第3話 終焉は自ら
アダムと過ごした日々は『楽しい』ものだった。
どんな『生物』と過ごした時間よりも濃厚で、甘美なものだった。
だがそんな私とは裏腹に、アダムは私がアダムと出会う前の時と同じ顔をしていた。
アダムは口には出さないが、その顔で私はアダムが『さびしい』のだと理解した。
私と同じに作ったアダムだから、いくら『土』で薄めたからと言っても、感情たる『さびしさ』が無くなるわけではない。ちゃんとあるが、思う頻度や感じる強さが少なく、弱くなるだけ。だからアダムは私と同じように『さびしい』と感じているのだ。
だけれども、アダムには私がいる。私には誰も、何も無かった。だから私は『共有者(アダム)』を欲した。
しかしアダムは私の創った何もかもがある。足りないモノなんてない。あったとしても私が補っている。
けれどアダムはさびしがっている。
……ならば、私はアダムの『さびしい』を取り除くことをするだけ。
私は滝の近くで黄昏ているアダムに新しい『私達』を作ろうと言った。作ることに力を使うことになるが、それは『私達』だから出来ることで、『私』だけでは出来ないと説明した。もちろん、『アダム』だけでも。
アダムはそれを聞いた瞬間、私の名を告げてくれた時以上の笑みで感謝をしてくれた。
久しぶりの笑みを見れたことで気分を良くした私は、アダムに近いモノを作ろうと元はアダムの『肋骨』からにしてあげた。
ただ同じには仕上げず、『生物』で言う『メス』として作った。私とアダムが両方で在れるが新しく作ったモノは片方だけでしか在れないようにした。
……同じであるのは私とアダムだけで良い。
その思いから、私はイヴと名付けた者を作った。
だが、それが間違いだった。
アダムは私よりもイヴといる時間がだんだんと多くなっていた。
アダムはイヴといる時が一番楽しそうで。
イヴもアダムと居る時が一番楽しいようで。
三人でいても二人だけで話、私は一人残される。
どちらかだけと一緒に居ても、どちらももう片方を気に掛けるばかり。私のことなど全く思うことは無いようであった。
そしてとうとう、一日二人っきりとなる日がほとんどになった。
アダムの『さびしい』が無くなったのは良かった。
しかしその代わりに私の中に黒いモノが染み出て来た。
アダムはどうして私よりもイヴといるのか。一緒に居た時間は私の方が長かったし、イヴに出来ないことだって私は出来るし、して来た。なのにイヴはただアダムと一緒に居るだけで、それだけでアダムをあんな楽しそうにさせている。
なぜ。
イヴも私とアダムは全く同じなのに。外見も中身も同じはずなのに、なのにイヴはアダムと一緒に居る。本当なら私の方がアダムより優れているのに。一緒に居たいと思うのは私なはずなのに。どうしてイヴは私よりアダムを。
どうして。
……二人は私が作ったのに!
私は悩んだ末にイヴが『それら』と同じで失敗していたのだと気付いた。
アダムにはかなりの時間をかけて失敗はしなかったが、イヴにはそんなことはせず、『それら』の時と同じかそれ以下で作ったために失敗したのだと。
ならば、と私はとある工作をした。
まずアダムには与えず、そのために初めからイヴにも持たせなかった私への敬う気持ちと知識を『果実』にして木から生やした。
そして二人には『毒』だから食べない様にと、死んでしまうから食べないでと伝えた。
知識もなく、疑うことを知らないアダムとイヴは、私の言葉を素直に聞き入れてくれた。
その後に私はある『生物』に洗脳をした。
洗脳した『生物』には工作実行までの時間、何事もなく生活をさせることにし、私は時を待った。
それから幾何か月日は流れ、洗脳をした『生物』に行動を開始させた。
初めに私はアダムと二人っきりになりたいとしてイヴを一人にした。すると一人になったイヴの前に洗脳した『生物』――『蛇』が現れる。
そこで『蛇』がイヴに言う。
『丘の上にある木の果実はとても美味しい。暇なら今から食べに行ってみると良い』
と。しかし私が止めているためにイヴは拒む。だが、
『それはあの方の嘘だよ。木の果実が美味しくて美味しくてたまらないから、独り占めしたいから二人に嘘をついているだけなんだよ』
それを聞いてイヴは口を開けたままにするほどに驚いた。
イヴは『楽園』で嘘を聞いたことが無い。嘘を知っていても嘘をつかれたことが無い。そんなイヴだから、嘘と言われたことを信じ、疑問混じりに喜びの声を上げた。
そして美味しいモノが食べられるとなって嬉しそうになりながら、イヴは『蛇』にそれが事実なのか聞いた。
『本当さ。だから今からでも食べて来ると良いよ』
『蛇』は答え、すぐさまに行くようにと再度促した。
けれどもイヴはアダムにも食べさせたいと思っているのか、しきりに周辺を見回す。そしてどうしたら良いのか考える仕草もする。
そこで『蛇』は、
『まずは君が食べてみて、その後にアダムにあげればいいさ。本当に美味しかったらアダムにお勧めするときに言えることが増えるだろうし、君が気に入ったものを勧められたことでアダムは喜ぶはずだから』
口からのでまかせと、嘘で固めた虚言でイヴを惑わす。
イヴも『蛇』の虚言を真と思い、『蛇』のことを『親切』と称してイヴは丘へと走って行った。
蛇の目を通して私はイヴの様子を見て、上手くいった、と自分の中で両手を大きく上に挙げた。
イヴが果実を食べれば死ぬことは無い。だが私への敬いを持ち、同じアダムへも敬いを持つことになるだろう。それはイヴが今まで通りにアダムと一緒に居ることは無くなるということで、アダムも一緒には居ずらくなるはず。そしてイヴが離れればアダムは『さびしい』と感じ、それを私が失くすことが出来たなら。
それでアダムが『さびしい』と感じる前――いや、それ以上になれる。
アダムは私のモノ。私が創ったたった一つの同等な相手。
どんなモノであろうとも、絶対に渡さない。
そしてそうなるのも、後はアダムと一緒に居るだけで勝手になる。
だから焦らず、アダムと久しぶりの二人っきりを楽しめばいい。
思考がまとまり、少しの間放置していたアダムの方を振り向く。
しかしそこにはアダムどころか『生物』一匹すら居なかった。
「アダ……ム?」
周りを見渡しても見つからない。
嫌な予感がして力を使ってアダムを探せばすぐに見つかった。
アダムが居るのはあの果実がある丘の上。
しかもイヴも一緒に、居た。
私はイヴが居なくなる喜びで緩んでいた顔が、一気に引きつり、血の気が引いた。
数瞬動きが止まっていた私だったが、緊急で頭と体が稼働した。
稼働し、行動したことは力を使い、二人の近くに現れるというものだった。
とび、すぐにアダムをイヴから引き離そうとした。そのためにとぶ瞬間から手を伸ばしていた。彼らの周辺に飛びさえすればすぐに触れることが出来、引き離せられる。
だがとんですぐに見えたのは、二人が仲良く向かい合い、笑い、果実をかじるところだった。
「あ……」
出来たことは諦めと絶望を小さな音一音にして出すことと、果実を食べたアダムに軽く触れることだけだった。
そして次の時には目の前に伏したアダムとイヴが居た。
今まで親しげにしていた二人はもうそこには無く、
「これまでのご無礼、なんと言ってお詫び申し上げればよろしいかわかりません!」
「アダムとずっと一緒に居り、貴方様を蔑ろにして誠に申し訳ありません」
ただただ私を敬い、これまでのことを悔いていた。
その姿は『それら』に似ていたが、私はどうしてもその姿にうれしさを感じることは出来なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます