少女を指差すが、ユーグダーシは渋い顔をして。本気で邪魔と思っていたのだからとんでもない。
「あの四十代か、放置しとけばいい。折角親友と久しぶりに酒が飲めるんだそれぐらい許されるだろう」
「駄目だな、俺とお前は裏切られた関係だ。お前の目的のためにもそれは許されない」
だが彼はそれを許さないカイベスの鋭い眼光はユーグダーシさえ圧倒する。冗談のつもりだったのだろう首をすくめた。
彼がリブドゥルエを邪魔者扱いしているのは事実であるが、厳しい親友にやれやれと溜息を吐いた。
「別に今日は話す事も一切無いがね、今がチャンスだ。毒をねじ込めよ、今なら高等血統にも優れた奴はいないからな。ただし八提督と三武官は気をつけろよ、やつらは囲いの中の猿だ。新たに入る猿を殺し果てるまでいたぶる、お前の力があれば後三日でどうにでもなるだろうがな」
「それは妥当な計算で、他だ残念な事に二日で十分だな。お前は俺の力を過小評価しすぎだ、たかが贋作しかも劣化コピーが新作しかも歴代最高の名をもらう俺に勝てるわけがあるとでも」
「別に名前で実力が分かるわけじゃないしな」
「ずいぶんないいようだなユーグ。じゃあ聞くがお前の親友があの程度の相手に手間取ると思うか?」
首を振る、確信せざるおえない。彼は信じているし、冷静に判断も出来る。
困った事にその彼の判断が、今の彼なら一日でさえやり遂げるという確信を放つ。そして嬉しそうに笑って、彼は思うのだやっぱり化け物だと。
「まさか、お前なら一日あればいけるだろう」
「当然だな、所詮はとっくにしみこませた毒だ。しかも時限的な、俺の気分しだいでいつでも殺してやるだけの毒は用意してある」
「ほら見ろ、一つ裏返せばその表情だ。人間は人間だからこそ、猿とは違う何かがある、理解しておけよ所詮猿と所詮人間、この明確な差はこの世界にきちんとあるぞ」
カイベスはこれが他のジューグなどなら気にもしないだろう。持論を曲げる事さえも、だがユーグダーシだったら話は別だ、彼は信じている目の前にいる悪戯小僧こそ自分が信じる全てである事を、それは友情と言うよりはもしかすると忠誠なのかもしれない。
それは彼自体も感じていることだ、だがそれでもいいと彼は思ってしまう。
しかし彼はもうユーグダーシが死んでしまうことを伝えられている。簡単に命を消費する彼の親友だが、彼はそれを止めるつもりは一切無い。それに対して悲しさもある、多少の絶望も、だがこの作戦が成功してユーグダーシにいられてもらっては困る。
元々この国が復活すれば英雄は要らないのだ。
ユーグダーシは英雄と言う異常者が好きじゃない、祭り上げられるなんてもっとお断りなのだろう。二人してその結論に到った、だがこの一ヶ月で行なうというその制約は彼を英雄にしてしまう可能性があるのだ。だからこそ受け入れたともいえるかもしれない、元々国から彼は出て行くつもりであったのだ。
「そうかい、そんなことはどうでもいい。今の所は順調、もしかしたら途中で崩れるかもしれない、だがそれでも前はこの時間で成功させるだろう。じゃあ次の質問だ、俺は今からどうすればいいユーグ」
「予定通り進めればいい、おまえの道を阻むつもりは無い。今からは思うようにしろ、そのために手段なんか問わない、むしろ手段を問うようなら殴り飛ばしてやる。全てを使え、自分が出来る全てを」
会話はくるりと入れ替わる。それと同時に二人の表情も、まるで面をつけたように変貌した。
「つまりは俺の自由か、斬るも払うも好き勝手。折角だ盛大にやれ、俺の死に様だ花ぐらい添えてくれ」
「いいけどな、ユーグ。じゃあ俺も本格的に動く、社員達は有能ばかり後は俺の采配しだいだが、お前の信じた男が無能であっても困るだろう?」
「当然だなカイベス、どちらにしろ決行は三日後だ。一日でそれが出来るんだ、追加分派手にしておけよ。あと社員連中にアルファンド以外は滅ぼす気概をもてと言っておけ」
本当にそんな事をすればそれこそ、アルファンドは他の大陸に呑まれる。だからそれは半分冗談だ、あくまで半分、カイベスとユーグダーシは行っておきながら無茶だと二人して笑った。
これからもう会うことの無い友人にかける言葉はそれほど多くなかった、いやかける言葉はすでに態度にして万言をとしている。ユーグダーシは決めた事をやめる人間じゃない、カイベスもまた同じ、だからこそ二人は止まらない事を知っている。その代わりに、死に行くひとりの為にするべき事は全て見定めている。
化け物はどっちか、こっちか、それともあっちか。
その辺に湧いて出るように彼に汚染されて現れる。所詮人間なんて何処で裏返る皮からくるりと、それが人間を人間としているのだから正気の世の中じゃない。
「了解したしそんなことは当たり前のことだろう。最後の盃だと言うのに、うだうだ言うな俺に任せろ、お前以外の全てを信頼しろ」
「ならそんなの何時でもできている」
豆茶の入ったカップを乾杯と鳴らせて一つ目の夜の帳は世界を染めた。
***
同時刻、謁見のまではそれは精神の磨り減り合いが起きていた。
正直勘弁して欲しいだろう。真血の四大貴族二人がどれほどの物か彼らは理解させられる。のらりくらりと回避したわけじゃない、ただその己の際を利用して最大限の力を見せ付ける。
「貴公たちの言葉は理解した、だが断ると申しているだろう」
「こんな中身の無い国に何を求める、ただ大陸連合法に則り融合解体をするといっているだけだ」
「何を言う、貴公らの言っていることすべては妄言であろう。何しろここにはきちんと国があるでは無いか、アルファンドと言う国は王さえ消えていないというのに何を言っているのだ」
王は、ユーグダーシのときに見せたような狼狽などは一切無い。元々彼は当時最大の国力を持っていた十字国をその采配で滅ぼした男だ、代償はあったとしても四大貴族がいたとしても、そのせいで国が滅びたとしても、本来物量に轢殺されるはずだった国を救った王である。そして何より彼は四大貴族を従えるに値する王であった。
「ですが国家連合は、すでに会議によってそれを締結しました」
「当事者のいない、会議にそんな言葉が通用するか。常識をわきまえろ三劣等」
「それにここ五年ほど、我等アルファンドを抜きにして勝手に会議を行なっているだけだろう。一度たりともこちらに御呼びが掛かった事は無いけど、どう申し開く?」
最も言われたところでいけなかっただろうが、だがそんな言葉に意味は無い。事実だけを突きつける、楽園よりも今の王国を守る。
目的の出来て生きる機会を与えられた王は、周りにいる自分と同意の一族に引けをとらない存在感を出す。これが多分トルド家が連綿と生きてきた証拠なのだろう、四大貴族たちはその王の姿に驚く。
だが彼らのひとつ前の世代であれば、これこそが彼らの王だとでも思ったことだろう。
「それについては申し泡家なかったと思います。ですが決定は不変、まともに運営できないような国は百害あっても一理もありませんからね」
「ふむ、それは至言だな。事実認めるしか無いだろう、しかしわが国の一切の承認なしの会議で決められたものを拒否して何が悪い。貴公らの無能の始末を我等がつけるいわれは一切無い」
ただ左右に首を振り一蹴する。
だがそこにいる彼らとてただで返るような人間達ではない。アルファンドにいる彼らとでは、国力と言う名の差が明確に広がっているのだ。実際宣戦布告と変わらない発言をしている。
「それは我等に対する侮辱か」
「ふん、それは貴公達が決めることだ。どちらにしろ、今ここで三武官とて俺に敵うとは思わないが、蝿のように切り殺してやってもいいぞ。丁度蝿のような戯言をほざいていたことだしな」
大陸どころか世界でさえ最初から数えた方が早いほどの剣の使い手であり、王家剣術指南役、そしてアルファンケベック四方元帥である男は伊達では無い。
こいつ一人いるだけで、一個中隊を滅ぼせるのだ。こんな人外を相手に出来る人間なんてそれこそユーグダーシぐらいだろう。三武官の一人とは言え彼だって、やりあいたい相手じゃない。それが今時分に牙を向くといわれれば冗談じゃないと言い張るだけだ。
「支社に対する暴行が許されるとでも?」
「甘く見ないほうがいい、僕が誰だか分からないほど愚かじゃないだろう情報元帥とは僕の事だ。君達が何処で死んだかなんてどうにでも変えられる、それで今回の問題は仕舞いだよ」
しかしながら絶対的に不利なのはアルファンド側だ、兵力はなく、財力も無い、ただ居るのはここにいる三人だけだと言うのに、なぜこうも平然といられるのだろう。その答えは容易い、彼らにとって敵とはユーグダーシだ。同年代で友人であり競争相手、その定めて視点と彼らが違いすぎる。
勝てないと断じた彼らと、価値たちと思う彼らでは出発点がそもそも違う。
「引く気は無いと」
「当然だ、この国は戻る。更なる力をつけて、だと言うのにたかが三下との会話をしてやっているのだ感謝こそすれば生意気な態度をとられる謂れは一切無い。この国は戻るのだ、それを理解したのならさっさと国に帰れ。それがわれわれの慈悲だ」
そんな脅しはすでに彼らには聞かない。どれほど苦労しようと、信じたものがあるのそれに従う。
アルファンドの名前を刻むものの言葉は、この国において最も思い言葉であるのだ。それは信頼とかそう言う類のものではもはや無いのかもしれない。起こることが確実なものに、一々信頼なんで抱けない。各章だけがあるのだから当然だ。
「つまりアルファンドは創立国でありながら連合法を守らないわけですね」
「国一つを解体するのだ、最低限道理を通せと言っているそれも守れん国なら最初から連合法など守る気も無いということだろう。いい加減、脅し以外の手段でこちらにかかって来い、アルファンドは敵対する全ての国を平等に叩きつぶすそう言う国だ。それが不条理であるなら当然の如く踏み荒らしてくれる」
笑うしかない。
高潔血統でありながらこれだけの差、そして自分達の国と比べたときの、王の器と仲間の有能ぶり、そして何よりこの気高い生き様。自分が一回の兵卒であればアルファンドに亡命したかもしれない、それが出来ない地位と報酬をもらってしまっている自分達。
「仕方ないです、今日はこれで下がろう。だが次は無い、次は我等とて容赦しない、最低でも天爵だけは貰い受ける」
「それこそ無理な話だ。あいつは敵対するものには容赦ない、懐に納めたものにはどんな慈悲でもくれてやる奴だがな」
「次はどんな攻城でくるか楽しみであるが、もし力押ししかないのなら戦争から始めろ。それ以外の手段であるファンドを取れると思うな」
その声はまさに竜の唸りだった。その低く体を縛る声に三人は何もいえない、ただ頭を下げて王城から出て行くだけだ。
若き二人の読んだ貴族もまたその声に、アルファンドの確かな未来を見た。
「王よ、この国はまたあの活気を取り戻すだろうな」
「当然であろう。ユーグ坊が動くのだ、我等の国最初で最後の逸材にして宝が動くのだ。それも本気で、どうなるか分からぬが今よりよっぽど良くなるのであろうな」
今仮初の国は、哀れな三人の天才達を撥ね退ける。それがこの国が動く響であった、竜が動き、狐が謀り、獅子が喰らい、蛇が犯す、そして鷲が全てを見通し動かす。それは見紛う事なきアルファンド建国のときと同じ、ただしこの戦いに武力は要らない。すべて人間の手によって回ることだ、この日から始まる本当の動乱が、五年の年月を経て国はようやく一つの宝の力を知る事になる。
全ての響は、一人の男に集まり、全ての人間に与えられる。
それはまるで歌声のようだ。一人の歌い手の声が、聞くもの全ての心を打つ。
ユーグダーシ=アルファンケベック=ジードリクスゥ=アルファンドの最初にして最後、そして偉業にして遺業は、ようやくその幕を開こうとしていた。
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