遥かに照らす遠き光

 十字国それは、この国を滅ぼした戦争の原因である国。宗教色が強く、十二司祭と王によって国を動かしいた。

 元々この霧の都アルファンドもこの国の一部であった。当時の十字国南方元帥アルファンド=ドルド=イーフェンバック、その部下であるノーノートン=ネイベック、グドオード=オブーズド、メイフィーア=グードスケの反乱によって建国された国である。

 アルファンケベック家のジードリクスゥは、ただの芸術家でありこの反乱には一切関わっていない。教会の息子であり、十字国の中でも信心深いほうだったで在ろう彼が、四大貴族の一人として埋め込まれることになるにはそれ相応の理由があった。アルファンドには王として致命的にかけていた部分がある、それこそがただの芸術家であるジードリクスゥを引き込む理由でもあった。

 元々アルファンドとジードリクスゥは、士官学校(十字国は元々軍への従軍義務がある)時代の参謀と司令官の関係であり親友同士であった。

 そんなアルファンドに致命的に欠けていたのは政治、経済、情報、兵力、求心力があっても政に関しては、かなりのざると言ったところだったのである。最もジードリクスゥもそういった能力を持っていた人間ではない。彼の能力は、才能を見出すと言う余りに認識しづらい内容だった。


 だが彼のお陰で、オウジンヌーベ、バストリアバス、ホウレイダと言った後の建国の三傑や、六顧問、十二部署管理官と言った優秀な人材が次々と見出され出世の道を辿り彼の時代霧の都アルファンドは一代にして黄金期を迎えることと成る。この建国における重要な役割をこなし王からの信頼の厚い四人が大貴族と呼ばれる貴族となった。


 反乱したものに手を貸したジードリクスゥは、それでも祖国を忘れることが出来なかった。せめて宗教だけはと、教会の司祭の権限を持ち唯一の八使途直系であった彼は教えの通り近親婚を厳命していた。八使途とは十二司祭と王の上に立つ存在であり神話の中に住まう住人だ。実際に彼らは死んでいるが、その直系で唯一その軌跡が辿れるアルファンケベックはその血を絶やしては成らぬと初代アルファンケベック家当主は子孫に到る全てに命令を下した。

 最もこの決定により、四大貴族の筆頭に彼はなったが王位継承権は四大貴族より下になってしまったが彼にとってはそちら側のほうが大切であった。


 実際のその系譜はユーグダーシにまで続く。彼には上に二人の兄がいるが、二人とも若くして死んでいる戦争ではなく病気が原因だ。近親婚を繰り返した結果の奇形である、この家にはそういった子供が生まれる可能性が高かった。


 そんな中彼はかなりの健康優良児として育っていた。実際に剣の腕では、オブーズドには劣るもののそれでもかなりの使い手であり、あらゆるものを完璧に近い形で使いこなす一種の化け物であった。政治だろうが、経済だろうが、あらゆる物を使いこなすある種の奇形児ではあったが、あらゆるものから彼はその能力を認められた。

 建国以来の天才、大乱中の大乱、王家と同位である称号アルファンドを受け取ることになるが、今滅びた国にそんな価値があるはずも無い。


 そして不死身の女もまた、この十字国出身である。十字国との殲滅戦争の結果、アルファンド広大な領土を得たが肥えた土地ではなく十字国は極寒の地に当たる。ただ広いだけの土地を手に入れただけ、経済的要所と言うわけでもない宗教国家は、信者の寄付金だけで動いていたのだ。経済的に戦争で逼迫していたアルファンドは仕方なく奴隷などの手段を使いどうにか国を引き戻そうとしたのだが結果は知っての通りだ。彼女はその奴隷の一人であった、夜啼鳥ナイティンゲールの宴により彼女は競売にかけられ、あの男と出会う。


「ふあ」


 少女は、目を覚ました。霧の都特有の湿気でジメジメした空気に多少拒絶の感情もあるが、もう今更である。

 もぞもぞとベッドから出て少しでもこの湿気を晴らそうと、窓を開いてみるがきりが晴れる様子はない。昼位になればこの湿気ともお別れできるだろうが、この不快感は簡単に消えるようなものではないので彼女は軽く嘆息する。


 扉を開いた先にはいまだ王が顕在する、形だけの国の象徴。王城 光輝を照らす竜王の家紋 王家トルド家の象徴の形に作られたヨルヨバトバリが霧の奥に怪しげに浮んでいた。政治と言う概念は殆ど駆動しておらず、最低限の常識しかこの国は守られいていない。それだと言うのに霧の奥に見えるうつろな城は無駄に荘厳で、異様な存在感に包まれてた。


 太陽は昇ったばかりの朝、水時計を軽く見て時間を彼女判断すると、いつもの日課を済ませるために取り合えず服を着替えた。

 この霧の都に太陽の光がかかる時間は遅いのだ。日かかかっていると言ってもいまだに暗い、体内時計がきちんとしていない限りよほどの人間は寝ている時間であるが彼女にとってはチャンスである。何しろ彼女の朝食は寝ているだろう、ラセイフの王者は首だけしかない、クレジャの神父は足しかない、そんな童謡を歌いながら毎日の日課を済ませようと彼女は歩き出した。


***



 彼の視界は夜の帳に包まれている。

 いまだに光の当たることのないようにカーテンさえ締め切ってそこは漆黒の空間だ、霧のお陰で彼の世界の夜はいまだに続いている。自殺願望の強い少女とすごしてもう既に十五日と言う日にちが経っていた。その間に吸われた血は人間の生成量を軽く上回り、軽い貧血に襲われ続けていた。

 寝起きが恐ろしく悪い彼は軽く大魔神レベルの不機嫌さを当たりに散らし回しながら目を覚ました。


「おぅ、珍しく早起きだ朝食…、……犯さないで欲しい」


 殺気に近い彼の目付きに彼女は、怯えたようだ。しかも極限に間違った方向に。

 ウサギを連想させる素方を見せながら彼の不機嫌な表情が変わることは無かった。毎朝毎朝地を座れて彼の体調はいつも最悪だ、不機嫌な表情を隠すはずもない。


「うるさい、こっちは昨日酒場で大乱闘して体中が痛んだよ。ったく、折角使い道のある人間を見つけたってのによ、仲間になったからいいものの成らなかったら絶対俺は殺したな」


 少しずつ機嫌を取り戻していくが、彼もまたこの鬱陶しい湿気に多少不機嫌さを隠そうともしない。だがこれも朝特有の儀礼のようなものだ、昼過ぎれば霧は消え、さっぱりとした空気が広がる、曇りなどの日はそのまま霧が広がったままである。神秘の霧の都と言うが、年中霧がまと割りつくような場所である、季節によれば毎日のように濃霧が広がるときもあるが、丁度今はそんな時期でもない。

 

「で、朝食だろ着替えが終わるまで待ってろ。こっちだって増血剤とか飲まないといけないんだよ、お前の所為で貧血だっつーの本当に一ヶ月経たずに俺が死ぬぞ」

「頑張れ、きっと大丈夫だから」

「なんですかその無責任かつ、楽しそうな表情は、四十越えのおばさんの癖にそこまで二十代のストリップが楽しいか」


 だが少女は恥じらいを見せるわけでもなく上下に首を振った。既に清純とかそう言う時代はとっくに過ぎているのである、寧ろ若い体上等ぐらいの考えがあって彼女の場合しかるべきだったのかもしれない。しかし別に見た目幼女に自分の体を見られたところで恥ずかしさなど感じるわけもない、これが路上ならともかく室内なのだ、彼女の目の前で平然と彼は着替え始めた。


「関係ないんだけど、私は脱ぎかけの男のうなじと鎖骨に異常な魅力を感じるんだけど」

「その質問に俺はどう答えりゃいいんだよ。と言うかな、そのありえないソプラノボイスで、思いっきりセクハラ発言ってどういう事だよ少しは発言を考えろ」


 なぜか残念そうに俯く、その間に彼は手早く服を着替えると増血剤を飲み消毒液とカーゼを用意した。

 その消毒液をカーゼに染み込ませると取り合えず彼女にか見つかれるであろう場所を拭いて行く。軽い悪寒に体を震わせながら準備を完了させた。


「実際の話こうやって私のために肌らを曝け出す男ってこうなんていうのだろうか……最高?」

「殺してやりたいと思うのは俺だけで十分か? まぁいいさっさと吸えよ、俺は今日も用事があるんださっさと済ませろ」


 これが彼と彼女の出会ってからの十五日間、だがもう少しで彼と彼女の話の終わりは近付いていた。

 ユーグダーシはいつものように彼女にはにも言わずにどこかに出かける。昨日は乱闘、その前は交渉成立、聞いているだけだったら一切何をやっているのかわからないそんな彼の行動だ。

 実際に彼女も気にはなっていたが、一ヶ月の間に終わらせる彼の行動。自分には関係ないはずだと打ち切って、カレンダーに赤いペケ印をつける。

 そうもう自分が死ぬまでそう日にちは無いのだ、やっと死ねる少女はそう思うだけで心が躍った。


 だが死ぬまではこの世界を楽しもう、町民街大通り発展を知らせる声の道の一角にある彼らの部屋を飛び出し、自分の手に入れた歌い手と言う仕事を彼女は始めていた。人に信仰を与えるほど凄まじい魅力を誇る彼女の歌は、娯楽よりも生きる為に必死な彼らの心を揺さぶりこの界隈では評判の歌い手だった。あの狂信者の望んだ、葬送曲以外の歌が世界に響く、童謡を、賛美歌を、ありとあらゆる歌を彼女は感情のままに歌い続けていた。


 もしここにあの狂信者がいたのなら感激の余り涙を零しただろう。彼が行った全ての行為は、彼女が葬送曲以外の曲を歌ってくれると言うただその一転だったのだ。本当に簡単なことだった、だがそれはいまや彼の生死が分からぬ以上考える必要すらないこと。

 この場所だけはいまだに変わらぬ滅びる前の国の情景が見えていた。


 ルーべの踊り子がキーべの花歌と共に舞い、いつの間にか晴れた霧の中拍手と歌声、滅びた国にはありえない活気がこの場所には溢れ始めていた。


 生きる糧を得るように次々人が来ては彼女の唄にあわせて歌い始める。奇跡的とさえいえるその歌声、祭りでも催しているかのようにこの一角だけは、いつの間に嘗ての光を取り戻していく。

 これが彼女の力なのだろう、歌声によって世界を変革させるような異形を持った少女。少女と言う年齢では実は無い、殆ど五十近い年齢の少女である。おばさんと言ったらすねるぐらいの乙女心しか持っていないが、いつの間にか少女はネステフェンフィの歌声と呼ばれこの界隈の有名人にいつの間にかなっていた。ちなみにだがネステフェンフィとは八使途の一人である上二位じょうにい神声の権能を与えられた存在である。八使途下最位げさいいのアルファンケベックを救済の権能を持つものと言われている。


 拍手が終わり少女が笑顔で一礼、それだけでこの場所は笑い声に満ちる。別に少女は、歌いたいだけであり誰にも金など請求していないのに次から次へと金貨や銀貨、店の商品を渡してくれる。その量にあわてる姿も周りから見れば、微笑ましいのだろう、またこの場所に笑い声が満ちる。


「妻が面白いものを見れるからと言ってきてみれば、お前か」

「面白いでしょう、この国ではめったにお目にかかれない光景です!!」

「妻よ……、そんなに胸を張っていうことではないだろう。だがまぁ、懐かしい、なかなか見れるものではないからな。よくやった女、お前限定で俺の店に来てもいい権利をやろうユーグダーシを誘ったらあいつを殺す」


 不遜な態度と、それを補って有り余る美貌、一枚絵になる喫茶店の夫婦は朝の買出しにでも来たのだろう。この辺りは、寂れているとはいえ市場である買出しに来るとしたらこの辺りではここぐらいしかない。

 回りは彼らの美貌に溜息をはく、まさか目の前の人間が四大貴族剣の守護者であるなどと思うわけも無く、毎日見ていようと忘れることさえ出来ないその顔の造詣に誰もが目を奪われる。


「べつに、行きたくない。ついでに、貴方があれに敵うと思わない」

「ほぅ、よく見ているな。あいつはそう言う類の人間だ、私は敵うと思っていない、さすが十日も過ぎればあいつが規格外と言うことぐらい理解できるか、それはどうでもいいがどちらにしろついて来い、お前には少しばかり話がある。ちなみについてこなければ殴り倒しでも連れて行くぞ」


 彼女は目の前の男ジューグが嘘をつく類の人間ではないのを目の前で見て知っている。しぶしぶ少女は頷き、二人の買い物に付き合い荷物もちとして彼らの喫茶店まで連れて行かれた。


***


「お前は、あいつとの約束を敗れないのか」


 それが喫茶店に入ってすぐの彼の言葉であった。

 当然少女は憤慨するやっと死ねると言うのになぜ邪魔をすると、その学校は師に続けた少女らしい汚濁。


「いやだ」


 当然のように首を振り幼子のような否定をする。だがそれはジューグとて分かっていたことなのだろう、豆茶を差し出しながら頷く。 


「まぁそう言うと思ってたがな。それでもどうにか伸ばせないかといっているんだ、あいつは本当に天才なんだこれがふざけた事に」

「だからどうだという」

「分かっている、この国が滅びた理由だがな。アルファンケベックを除く四大貴族、そして王の所為だ、ユーグダーシは十六にしてアルファンケベックの当主となったんだがな、あいつの才覚は正直この小国に納まる器じゃなかった。だがそれを信じない家の馬鹿連中があいつの提案を全て却下しつくした、筆頭とはいえ流石にそこまでアルファンケベックに能力があるわけではないからな。

 化け物みたいな天才なんだよあいつは本当に、たかが一つの国を千年に渡って存続させる計画を提案。だがな凡才は、天才の考えが読めるわけが無い、凡才ばかりだったうちの国はその提案を却下する、馬鹿ばかりだったんだ仕方ないが、上が馬鹿だからこそ今の現状があるわけだ。仕方なく俺たちは父親を暗殺して、当主の座に着きあいつの計画をとうすつもりでいたが、時既に遅しと言うやつだ。

 滅びた盛大にだ、ただ今は国と言う枠があるだけの経済集合体に過ぎない状況だ。あいつの策略では既に手の届かないところまで来ている、だからあいつは会社を設立しそれでどうにか形を戻そうとしたが、四大貴族の一人経済の頂点にいた一人が裏切った。もうさすがのユーグダーシも手も足も出ないと言うのに一ヶ月でどうにかしようとたくらんでやがる、もう少し時間を与えてくれといっているんだ」


 案外友達思いだったジューグ、そのことに感銘を受けながらも少女は首を横に振る。

 首を切り落とそうと死なない少女を殺さんばかりににらみつける彼は、この喫茶店の空気を完全に凍結させるが、少女はゆっくりと口を開いた。


「けど彼はアルファンドの称号を持って私と契約した、四大貴族なら分かっていると思う。一ヶ月で彼は成し遂げると言い切った、それは彼の最大の自信の表れ私はそれを妨害するわけには行かない。それにどうせ今提案しても断られるに決まってる」

「そこまであいつの性格を理解したか。だろうな、多分だがあいつが今からやろうとしていることは俺や他の四大貴族では予想もつかない、だがあいつがこの国の復古を諦めていないのなら、この国は一ヶ月で裏返る。それだけの才覚を持っている、それから先も全てあいつの手の内で回るだろう死んだ人間に世界が操られるような異常の沙汰だ」


 ありえない、国を動かすものなら誰もがそう言うだろう。いや多少政治と言うものをかじっていれば誰だってそう思う、現在のアルファンドの人口は600万そのうち失業者や浮浪者は500万人、労働者がその次に多く、ようやく成功者と並ぶ。指折りで数えた方がいい成功者、それ以上に浮浪者たちである500万と言うが容易く処理できる問題ではない。

 国の八割に職を与えるなど人間の範疇ではない。孤児などの問題もある、それを全てどうにかしようと言うのに一ヶ月と言うのは短い短すぎるのだ。

 戦争ならば逆の変貌は可能だろう、だがプラスを及ぼす変化が劇的に起きるわけがない。

 積み上げることの難しさは、人が生きていれば嫌でも突き当たる現実だ。だがそれと同時に彼ならやり遂げてしまうような気がしてしまうのも事実、裏切られようと、信用されなくても、目的を真っ直ぐと見るその目は嘘を感じさせない幼子の様な視線、その先に目的を加え、意思と言う道を押し通すだけの力があるのなら、きっとやり遂げてしまうと誰もが思ってしまう。

 疑わせないだけの力がを持ってしまう。


「けど常識に考えて無理」

「だがやる、それがあいつなんだよ。この俺たち四大貴族と呼ばれる存在の上に立てる器を持つって言うのはそう言うことだ、出した言葉を下げるなんていうのは愚の骨頂だ」

「たかが反乱の徒の癖に、よく言う」

「だがその反乱で手に入れた国は、元の国を滅ぼすまでの力を得た。まぁその結果は今のじょうたいだが、あそこであの国を滅ぼさなければアルファンドは壊滅していただろう、十二司祭の暴走は予想外にもほどがあるレベルだったしな」


 国を滅ぼす戦争は簡単に言えば十字国のアルファンドへの侵攻が行われたためである。国力ならともかく兵力では、土地に勝る十字国の方が上であった、だがアルファンドもただでやれてやるほど甘い国ではない。フェイドバルスの丘での前哨戦を皮切りに、アルファンドと十字国の中立地帯であるフェベル山陵地帯を中心にした大戦争が起きたのである。

 ちなみにフェベル山陵地帯は皮肉なことか八使途、ならびに歴代十二司祭を埋葬した場所である。

 結局、十字国をアルファンドは聖領侵攻によって一応アルファンドは勝利することになるのだが、結局元も取れない戦争は国の崩壊に繋がった。


「あれは司祭の暴走じゃない、上最位の八使途の血脈が見つかり政治に口を出したから」

「暴走だろう下最位のアルファンケベックは政治に介入すらしなかったらしいが、人間は野心を持つものだ。誰しも少なからず、実際十字国の人間は少なからずアルファンドは自分達の属国だとでも思っていたのだろう。いきなり浮かび上がった八使途の係累もどうせアルファンドの差別主義者だっただけだろう、発展していくアルファンドと教えを守り続ける国じゃ生活水準の差はひどいからな」


 実際に小国とは思えない速度でアルファンドは発展して言った。北の台地の大国である十字国、その経済水準をだんだんと上回り戦争までは、アルファンドと十字国の経済格差は相当なものになっていた。十字国では餓死者が出るほどの状態であったというのに、アルファンドは食糧供給率がほぼ百パーセントと言う状況だった。属国と言うイメージが強い十字国では自分達が苦しんでいるのに属国は食べるものすらあまる状況、アルファンドに対する差別主義者が多い十字国では当然のように八使途の上最位の発言は、当たり前の声として浸透していった。

 十二司祭の反対も王の反対も全て無駄である八使途からの厳命、神話上とはいえ宗教を国の主軸に置いた十字国はこの国最上位血統である八使途の末裔の言葉に逆らうことは出来ずに大戦争となっていったのである。戦争とはつまりは経済活動の最終手段である、実りの無い戦争に何の価値も無いことを王や十二司祭は知っていた、だがそれでもこの国で制定された法律では八使途の血脈に逆らうことは許されなかったのである。


「それをどうにか押しとどめるのが十二司祭の役割だった。政治に伝統と侵攻は必要ない、必要なの理性の一点のみどうやったら国が発展するか、どうやったら安定するか、それだけを追及し、鎖で拘束していけばいいだけのことを宗教や伝統そんなものに惑わされるのは既に暴走と言うんだ。政治も知らん血統だけの馬鹿にそんなことをさせた時点で暴走以外の何もでもない」

「私は政治の学が無いからわからない、ただ行っていることは理解できた気がする。つまりあの戦争は馬鹿が馬鹿のままだったから起きたと言う事」


 その通り、ジューグは首を上下に動かし当然の事だと言い切った。

 自分のために用意していた珈琲を一気に飲み干すと話を続ける。

 

「その所為でこちら側にまで迷惑をかけた挙句に滅んだのが十字国だ。馬鹿と言うしかないだろう、そう言う意味では歴代のアルファンケベックは優秀だ自分達に能力が無いことを理解していたのだ。確かにアルファンケベックでも四大貴族でも血統は尊重しているがな、そこに実力が伴わないようなら容赦なく潰しているそれが四大貴族となると言うことだからな、実際俺にも兄や父を斬り殺して当主の座に着いた、どの家の家族でも結構血に塗られているもんだ。そんな事もせずに無能を上においたと言うことが俺たちからしたら正気じゃない」


 貴族が貴族と名乗るにはそれ相応の努力が必要だ。ジューグはそうやって育てられてきたのだろう、無能が上に立つことをアルファンドは許さない実際五百年に続くアルファンドの四大貴族の当主は全てが全て歴史に名を残す偉業をこなしており、その当主になるまでの道のりには確実に身内の死が残っていた。十字国では当然のように血塗られた殺人者の血統としてあざ笑われていたが……


「だから永遠の黄金期と呼ばれたアルファンドがあるわけ」

「だな、言っておくが最後の四大貴族は全てが全て歴代を超えると呼ばれた存在ばかりであることも追加してやろう。九代目剣帝リーズすら俺の下にいると言うことだ、リーベンウッドマンも、ユーグダーシも……あいつもな」


 最後の一人にだけ彼は言葉を濁した。最後の一人こそ彼を裏切った男、経済の巨頭であるカイベス=グードスケ、ユーグダーシとは四大貴族中最も仲のいい親友であり彼の賛同者であったのだが、裏切ったその彼の有り余る才能に彼は怯えたのだろう。


「あいつ?」

「気にするなお前の会っていない四大貴族、その中でも最も哀れで惨めな奴だよ。経済の部分でユーグダーシに負けたグードスケの当主だ」


 世の中には上には上がいると言うことをまざまざと目の前で見せ付けられた。哀れな男、だがジューグは彼のことを言うときどこか尊敬を含むような表情をしていた。


「だがすごい奴なんだよカイベスは、あの津波に真っ向から立ち向かって勝ったんだ。あのユーグダーシに、あいつが裏切りなんてものを見抜けないわけが無いそれをあいつは打ち破った。あいつの計算から逃れた、それがどれだけ偉大なことか!! だから俺はあいつを否定しない、本当にすごい奴だと言うことは絶対に俺はあいつに対して敬意を表する俺には絶対に出来ないからだ、それはリーベンウッドマンだって同じこと」


 彼女とて同じだった、直接ユーグダーシを見ればまず思うことは凄いである。敵対と言う感情の前に敬服が来る、それは一生に侵攻して体を満たす毒である。

 青銅の人間であったとしても変わらない侵攻と言う色眼鏡があったとしても結局は彼に飲まれて何も出来な間間に彼女を奪われていた。


「さて、そんな話はどうでもいいがあいつを説得することは出来るかお前に、俺や聞き耳屋じゃ無理だ、あいつが自分の言ったことを他人に言われて下げたことも自分で下げたこともありはしないからな」

「無理、絶対に無理、契約の重みは貴族であるなら知っているはず。ましてや終わった国とはいえ、この国の代表たる貴族は自分言葉を曲げることは死を意味する、そうやって四大貴族は栄えてきたと聞いた」

「それを言われるとどうしようもないな、それは事実だ。やっぱり駄目か、なら俺はあいつが死ぬまでの間どんなことをしでかすか楽しみにするだけになるのか」


 さびしそうな家を見せながらジューグは、皿洗いを始める。彼女はご馳走様と呟くと、その会話を終了させまた高らかに歌を歌い始めた。

 そんな彼女の声を聞きながら、彼の妻は嬉しそうに拍手を始めていた。 


***


 赤の玉座、ここは王城の謁見の間である。そこには二人の人間が相対していた、それは王とユーグダーシ、衰えた王の眼光といまだ変わらぬユーグダーシの眼光、まだ国が生きているときであれば彼のその不遜な態度は呼んだ貴族とて処刑されてもおかしくないほどに王を貫いていた。

 十八番大通りから二十交錯路から十八番開門場を抜け、フェンベル回廊を通るその場所初代アルファンケベックが設計したと言われる国の中心。光輝を照らす竜王の家紋を玉座の上に刻み、その周りには鷲、獅子、狐、蛇が刻まれた基盤を守る系譜の獣が刻まれている。赤を貴重としたその謁見の間には、鷲の系譜が絢爛と目を輝かせて王を見ている。王はその眼光をオ懐かしむように見るが、静かに時間が過ぎれる中ユーグダーシは口を開いた。


「あと十五日で俺は殺されてやる事になった」


 その瞬間置いた王の瞳が見開かれた。それこそ目玉を零さんばかりに、最後の将軍家、この国最後の天才、この国が生んだ最後の奇跡は余りに平然と自分の終焉を告げた。王は同様から声を出すことが出来ないのか、口をパクパクと動かすだけだ。

 彼はそれを見て嘆息する。


「気にすることじゃない、やるべき事はする。やりたい事もする、俺は責任を取らずに逃げるほど愚かじゃない気にするなアビオールの爺さん」

「そう言う問題か!! ユーグ坊お前の言っていることはこの国最後の財産が終わると言うことだぞ!!」

「何を言う、宝なら山ほどいる。誰もそれを見出せないだけだ、こんな国の状況じゃあその他は埃にくすぶっているだけと言うだけの話」


 彼の言葉に王は一度口を塞ぐ、こんな国の状況にしたことを彼は後悔しているのだろう。

 それ以上にここにいるユーグダーシと言う人間が死ぬと言うその一転が彼にとっては納得いかないのか、その目だけは見開かれたまま彼を見ていた。


「だが……」

「あと十五日でどうにかしてやる、それは間違い無く契約した。この俺を誰だと思っている爺さん、大迷惑と友人に言われ続ける男だぞ」

「無理に決まっているだろうユーグ坊、お前の才能でも後それだけでなんになる」

「どうにでもなる、爺さん知っているだろう国と言うのは停滞を旨とするものだが動くときは激流になると言うことを、そのときになるまで誰も理解できない。黙ってみていろ爺さん」


 間違いではない、動くときは激しく動く、だが流れる水さえない今の国に何の言葉があろうか。


「お前なら五年、いや一年あれば問題ないだろう」

「冗談じゃないなお断りだ。契約までしたんだぞ、もう逃げると言うレベルをとっくに超えている、契約は守るものだろうこの国の人間なら特に。初代から続く言葉だろう、貴族たるは契約の言葉を違える事を許さず、その言葉があったからこそ初代はアルファンドについて行く決意をしたんだぞ。何より俺のプライドがそれを許すはずが無いだろう」


 腕を組み老獪な態度を見せるトルドの王。そこに動揺は隠せないようで、指がせわしなく動いているその老獪な態度を無効にして有り余る好意だ。

 彼はその間に一度この絢爛名謁見の前をくるりと見回す。天井に八使途の物語が描かれており、その一つであるアルファンケベックの物語を見ていた。アルファンケベックの物語は他の八使途のように綺麗な神話の物語ではなく現実に根ざしている。

 アルファンケベックは八使途の中で最も汚い部分を行っていた。仲間の処刑や、裏切り、策謀、他の七人のために汚いその全てを受け入れたのだ。十字国ではそれを罪過の使途といい本当であれば上二位に位置していたアルファンケベックが下最位と呼ばれたのものこのためである。何しろ十字国は殺人や裏切りといったものを穢れとして嫌悪する教えがある、唯一残った血脈であるアルファンケベックが政治などに介入できない理由はこの辺りにも実はあった。

 ご先祖様らしいそんな生き方だ、きっと根本はそんなところには無かっただろうが……、その絵を見ながら彼は軽く先祖より伝わる家訓を思い出した。


「で、邪魔するなよ。聞き耳屋に、お前の対処はとっくに出来ている。何しろ聞かれていると言うならそれで対処を取ればいいだけの話だからな」


 時間の無駄はしたくない。


「せめて一ヶ月で終わらせる計画を聞きたかったんだがやはり無理か」

「当然の事だ、あれはこの国で唯一認められたアルファンドだぞこの慢心王とよばれたドルドの最後の系譜が認めた天才、お前如きでどうとでもなるわけがなかろう」

「天才なんてこの世にはいないんだがな、俺はただ出来ることの範囲でやってるだけだ。情報じゃ聞き耳屋に負ける、経済ではカイベスに負ける、武術ではジューグに負ける、どこが天才なんだか」


 その声を聞いた余人は大きく溜息をついた。それ以外のことでは全て完敗している、挙句にその専門分野でさえ彼は彼らの後ろについているのだ。それを天才と言わずになんと言うのだと、統合力で自分達は完敗している。ここにいた人間はだれもが彼のその非凡な才能とその無自覚さか現に怒りを通してあきれ返る。


「しかし、親友である僕や王であるお爺さんに教えてくれないのはなぜだい?」

「俺がやることだし手助けはいらない。いいか、これは俺の仕事だお前らの仕事は別にあるだろう王お前は後継者の決定、リーベンウッドマンお前は俺が行ったことでおきる他国の干渉、カイベスは裏切ったとはいえ俺が行った後ではどうしても貴族としての責任で暴走気味の企業の統括を行わなければならない、急激が政変による暴動の可能性や他国からの攻撃がある以上剣の守護者の力は絶対にいる、帝剣部隊はどうせあいつのために命を張る気で訓練してるんだろう?」


 彼は言い切る、先を見つめ続ける彼は誰も理解し得ないところで動き続ける。国でどれだけ時が経とうと一人しか選ぶことの許されない国称号を得る男は、その称号に相応しく堂々している。不遜な態度に相応しく、王を追うとも思わずに彼は最後はお前の仕事だと言い切った。


「別に、この国政治思想自体をいじくる提案はあるが今の時代に俺が考えている思想は絶対に受け入れられない。それは紙に記してあるから、俺が死んだ後百年ぐらいしたら見てくれりゃまぁ笑える内容だ」

「君は一体何を考えて生きてんだユーグダーシ。どうやったら百年後の思想に自分で追いつけるんだよ」


 呆れるのも当然だ、今から百年後を創造しろといわれて想像できるほど人間は優れた生命ではない。それを考えることの出来るその異常さをユーグダーシは理解できないでいる。だからだろう首を傾げて、何を当たり前のことをと言う態度を示す。


「さぁ? 出来る事をやっているだけだ、俺に才能はないからな。同世代ファーストグレードの中で俺が一番才能ないんだぞ、ならできること全てで穴埋めするしか方法が無いだろう、俺に出来るのは先読みと能力の発掘、見出すことならお前らにも負けない自身がある。あぁ、軍を操る才能もその延長だな」

「万能者ゼネラリストは専門家スペシャリストを羨むって、どういう事だ」

「俺は全部において中途半端、だからこそその次に踏み込めるお前らが羨ましいんだが、王にしてもあいつらにしても何で理解出来ないかわからんその稀有な才能を、俺は限界すりきり一杯までどうにかして追いつこうとしたんだがな」


 残念なことに俺は才能なんて無かったよ。万能であるが故の欠点、ユーグダーシはそれを抱えて苦悩している。彼もまた疲れたように溜息を零す。

 当然のことながら、周りにそれに賛同できる人間は誰もいない。出来る事をやって百年後を演算できる人間はこの世にはいない、隣の芝生は青いものだ。それはどちらにもいえることだ。


「まぁ俺が死ぬと言うことさえ覚えていてくれれば問題ない。盛大に花火を揚げてやるから後続頼むぞ、一つ契約だこの国を戻してやるどんなことがあっても、ユーグダーシ=アルファンケベック=アルファンドが契約してやる」


 それは死にたがりの少女のときの変わらず平然としたものである。

 契約と言う言葉を当たり前に使うと言うのだ、だというのに彼の言葉は当たり前のように重い。国と言う重責を当たり前のように確定させながら、それを飲み込むだけの器を持っている。彼の言葉に嘘偽りが無いことの証明でもある。

 王よりも王らしく輝く彼は、やはりアルファンドと呼ばれる英傑に相応しいのだろう。


「それからどうするつもりだ。ユーグダーシが死んだ後、どうするつもりなんだい」

「はぁ? 先に言っただろうがお前らに任せるって、準備は出来てる気にするな。激変に告ぐ激変の転換期だ、お前らぐらいの天才じゃないと乗り切れやしない。本当だったら十年ぐらいかけてやる計算をしてたんだがな」


 呆れたように言い放つ。俺がやるのは国をもともに戻すだけだと、それなりの手助けだけはしてやるから頑張れと軽く言い放つ。


「人にばかり任せるな、俺は俺の出来る事を全てする。お前らは、お前らの出来る事をしろ、俺たちはそう言う責任を持って生まれてきたんだろう?」

「確かにそうだけど、僕達にきみについていくだけの能力は無いぞ」

「そんなわけ無いだろう。無自覚するぎるのは罪だ、聞くがお前は俺がお前に情報で敵うか?」

「ではわしはどうなる。天才でもなんでもないただの王と言うだけの男だぞ」

「よく言う、確かにあんたには才能のかけらもないだろうよ。だがな、この国が辛うじて存在しているのはお前と言う柱があるからだ、これは俺にだって出来るものじゃない。ほら見ろよ、出来る事は幾らでもある俺が出来ることの全ては国を元に戻すところまでだ。統治の才能は残念ながら俺にはない、無能はただ消え去るのみだ」


 国に殉ずるとかそう言う事を彼は言っているのではない。自分の出来る事を当たり前のようにやろうとしているだけ、変化の後の安定はそう簡単になしえるものではない。先を見据える瞳に彼の未来は無いのだろう。誰もが彼と言うものを幻視しすぎている周りの人間には、彼は遠い人間に写るのだろうか。


「きみが無能だなんて僕は認めないぞ、僕達を振り回すだけ振り回してまだ足りないのかい」

「当然だろ、本気を出さないで俺に勝とうと思うほうが問題だ。出来る事を全て費やした俺と、出来る事を究極まで高めないお前ら差があって当然だろう?」


 本気を出して究極にまでなっていないお前らに俺は勝てないんだぞと、自嘲気味に彼は呟いた。

 

「どうせその話は堂々巡りだその辺りで止めろ、お前がこの国の復興計画を教えるつもりが無いのも理解した。死亡予告だけするために来たわけではないのだろう」

「当然だろう、別の前らに言うつもりもないし大体リーベンウッドマンから聞いてるだろう。どうやら冗談と思ってだが嘘偽りは無いな」

「じゃあなぜここに来た、この国が崩壊してから一度たりともここにきたことは無かったくせに君は」

「そりゃなぁ、経済の中心地でもないところに行く必要なんか無いだろう。俺は国を戻すことを心に契約した、そのために必要な事をするそれだけだ」


 そういいながら懐から紙を取り出す。余り見ない形の文字ではあったがリーベンウッドマンはその文字を見て顔をしかめた。

 そこにあるのは何しろ、昔四人の幼馴染が調子に乗って作った嘘っぱち言語である。ユーグダーシはこれを一つの言語として完成させ、情報部の秘匿文章クローズワードにしようと企んでいたが、残念ながら却下された。

 ちなみに却下したのはリーベンウッドマンである。それを彼だけは使い続けてきたようで、しかめると言うよりはあきれ果てていると言うのが正しいのだろう。少し彼は疲れたような顔を見せた。


「アホだろ君」

「いいだろうが別に、まぁ取り合えず俺がくたばった後の国の運営人員で使えそうな奴のリストだ。当然俺が選考でもれた奴もいるから目安程度にすればいい」


 そんなふざけた態度とそれに不似合いな結果は当然のように二人を唖然とさせる。

 彼は自分が書いた紙の束を無造作に投げ捨てる。そんな無造作に扱うものをユーグダーシ以外で唯一読めるリーベンウッドマンは、落とさないように必死に体を動かしてとろうとする。適当に扱う内容の文章ではないのだ元々、彼が選んだ人間それはもうこの国では唯一無二の一人になる。少なくともここにいる人間にとってはそうなるのだ。

 そこまで必死になる必要もないだろうと彼は呆れながらリーベンウッドマンを見る。

 彼らからすれば誰でも見つけられる人材なのだろう。初代アルファンケベックの血を受け継ぐ男は、その地までも正当に継承している事を理解していないのだろう。


「まぁ、用件はそれだけだ。俺もやらないといけない事が多すぎる、邪魔をしてみろ最悪を具現させてやる」


 それが本当の彼の笑いである、にやりと牙を生やしたような獰猛な笑みを作る。

 才能と言うものがあるとするのならユーグダーシの本当の意味での才能はここにあるのだろう。全てを飲み込むような底知れない存在の津波、呼吸を一瞬忘れるようなそんなそんな彼のあり方。

 アルファンドと言う名に括られた、アルファンドと言う小国に納まらない男、トルドの王は思う。自分はもしかして一つの才能を潰してしまったのではないのかと、アルファンドと言う滅びた国が一つの至宝を腐らせたのではないかと、だがそれはもう詮無き事。


 彼の言葉には一つのうそも見えない、きっと彼は死ぬのだ。


「どうせお前はもうわしに顔を見せることは無いのだろう死体以外で、最後に望みを言ってみろ叶えてやる」

「そうか、ならこの国を立て直せそれだけで十分だ。故郷がなくなるのはかなり辛いんだぞ」


 気弱にだが確信したように彼は二人を見る。穏やかな表情に、気弱な目だが、完全な信頼に満ちていた。

 お前らならこの程度出来ないわけが無いだろう? そう目の前の二人に問いかける。言葉を紡がずとも見れば分かるそんな穏やかな彼の確信。

 無茶な要求だと言うのに首を振るという考えは浮ばない。彼の確信は彼らにとっては絶対に近い、彼の言う事が外れた事はここまで一度も無い、ある意味彼が彼らに与える最高の信頼である。


「流石、極楽台風だよ。よくもまぁここまで無茶苦茶な事を平然とやらかして後片付けはいつも僕らの仕事になる」

「台風なんだろう、被害を撒き散らすだけ撒き散らして消えていくんだよ。災害で俺は十分だ、なら後はお前ら人間の役目になればいい」

「その被害の多さはろくでもないにもほどがあるんだけど、それを伝えるのは一体何人だい? 君の遺言だきちんと伝えておいて上げるよ」


 一瞬考えるようなそぶりを彼は見せて、大仰な態度を作る。

 

「そうだな、この国全てだ。あらゆる者を巻き込んでぐちゃぐちゃにする、俺の死に様ただで終わらせるほど甘いものじゃない」

「そうだね、そうだろうね、その遺言叶えさせてもらうよ。何しろこの国最初で最後のアルファンド、希代の大乱の遺言、滅びた国を取り戻すその宣誓の代償として受け入れた。君の願いは君のその言葉が完成したときに叶えさせてもらう」

「わしに対してではなくこの国全てと来たかアルファンド、トルド血脈は最後の最後までアルファンケベックに叶わぬか」

「ふざけるな、それはただの欺瞞だ。お前にしか出来ないことがあってこの国はお前が頂点だ、お前は人材を使うことが出来るだろう、それはお前だけに出来る能力だ。血筋だって力だ、使えるものを使わず一人で下等生物に成るならなってろ、そんなことしたって俺の起こす津波に飲まれてこの国が滅びるだけだ」


 国が一ヶ月で裏返る。もしそんなことが可能だとしてもそれは劇薬だ、本来であればゆっくりと確実な舵取りを行いながら動かす国と言う列車をありとあらゆるところに連結点を作りそれを弄繰り回すことで動かしていく、それがどれほど無茶なことかは言うまでもないだろう。

 国を動かすよりもそのロデオのような乗り物を落ち着かせることの難しさは言うまでもないだろう。彼の信頼は、あくまで彼らが十全に自分の力を出し尽くして辛うじて可能程度の計算でいる。


「これで本当に最後だ、お前らは天才だ。各々が得意とする分野で負けるつもりは無いんだろう、ならそれを極めつくせ。それでお前らは俺を簡単に超える、二の足を踏んでる状態で俺にかとうなんざ片腹痛い」


 捨て台詞をはくと彼は王城から出て行く。これが最後の会話に成るのだろう、アルファンドの最後の王は悲しくなる。

 この国最後の宝はこの国のために死んでいくのに、自分に出来ることの少なさはなんということだろう。リーベンウッドマンはそんな王の姿に、そんなんだからユーグダーシやジューグにホモ爺と思われているんだよと呆れていた。実際には孫を思う祖父のようなものなのだが、ユーグダーシに向ける視線がやけに熱っぽいのはただの自分の不甲斐なさから来る後悔なのだが、誰もそうは思っていなかった。


「さて、僕も準備があるからもう行きます。止めてもらおうかと思ってたけどやっぱり止められないですよねあいつは、どう裏返るか楽しみですよ本当に」

「あ……、あぁ、わしも……、………、…。しなくてはならんのか、あんな力を持つ若い者が消えて老兵が生き残る残されるものは苦痛でしかない」

「王は、王の役割がある。王は象徴だその国の心臓だ、死んでもらっては困るんだよ。ユーグダーシの命を馬鹿にするなよ、今王が死んでこの国に代わりが出来るようなことは無いんだ。今この国を戻して王が死んだらおしまいだろう命をかけた奴に、生きている奴がして上げられることは生きている間にすることだけだ」


 それから少しの時間を置いてリーベンウッドマンも消えた。昔であれば、そこには護衛の騎士達もいたのだろうが赤の玉座に王は一人苦悩する。

 次の世代の才能と力に怯えながら頼もしく思う。ユーグダーシを中心とした建国の四人の血を引いた、四大の貴族まさかこの時代になってもその力を失うことなくいきている元々が一国に君臨できるだけの才覚の持ち主。

 それがよりにもよって滅びた国にいるのだ、国を戻すために親を殺し当主になった四人。申し訳ないと思う、ユーグダーシの言葉を聴かず経験だけでそれを判断した結果が今のこの国だ。


「後継者か、そんな奴ユーグダーシ以外にいるわけなどないと言うのに、あのろくでもない三人をどうやって纏めることができると言うのだ」


 最後の彼の願い国を元に戻した後の平定、それを担う最初の主導者。それはカイベス、ジューグ、リーベンウッドマン、よりにもよってユーグダーシと言う上を知っている人間だ。それを纏めることのできる人間などこの世にいるのか、王族でさえ名乗ること許されないアルファンドの名を持つ男と同格の求心力をもつ男。


「無理だ、だがまぁ約束をわしは守らないわけにはいかぬな王の名を持って契約したのだから」


 最低限彼らに認められる王を見つける。そのことのなんと難しいことか、王は今から死に行く人間に無茶を言うなと苦悩した。

 契約、最初の王アルファンドが提唱した自分が自分の成す事を決定したとき本名を紡ぐそれは命をとして行うことすなわち契約成りと、ジードリクスゥを仲間にするときに彼が契約と言った事から由来する貴族独特の風習である。

 王であってもその契約を使う以上、それを成し遂げられないと言うことは認められない。四代目の王はそれで処刑までされているほどだ、契約は命と等価の重みを持つ盟約である。


「まぁ、しなくてはならない命を賭けなくてもわしのするべき事か。レードあいつが死んでいなければ、いやそれもあの戦争の成果」


 彼は最後の自嘲の笑みを溢し玉座を後にした。その表情はしわくちゃな老人、だがその眼光は先ほどまでの衰えなどありはしない。

 衰えたはずの王としての威風は一切消えないまま彼は歩き出した。


 もしかするとユーグダーシの本当の意味での才能はこういう言う部分なのかもしれない。人に躊躇い無く命を賭ける決意をさせる、それは誰にでもできることじゃないのだが、才能は本人の気付くものではない、他人が気付くものだ。

 彼はそのことに死ぬまで気付くことはないのだろう、それは言うまでもないことだった。


***


 ユーグダーシは王城をでて二十交錯路から十二番大通りを通り彼はジューグの店に向けて歩いていた。

 霧の行進、別の名を死を告げる道という王の後継者レードの討ち死にとともに死体を運んだ場所でもある。ユーグダーシはレード=トルドとは面識が無い、そもそもユーグダーシは戦争を知らない。当時はレードの死亡により自殺した人間もいるほどレードと言う王子は慕われた人間だったが、その後継者を超える人間は生まれないと言われ、王妃クージェ=トルドは男に狂った。

 この国の中ではのろわれたといってもおかしく無い道である。二十の大通りを纏める二十の大通りのなかで最も歴史的に戦争をイメージさせるときに使われるのが霧の行進と言う大通りである。また王城に到る二十の道の一つの中で最も活気のあった繁華街の中心である道でもあった。

 今となっては開いている店もまばらだが、その中に手拍子が響き渡る。そのリズムから彼はある子守唄を思い出す、スベルの眠り、アルファンドの作曲家ルスレフが十五歳のときに作曲した子守唄である。町民たちや貴族の中でも比較的ポピュラーな子守唄であり、この歌を知らない人間は少ない。

 久しぶりに聞く歌は、彼の乳母が歌ってくれた歌で、彼は目を細めて懐かしむ。

 手拍子の奥に見えるのは彼の知る聖女、その声からは彼が焼き殺した人間達が望んだ歌声が響いている。こんな簡単に歌えることを必死に望んであんなことをしていたと言うのに滑稽さにユーグダーシは刺された手や足から鈍い痛みを感じたように顔をしかめた。

 だが彼の痛みをさえぎるようにわぁっと大きな声が響き渡る。

 女の歌が終わったのだ、かれこれもう二時間以上歌いっぱなしの所為で流石に疲労の色が隠せないが、満面の笑みで一礼する。町に活気が戻ると言う奇跡を彼は目の当たりにしていつものように驚く。彼女に力は凄い、それは間違いの無い事だここにいたのは全て負けたもの目の色は無くなりただの人生の敗残兵たちで町は埋もれていたはずだ。

 何度もお辞儀をして観客に挨拶をする姿は見た目相応の年齢にしか見えない。

 御捻りを投げる観客さえいるなか少女は困ったような様子を見せた。返すわけにも行かないその金銭を大慌てで拾い合いつめる姿に、ユーグダーシは笑みをこぼした。それは周りの人間も同じだったようで彼の表情とともに笑い声がさらに響き渡る。

 中には懐かしそうに目を細める老婆や、中年の男、それは本当に昔の光景だった。この国が生きていたときと同じまったく変わらない光景、歌だけでこんなことの出来る事をユーグダーシは奇跡とさえ思う。コレだけで変わるというのに自分は何年も駆けて世界を積み上げなくてはここにくることは出来ない、所詮貴族の道楽なのだろうと彼は自分を嘲る。

 きっと望まないものは実は一番近いところにいるのだろう。そして求めるものはいつでも遠回りをする。

 最も自分にはこの方法が以外ないことを彼は理解している。才能のないものが才能のあるものに追いつくには永遠に積み上げ続けることだ、遠回りでもいい、まっすぐでもいい、無才だと思い続けた彼が、彼だからこそ出来る方法はこれしかない。それでも彼は自分のうちにある黒い感情に焼かれる、嫉妬にまみれた己の感情に気づきながらも自分の分を理解している彼は、彼女に向けて手を振った。


 輝きわたる光は太陽、喉がかれそうな彼女は、御捻りを使ってジューグの店でオリビスの水を頼む。

 彼女が着て以来軒並み喫茶店の客入りがよくなっているのを彼は知っていたがまけるつもりなど毛頭無いのだろうその事を口にも出さずに水を渡す。どうしても幼いその体の所為で、飲む姿だどうしても愛らしく見えるのか周りはまたそれで笑いに包まれた。


「今日はどこに行ってたんだお前は」

「あぁ、ランゲートのおっさんのところだ。まぁ俺が死ぬことの報告と、俺が死んだ後に起こるであろうことの後始末を頼んできた」

「失敗する可能性があるというのに全力全開で人に迷惑をかける気満々だな貴様は」

「当然だろう、やる以上徹底的にやるのが俺の心情だ。契約までしたからな、まぁ見てろこの国がひっくり返るぞ」


 子供のいたずらが成功したような表情だ。

 才能が無いと連呼する割りに異常な自信家にも見えるユーグダーシ、もっともコレは自身以前の問題である。ジューグは彼のことを理解しているほうではあるが、人間が人間を理解することなど一生をかけてでも出来ることではない。だから簡単に彼に飲まれる、コレは彼にとってはただの確信、自分という自己の能力をすべて計算しつくして出来ないほうがおかしいと断言したそれだけの話なのだ。


「で、あと十五日で出来るの」

「どうにかなるだろう、まぁ九割は成功でいいだろう。後一割は煮詰められなかった分だ、それもどうにかする」

「一ヶ月で国を変えようなどと貴様にしかできんだけの思考だよユーグダーシ。それも確立が九割だと、先人たちにけんかを売っているのかお前」

「まぁな、出来ることと出来ないことを分けることも出来なかった。お前の父親は軽蔑しているが、それから先は時代の価値観の差だ。今動かないやつは、何も出来なくて当然と思っている敗北者だ、俺は負けるのは死ぬほど嫌いだからなぁ。どんな手段でも勝てるなら手段をくみ上げるのは当たり前のことだって何度言わせるんだよお前もあいつらも」


 嫌だ嫌だと耳をふさいで左右に首を振る。

 大げさに彼は首を振るが、司会にふと気になるものがあり彼はその動きを止めた。彼の視界の先には、ステイマン連邦のレーベント人である独特の金色の髪が特徴で、あるファンドなどでは見る類の血の人間ではないのだ。

 ユーグダーシはその姿を確認するとジューグのほうを向いた。その視線は彼に何かを促すようでまた彼もそれを理解したのか嘆息する。


「ここ一週間ほどの間でだ」

「へー、まぁ考えてみれば当然の話か。国という基盤が薄くなった所為で、もともと流通の要所のひとつであったアルファンドに参入してくる企業が増えたのか、そりゃ規則がない中だ。あるファンドはどうやら本当に自由貿易を可能とする要所として別の成長を遂げてるな。

 カイベスもよくやってるよあいつ、己の経済手腕のすべてをかけてこのアルファンドを別の形で生かそうとしている」

「だがあいつもかわいそうなやつだな、お前がそのすべての努力を打ち壊す」

「さぁ、どうだろうね。負けるつもりはないが、あいつもかなり無茶をやらかす類のやつだからな。どうなるんだかさっぱりだ、残りの人生ももう少しで終わるんだ楽しませろ、いちいち俺のやることにお前は口を出すな。どうせお前は死ぬほど俺をここで殺さなかったことを後悔するのだけは間違えないんだからな、俺は一人で出来る事があるならどんな手段でも使ってやるんだよ凡才が天才に勝つ方法はそれだけだ」


 リブドゥルエはその彼の言葉を聴いて視線を強めた。ユーグダーシは彼女の視線に気づくと繋ごうとしていた言葉を内に隠してあいまいな笑みをこぼす。だが彼女は彼の態度に納得がいかないようだ。


 そこで会話を彼は無理やり打ち切った。カウンターに代金を置くと、まだ一生懸命に水を飲んでいる彼女を無視して店の外に出て行った。

 あわてて、水を一気飲みする彼女の姿を見ることもなく外に出るとつぶやく。

 風に掠れて声は消えるが、


「―――――意気は揚々、細工は流々、後は仕上げを御朗じろってか」


 抑えるような声が響く、額を抑えながら笑いを必死に抑える。その場に笑い転げたいような衝動を彼は感じながら、リブドゥルエが店から出るのを待っていた。

 歪む表情に周りは誰を思うのだろうか?


 残酷なほど死が押し寄せ取るというのに、彼は笑う。もうこれしかないと決めてしまった死に様まで決まった、あらゆる物を自分の意志で彼は決めてきた。彼の一生は思い通りにならないことばかりだったと言うのに、才能優れた友人に追いつくために必死になってそれでも届かなかった。自分のできることを使い尽くして彼はここにいる、その力を果たすために自分のすべてを費やした結果は誰にも認められない絵空事に変わった。


 はははははは


 彼の笑い声が風に消され。その笑い声にかぶせるように少女が店から出てきた音が響いた。


「おい、一つだけ聞かせてもらいことがある」

「いくらでも構わないぞ」


 笑いを抑えながら彼は頷いた。


「普通は国を裏返るような策が一ヶ月で出来るようなものではないことは誰にでもわかる。しかしあなたは九割と言った、その可能性の高さはどうやってだしたの」

「そのままだ、どこをどう聞いてもそのままだぞ」

「聞いているのはそこじゃない、九割と言う可能性について。いいえ言い換えたほうがいい、あなたは何時からこの計画を考えたの凡人が天才を超えるために仕組んだその細工はどういうもの」


 ようやく彼に表情が灯る。目を見開く彼の姿に少女はようやく彼の感情を見た気がした。

 アルファンドとまで名前に刻まれる、ユーグダーシに感情の移ろいを見せた事を知れば誰もが驚くだろう。絶対の精神の防壁を持って彼は表情を固定させる、彼女はその防壁を打ち砕いたのだ。


「まぁ、お前になら教えてもいいか」


 パンと一度手をたたく。

 それは少女への賛美などではない彼が、本性を見せる合図のようなもの。あらゆるものが彼を津波と言い恐れた彼の本性、彼は聖人など一切認めていない。奇跡は逃げだと断じる、そんな男が作り上げた策。それは国を裏返る方法、凡人が凡人のままにそんな無茶をするには時間と何より違法改造でもしなければ難しい。

 

「俺の意見が聞き入れられなかったときだ。当たり前だろうこれから滅びるのは確実な国を戻すためには時間が要る、そして何より前のお前の事件を契機に一気に事態は進行したからな。あそこにいた人間すべてが成功者、どの企業も頂点に近い人間が死んだために俺の妨害にまわる事もない、まさか俺がただでリーベンウッドマンの仕事如きをやると思ってるのか?

 それこそ心外だ、俺は人に迷惑をかけるときそれを自覚せずにやったことなんて一つたりともありはしない。それにあの宗教があればこの国が裏返るのもより一層難しくなる。この国を変えようって男が国の内情を知らないわけがないだろう?

 だがそれは誰にも知られちゃいけない、俺はカイベスに裏切られる。あいつらに情報収集を頼ませる、全部偶然でなくてはならない。この国に救う病巣は今のこの国の状態であることを望むからだ。自分が選ばれたものだとその優位に染まり続けたいと願う、そんなやつらに俺の願いは無駄だ」


 だからこそ邪魔だから消してやるための計略を考えた。

 すべてを偶然として流すように彼は、盤面をいじくり続けていた。悪寒が走ったのは気のせいではない、少女は理解したここでようやく、津波、その言葉はすべてを飲み込む、どこがこの男が凡才だと。

 冷たくなった背筋に、自分の不死性なんてこの男の前では軽い。人と言う思考を国と言う単位で完全に操って見せたのだ、それが友人だろうがなんだろうがお構いなしに、その感情の入らない思考の冷酷さに彼女は嫌でも恐怖に近い感情を抱く。


「けどどう思う、今まで少し考えれば気づくことを誰も気づかないでいる。俺はこっちのほうが恐怖だね、だろう? こう大々的に教えてやったんだ、カイベスに伝えておけ犬、お前が俺の手の中で踊っていなかった事は一度たりともないと」


 四大貴族の長、アルファンドの称号を与えられた鬼才。自分の監視もすでに彼の中では思考の内、だからこそ彼はその情報の長リーベンウッドマンに聞かれていると言う対処の仕方があると脅したのだ。

 それで一人の気配が消える、彼を監視していた男の一人であろう。カイベスの監視、さっさとそのことを伝えに行けと。


「私は一応聞く権利がある、あなたは凡才だと言った、天才ではない。そこは理解した、だからこそ天才を自分の思い通りに動かす」

「あぁ、天才だって人間だ万能じゃない。何より人間の心理を操ることに関して俺の右に出るやつはいないならそれを使って俺の思い通りに人間を動かす、気づかれないようにゆっくりと毒を進行させるように、それが俺の天才に対する勝利の方法」


 冗談じゃない、息を呑む音を彼に悟られぬよう彼女は息を呑んだ。

 それは人間のするべき行動じゃない、それは人ならざる物が使う破滅の法、悪魔が使う破綻に過ぎない。


「皆殺しのアルファンケベック……」


 八使途中、唯一仲間を処刑した血脈。近親婚の果ての果てに彼らが作り上げたのは奇形児ならぬ鬼系児、彼らが最後に流した血の結末は身体ではない精神の異常。

 人を人とも思わない思考をしながら、彼は動いていたのだ。


「その名を使うな、俺は俺にしかなれない。血なんて物は人を狂わすだけの呪いだ、貴族は個人で見られることはないんだ。血に括られる、俺はそれを認めない、すべからく人間は個人だ」

「違う、違うに決まっている。人間は群生だ、複数形で語られる群れでのみ生きられる」


 だがあっさりと彼はそれに首を縦に頷く。


「だろうな、だが俺は認められない。認めたらその瞬間おしまいだ、世の中の統計には絶対は無いと言う統計があるんだよ、覚えていろ俺はその例外だ。群生じゃ生きることさえ出来ない人間はこの世に入る。そんな人間が共存を考えようとしたときおきるのは利用と言う感情だけだ」

「人が信じられないただそれだけの事でしょう」

「冗談だろうそれこそ、俺は彼らの力を感心するほどまで信仰している。俺はどこまで行っても身につける事さえ許されないような力を簡単に持っている奴等だぞ。お前にしても、ジューグ達にしろその辺の人間にしろ、それがこの上なく俺はうらやましくて怖い」


 失笑、それはど少女から。死を感受し続けた少女はその男の恐怖を理解する、彼は人間を信仰している、この世界の周りにいる人間すべてが異形の生物にでも見えるのだろう。そんな中にいて自分は無力な生物だと理解した彼の恐怖はいかほどのものだろうか、しかしそれでもその恐怖を操る彼が彼ら人間に劣るはずも無い。

 彼女の表情から彼は何を言いたいのか察したようで、ぼそりとつぶやいた。


「……だろ」


 彼女にはその言葉は聞こえなかった。

 化け物ばかりの世界に一人いる孤独なんて所詮誰にも理解できるはずもなし。霧の都は終わらぬ冬の世界、彼はコートを少女に渡すと、それ以上はしゃべらず口をつぐんで歩き出した。

 彼の破綻は目に見えて誰にでもわかる、自分を凡才と思い込みすぎた天才。

 誰一人彼の本質を見極めるものなどこの世にいなかった、ただ一人死にすぎた諦観の目だけが彼を客観的に見ることを許したのだ。


***

 

 まだ夜の帳には早いというのに、世界はまた霧に包まれていく。少女は見失わないようにと彼を小走りで追い始めた、それから先きりに身をかき消された二人がどこに行ったかなんて誰にも判別はつくことは無かったというだけだ。「そうか……、やっぱあいつの手の内か」

「はっ!!」


 了承を告げる部下の声、カイベスは苦い顔をしながら手を握った。

 シェンジー作りと呼ばれる、ゴシック調だがどこか日本家屋のような形をした部屋のソファーで彼は頭をかく。


「しかし事実なんですか? 人をそこまで読み取れるとは私には……」

「事実だ、あいつの言葉に嘘はない、嘘だとしたらそれは俺に騙された。ただその一点だけに過ぎない、あいつは天才だと言っているだろうが、四大貴族いやこのアルファンドどころか、ステイマン連邦、スデン武国、シルベシア海上連盟、それに十字国、六貴人、三武官、八提督、十二司祭、確定上位血統とまで呼ばれた存在がいるが、国家連合会談のときでさえ、あいつに怯えて飲まれる奴ばかりだった。まぁ十二司祭はいなかったけどな」


 このアルファンド崩壊のときでさえ、彼を誘わない人間はいなかったという。

 それは他の貴族にも言えることだが、当然のように断った。そのときの言葉は、大陸連合のなかで怯えなかった人間はいない。一度滅んだ国を蘇生させるなんて、ましてや元の形に戻すことなんて、建国するよりも難しい事だ。

 暗にだが、彼は確実にそのことを言い切っていた。誰だって怯える、彼は苦難を受け入れそれを楽しまんばかりに笑っていたのだ。


「俺は天才じゃないか、どこがだよ。俺はあいつに勝てる事なんて何一つないだろうが」

「ですが、手の内であってもここから動けば」

「止めろステンドファイ、あいつがそう言うということは次はお前の命はないと言う意味だ。剣術指南役オブーズドから到達の称号を得た男だぞ、あいつが言葉を出すのは警告じゃない、命令だぞ。やめておけ絶対殺される」


 楽しそうに、ネイベック家から雇った従者に笑いかける。

 多分だが、ジューグと同等とも言っていいであろう美麗な顔に着けられる微笑は、訓練された諜報員でさえ感情が緩み顔を赤く染めて彼から視線をそらした。従者が女であるという一因もあるのであろう、彼女は関係ない部分でカイベスへの信仰をましていった。


「まぁいい今日の仕事は終わりだ下がれ、俺にもやらなきゃならない事があるんでな」

「了解しました」


 恭しく一礼、扉を閉め従者の足音が消えた事を確認する。

 そこには今までの彼の表情はない、緩む口を押さえずにはいられないのだろう。声が漏れるのを確認しながら、それでも必死に抑えている。


「……、っ……っは、…はは、く、あ……、っはははは」


 決壊する、ゆっくりとだが確実に。ゆっくりと押さえていた手が離れる、体が震え始めているのを彼も理解していただろう。


「く、ははは、あはぁ……、はははははははははははははははっはっは、すげぇ、凄すぎる。なに考えてんだあいつ、マジかよ、かっあああああああ、すげぇ、なんて奴だ、あはははははははははっはははっは、参った、流石にこれは参った。あいつ、十五のときから何を考えてやがった、あいつの読み通りだと。ここまでここまで、確定するか」


 腹を抱えて大笑い、告げるなら一言で十二分だ。

 両手をたたきながら祝福と、驚嘆を、拍手に交えてバンバンと、地面をたたきながら転げまわる。


「つまりこれからは、本格的に動く、あと十五日でこの国を帰るって事だろう。さすが俺の大親友だ、その策略納得したぞ」


 葉巻口にくわえて火をつける、殆ど吸う事さえない煙に咽ながら捨てる。それでも笑い声は止まらない、だが段々と椅子などが投げられ始めた。硝子は叩き割られる、社長が狂ったとさえ言われるほど彼の笑い声は変わらず、ただ室内の破壊が行われる。

 破壊は演技、笑いは感情、だが二つが揃えば狂気にしかみえない。従者は彼の声を聞きながら、ユーグダーシに怒りを覚える、この会社をこの国を少しずつ押し上げようとするカイベスを笑うように利用し続ける男。憎いと思いながらも、どうせ彼は死ぬ、死ね死ね死ね、死んでしまえ!!


「カイベス様……」


 だが知っている、剣の皇帝とまで呼ばれるオブーズドに到達を与えられる人間は、ただの人外である事を、この建国から連なる北の大地の剣帝とまで呼ばれた初代、九代目の剣帝、到達を与えられたのは、その歴史の中でも僅か四十名弱。皆伝を最後とするがそれは当主でさえ難しい、最もそれを得なければ当主たる資格はない。弟子であるものが、到達を得たのは血脈以外では戦争での英雄が最後およそ数十年ぶりの話である。


 そして彼女は理解はしていた。自分が、自分が、自分が、――――カイベスにとって忠実な部下であることを、彼が望んでいる事。だからこそ彼の命令がなければ彼女は動けない、ステンドファイは唇から血が出るほどに強く噛みユーグダーシに怒りを見た。

 だが……、


「流石俺ら筆頭、流石俺らが認めた唯一の天災、ハレルーーーーーーーヤ!!」


 まさかこれほど馬鹿な発言を主がしているとも知らずに。

 盤面は常にユーグダーシの手の中に、そんな事もう十年前から知っている男は、大はしゃぎしながら辺りに破壊をもたらす。驚こうとも構わない、盤面の駒でさえ構わないのだ、カイベスと言う男もまたユーグダーシに信仰にも似た感情を浮かべている。


 彼の表情を見れば分かるだろう、笑う、笑う、笑う、ただひたすらに笑う。その笑い声のはしはしに、ユーグダーシが見せるいたずら小僧のような表情が見えて、いまだにこの状況を楽しむ余裕さえ見せていた。

 だがふと破壊を彼はやめると息荒げにソファーに座る。エルブ酒(どぶろくの事)と呼ばれる酒の飲み口をナイフで切り飛ばして、浴びるようにして酒をかっ喰らう。だが、荒い息を簡単には落ち着けられないのであろう、口の端から酒が毀れていた。それでも忘れたように、彼は酒を飲む。


「ははははっは!! まぁ、お前の予定はわかっているが、もうここから動き始めるなら止める事はないぞ俺は、お前が認めた人材を全て引き吊り出す」


 カイベスは知っている、人間の恐ろしさをユーグダーシから昔から語られていた。

 だがだ、彼の策略はある意味人を読むことを中心に行われている。彼は、四大貴族の底知れない実力を知っている、それでも読めない深い点も、彼とユーグダーシは酒を飲みながら語ったときに、ユーグダーシに殴られたことがあるのを思い出す。


『お前は何で本気を出さないんだ!! 折角俺よりも優れた才能を与えられてるくせになんで使おうともしない!! 俺に勝てないじゃないだろう、お前らが勝手に自分の限界を定めただけだ。お前は経済、あいつは剣術、あれは情報、全部俺はお前らに勝てない限界を語る前に、限界を通り越せそんなふざけた単語無視して捨てて破壊しろ!!


 ユーグダーシは彼らよりも彼らのことを認めて尊敬までしていた。才能と言う絶望的な差はある事を彼は自分のみを持って理解しているのだ。

 だがその全てに負けてなるものかと努力を積み重ねた結果が今の彼、彼らが努力していないとはいわないがそれでもユーグダーシほどの努力をしていたかといえばノーと成る、それでも彼は彼らに劣る。

 カイベスはそれが嬉しかった、利用する時に彼は語った。


『お前らを信じる、お前らの限界を信じるぞ。この策略、あらゆる人間の限界全てに大して信用を持って確定をつける。任せたぞ』


 それから死ぬような努力を繰り広げた、専門分野だけじゃない。ありとあらゆるものに手を出した、達人にはなれないがそれでも一流程度にはなれたのだ。そしてようやく会社を作り上げたとき自分が全ての手腕を使い、ユーグダーシの手柄にした。それさえ彼の策略のうち、腐った膿を自然に消し去るために策だ。

 一代で積み上げた会社は、良かろうが悪かろうが基本的に上のワンマンへと変わる事が多い、そこで潔白な人間とそうでない人間を、分けるために、崩壊当時はまだ弱小だったが最も怪しい不老不死を打ち立てた夜啼鳥を滅ぼさなかった。実際に、崩壊した国においてスピリチュアリズムは急速な速度で発展を遂げ、先のような事が当たり前のように行われていた。

 そう言うことに手を出す人間は基本的に、腐った膿といっても過言じゃない。だが同時に彼も理解しているこれが、己の策略の中で最善であり最悪であったことを、しかし彼もそれを選ばざるには終えない程度には、基本この国は腐っている。これに手を出さない人間は、多少だがまともな思考をしている人間が多い、そしてあくどいことをする人間はかなり減る。


「ここまでお前の策どおりに動くとは思わなかった。だがここまで確定するなら俺も、俺が思う十全を行うぞ」


 きっと頼むとユーグダーシは軽く笑うのだろう。それを思いカイベスも同じような笑みを零し、電盤を叩く。モールス信号のようなものを送る機械だ、打電された命令は、会社役員全員集合と言う簡単なもの。


「では最後に膿を全て洗い流して清浄にしますかねぇ」


 そして最後のふるいのために用意され、彼の策略の基盤であるこの会社が動き出す。

 いま、この国はゆっくりとだが確実に動き始めているのだろう。ワンマンであったがために社長が崩れ二世を用意するなどといった血統主義が優先される世界の中では当然のように緩慢な動きだろう。そして何よりも、彼はその辺りの人材を忠実に操るようにして二世達の実力を、それほど高く上げないようにあらゆる手段を講じる。

 それでも少しユーグダーシが待ったのは、二世達の実力不足とそこからくる重役の勢力闘争への発展ために布石。チロチロと燃える火に薪を何本もくべ、ゆっくりとだが確実な火を作り上げた。ここに勢力の分散と社長と言う中心を失ったが為の大きな穴が出来る、それが膿を洗い流すための一つの手法。より簡単に確実に、力を削ぎ確実な利益を得るために、ここは現代ではない中世のような場所だ。

 そのためならこのような下劣幾らでも許される、悪魔の布石はゆっくりとだが確実に動き始めているのだ。


 最後に、さらに役員連中にもう一つ打電する。


「国を戻すぞ、それがこの会社の経営理念だ」


 その言葉を聴いた全ての人間が獰猛な笑みを作り上げた。


***


 燃えた廃墟に一人の男が包帯をしたままに立っていた。

 その男は司祭として女を祭り上げた男だ。そこには絶望と怒りがあった、地獄のように豪華に焼かれながらも必死に隠し通路から逃げ出して命だけは取り留めた。だが体中は、火傷でケロイド状になり顔はまるで顔面硬直になったように引き攣ったままに動かない。

 ここには彼の夢の終わりがあった、次から次へと引き出される死体の山。これが四大貴族筆頭であるユーグダーシに喧嘩を売った末路だ、なにが国よ滅びてくれてありがとうだ、彼はここで全てを失った。夢であった少女の声も、金も権力も、ただ全て消え去ったのだ。


 終わった、その言葉で全てが終わる。 


 震える、私は悪魔にでも手を出したのだろうかと…、きっと自分が手を出したのは最も触れてはならない火薬だった。

 怒りなんてこの光景を見たら消える、あれほどのダメージを受けようとも自分は終わったのだここで、そして辺りを見回す。そこら中にいるのは、浮浪者たち成功せずに職にあぶれた今の自分と変わらぬものたち。

 つまり自分は、何一つ神に届いてなんかいなかった。それを彼は容易く理解した。


「おっ!! 居た居た、やっと見つけたぞ司祭」


 そして彼は聞くのだその悪魔の声を、その悪魔の声を、ユーグダーシと言う名の魔人を、自分の目に入れるのだ。

 その瞬間だ、火傷で固まったはずの皮膚が蠢く、恐怖と言う感情に彼は囚われ逃げ出そうとする。


「殺しも、拷問もかけることなんかないからきにすんな」

「ひっ、あ、あぅ。……、…………ああぅ」

「だからしない、すまんな。お前には迷惑をかけた」


 彼は謝罪する、あの時とは違う例に満ちたものではないが、彼の裏を感じさせない意味では完璧な謝罪。実際彼はこの時心の底から謝罪をしている。

 

「は?」


 意味も分からない、ここで頭を下げるのは自分の方だ。謝罪をこい、醜く殺さないでとわめき散らす、それが自分の役目のはずである。

 震える体が疑問と言う感情で正常に戻る。


「俺はお前を利用した、そして今の状態を作った。恨みたければ恨んでいい、だが謝罪だけは確実にする、お前の全てがなくなったのは正直に言って俺の唯一の誤算だ。そしてその火傷も、ジドルク王立学院の異端児 本名は確か スデッドヴァル=フェトアレ だったな」

「なぁにぃおぅを」


 ちゃんと喋れないのだろう、口がもごもごと動きまともに聞き取れる音ではない。なにを、なぜ私の本名を知っているといったところだろうか?

 それも全て火傷の責任だ。ユーグダーシはそれさえも理解して口を開く。


「この国を戻すために、俺はお前を使った。ここで殺されるなら仕方のないことだろう事は理解している。だが、俺は殺される相手を決めているんでな、俺の出来る限りの謝罪を全てするためにここに来た。聖女の場所を教える、そしてもう一つ葬送曲じゃない曲を聞かせてやる、これじゃ足りないだろう?

 最後に、お前が学園で作り上げた外交基盤、その開発を行って欲しい。余りに非常識すぎて認められなかったが、俺はそれを認めている。俺が戻す国の法を作り上げろ、手伝えるか?」

「ふざ……、け、るぅなぁ」


 奪われた全てに相当するだけの内容ではない。だがそれでもユーグダーシは平然としたものだ、何の確信もないくせに満面の笑みで笑う。


「だろうな、だからその価値がないかお前が調べろ。どうせすることもないだろう? 着いて来いよ、いや待てお前考えてみたら俺の生で火傷してたな。ちょっと馬車ふんだくってくるから待ってろよ」


 野次馬の成功者の妻が乗る馬車に彼は突貫して行った。いきなり引きずり出される婦人に、スデットヴァルは唖然とする。ついでとばかりに、護衛二人の首を刈り取るようにして蹴り飛ばし意識を弾き飛ばす。

 馬車の引き手に、少し待ってろと脅しをかけておいて。


「馬車確保したから来いよ」


 しゃれにならん、だが彼は平然としたものだ。昔から絶対同じようなことをやっていたのだろう、明らかに動作が手馴れていた。

 台風のような存在だ。失笑したいが顔がまともに動かない顔に多少苛立ちながらも、馬車の方に足を向ける。途中、化け物といった悪口が聞こえるがそういった奴ら全員がユーグダーシに殴り飛ばされる辺り、彼には差別といった感情は薄いことは理解できた。


「まずだが、お前はリステッド大通りのベイジ医療のもとで、その火傷をどうにかする。なに気にするな、皮膚の移植手術の技術は既に確立してある。何しろ俺の認めた医者だ、完璧一歩手前ぐらいにはなる。少なくともまともに喋れる様にはなるからな。

 だがその前に、お前が狂ったあいつの歌を聞かせてやるよ。お前のの望んだ、葬送曲じゃない歌を、これは間違いない事実だ。発展を知らせる声の道に行けば俺の言っていることが分かるさ」


 彼は、楽しそうに一度笑った。男はそれに呆れた感情を示したが当然の事である。

 馬車の中ではユーグダーシの他愛ない絵空事が話されていた。だが確実に、恐怖や怒りの感情は消え去りただ凄いという感情が彼に浮び始めていた。


 そんな事をしているうちに馬車は目的地に到着する。いや自然と馬車が止まってその場で動かなくなった、密閉された馬車と違い引き手は声を聞いていたのだろう。ただ一人の人間さえ虜にしてしまうその美しい声に、セイレーンとでも言うべき魔性を備えた声だ。


 船を沈める海の化け物、だがそれ陸に上がるだけであらゆる物を虜にする聖女となる。


「着いたか、扉を開けてみろよ。お前の聞きたかった声が聞こえるぞ」


 ユーグダーシは、それ以上の言葉を紡ぐこともなく腕を組んで目を瞑る。動きづらい体をゆっくりと動かし、馬車の戸を開いた。最初はスタッカートの声が響く、それは彼の聞きたかった声だ。ルッツケルシュの騎士と呼ばれる、十字国中最高と呼ばれるルベント=ヴァイ=ベルーベオトが、生涯において最高傑作といった歌曲である。


 フェイネの我が娘フェイネよから始まる壮大な英雄譚を五分程度の中に収めた名曲である。


 それは勇ましくもあり悲しい、最後はフェイネの息子ルッシュケルシュの壮絶な死によって終わるが、その壮大な曲は一人で歌っても迫力さえ浮ばないために、そこには英雄の始まりから勇ましい活躍、そして最後の死に到るまでの光のように早い一生を描いている。


 あぁ、これだ、


 彼は無意識に理解する。震える体は狂喜だ、手を伸ばすのは確定、だがそれを掴むことはできない。

 音の壁と言うのだろうか、これ以上手を出せば彼女の歌が穢れるようで…………、彼はその代わり涙を零す。自分のやっていたことの無益さを、狂ってしまいそうなほど嬉しいのに自分の行ってきた狂気に恐怖を抱く。

 間違い無く言えるのは自分は、無駄なことをしていたという事実。


「じぃ、おぅだんだろぉぉ」

「事実だ、俺は否定するぞ。お前のやったあの全てを、そしてな、あいつは俺を殺さないと死ねないそうだ。それがあいつの望みだそうだよ、その所為で俺の命は十四日」


 俺の命日とあいつの命日は同じ、だがそれ以上に後それだけで国を変えると断言する。やはり異常としか移りはしない、自分の敵にした人間がどれほどの悪魔か彼はようやく理解する。これに勝てるわけがない、彼の思考には国があったときでさえ宗教じみた彼の会をユーグダーシが存続させていた理由を理解する。

 その為だけに、自分はあそこまで生かされ狂った。


「お前を汚し狂わせたのは俺だ、まぁあんな聖女なんて存在は知らなかったが……、俺もそこまで万能じゃないからな」

「なぁぜぇぇだあ」

「国を戻すためだ、俺は滅びる前から今の状況を確信していた。俺は貴族だぞ、どの物語だって聖人君主であるわけがない。どの時代だって下の者を侮辱し自分の我を張り圧政を敷くのが、貴族と言うものだろう?

 九を見て一を捨てるのが国を動かすために必要なことだ。その為の犠牲なら、俺は百だろうが、千だろうが、積み上げるぞ。凡人が出来るのは、犠牲をとしても積み上げることだけだ。甘く見るなよ、人間共」


 眼光がそのままに、幾つもつきたてられた剣を感じさせるような荒涼とした眼光。

 一人だけでも理解できない、彼の言葉を聴いていたら理解させられる。俺とお前は、違う生き物だという事実を、彼は言い切っていたのだ。歌がそれだけで消える、四大貴族と言う貴族の中の化け物が、言い切った本当の化け物は、彼の感動さえ押しつぶし精神の異形をありありと見せ付けた。


 その中で大胆にして膨大、腕組んで目を瞑理ながら音に聞き入る男は、彼にとって一生をかけて狂った望みを消し去るような狂気的な人間だ。


 いやでも呑み込まれる。歌は完全に消えた、耳にも入りはしない、ただゆっくりと目を開かれるその目に、意識しなくても貫かれた。呼吸が止まるように一度ドンと心臓が跳ねた。手を貸してくれ、意思によって完結した完成は見ていて恐ろしいがそれ以上に呑み込まれる。

 利用するだけして、まだ彼は男を利用しようとする。だが利用されると理解しながら、そのことに嫌悪を覚えないどころか手を出したくなる。


 疑いもしないその彼の表情、手を出さないわけにはいかないと、心を読むように確信した表情。


「答えを今を出す必要は無い。まぁ、俺が死ぬ前に答えを出してくれ、お前の聖女は奪うがそれまではここで好き放題歌っている。俺のお勧めはフェチェの春歌だな、まぁきいてみろ。まぁ時間が空いたときにしか聞けないがいい曲だしな、馬車の方は俺が金は払っておいた医者の方には既に連絡を入れて金まで入れてある」


 彼はあくまで強制はしないが、司祭は彼を掴んで止める。


「どうした?」


 だが言葉では薄い、何より彼は今しゃべるということ事態が辛い。馬車に備え付けられてあった、万年筆を引っ張り出すとユーグダーシの服に手伝うと書き連ねる。


『了解した、服に描いたのは証拠と嫌がらせだ。受け取れ』

「それで結構、嫌がらせと証拠は受け取った。あんたの仕事は全て俺が死んだ後だ、それまで養生しとけ」


 それだけ聞くと司祭は手を離し、ユーグダーシは彼女の元に歩みだす。ゆっくりと手を上げるがそれは男にしたのか彼女にしたのか、もしかするとどちらにもにしたのかもしれないが、少女は笑い男は苦笑する。

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