第4話 最寄りの村にて
それから、およそ一日と半日が経った頃だろうか。
大きな森を抜け、王都である《レヴナンツ》近郊に存在する町や村に続く歩道へ出たクロウ達は、道中の村へとたどり着く。
木々も幾ばくか減り、なだらかな丘陵に築かれた村の入り口を象徴する木と蔓であしらわれた小さな門を潜りながら、村を囲う木の柵の傍で彼は荷物を下ろし、後ろに付いてきていたアヤメへと軽く振り返った。
「……うっし、今日はココで一泊すんぞ」
「う、うん……」
「あんだよ、何か言いたげだな?」
門周辺には森の獣や盗賊の迎撃用に地面へ植え付けられた木のバリケードが散りばめられており、その物々しさにアヤメの表情は陰っていた。
彼の旅装束である薄手のローブを身に纏い、フードを深く被ったアヤメの表情さえクロウが読み取れるのは、長年に渡って様々な人物と接してきた冒険者としての経験からだろうか。
「その……、なんだか物騒だね? 村って、王都とはまた別の穏やかさがあると思ってた」
アヤメの言い分には、王都という安全が確立されている場所に慣れ過ぎた人間としての……そんな雰囲気が漂っており、クロウはそれを見つめながら肩を竦めつつ応える。
「あー……確かに入口は物騒なこと極まりねーけど、中身はそんなに変わらないぜ? コイツはあくまで保険だ。この辺りは、俺みたいな冒険者が立ち寄って一泊する事も多いから、非常時なんて滅多に起きる事はねぇしな」
まぁ、その分冒険者以外の交易商なども多く立ち寄っており、他の町近辺よりも山賊の潜伏場所が多いのだが。
まずは彼女の不安を取り払う事を優先したクロウは、息を吐いて地に着けた荷物を再び担ぎ直す。
「こっから先は歩道沿いに四日くらい歩いていくだけだ。今までの道のりよかかなり楽になっから、今日はしっかり休んで疲れは取っとけ」
「うん、分かった」
「宿とかにアテは?」
「ないよー。寄るのは初めてなんだもの」
「そうかい。なら、イイトコを紹介してやんよ」
「いいとこ……?」
着いてきな、と彼はひらひらと手を振り、アヤメが付いて来る様に非常にゆったりとした歩調で歩き出し、いよいよ村の中へと入っていく。
ログハウス調のしっかりとした背の低い建物や、木を平たく加工して築いた民家が軒を連ね、村の中心は冒険者や村人、出稼ぎにやってきた商人が地べたに布を敷き商品を広げ、露店を開くなど、村としては大分賑わっていた。
その光景が物珍しかったのか、アヤメは一つ一つの露店や擦れ違う人々に目移りしながら、いそいそとクロウの後を追う。
「かなり賑わってるねー! もっと静かだと思ってたっ」
「っへへ、あながち間違っちゃいねーけど。王都の周りにある村とかは大抵こんなもんだぜ? ……っと、着いたぞ」
ケラケラと笑いつつ、村の中心からかなり外れた放牧地帯へやってきたクロウ達。正面には比較的小さな出で立ちの一軒家が建っている。
まるで久々に実家へ帰って来たかような足取りで、クロウはその一軒家へは向かわずに、近場にあった牛舎へと足を運んだ。
その牛舎の入り口で立ち止まり、クロウはひょこっと開かれていたドアから中を伺い、アヤメも同様に、被っていたフードを肩に掛けて彼の脇から中を覗き込む。
「わぁ……!」
そして輝かしいばかりの笑顔を見せた。
そこには幾十もの牛がおり、柵で囲われながらも穏やかな鳴き声を上げ、牧草をもりもりと食べている姿がある。
クロウは彼女のそんな表情を眺めながら、物珍しかったのだろうと内心で納得し、牛舎の奥で、ピッチフォークと呼ばれる農用フォークを手に、一頭一頭丁寧に世話を焼いている赤髪の女性へと声を掛けた。
「おーい、デカ乳娘ー」
「デカ乳とはなんだぁ!! 昼間っから冷やかしなんておことわ、り……」
赤髪の女性のコンプレックスとも言えるその巨乳をからかうように声をかけたクロウへと、その女性は拳を握りながら唸る様に振り返ると……ポロッと、手にしていたピッチフォークを落とした。
「くっ……クク、クロウッ!? あんたこっち来てたの!?」
「久々だなァ。相変わらずおデカいこって♪」
「はっ倒すぞヒューメン!」
「お前も人間だろが。ったく、男勝りなのは変わんねーのな」
気を取り直してフォークを手にクロウへと歩み寄った女性は、からかった彼にフォークを向け、クロウはいつもの調子で彼女の頭をぽんぽんっと撫でる。
「久しぶりじゃん。今回はどうしてこっちに?」
「ウチのお嬢にちょっとした届け物がな。ついでにこちらの学生様の護衛、ってトコだ」
「カラスくん、彼女は?」
「おう。こいつは牛飼い娘のメリィ。ついでに宿屋の看板娘だな」
「……まーたクロウが可愛い子連れてる」
「またとはなんだよ。女連れてお前ん
「またまたぁ~。王都とかで可愛い娘を何人も引っ掛けて泣かせてるって親父殿に聞いたよー?」
「……ザックスのおっさんとは一回真面目に話さねーといけない気がする」
眉間に指を当てて揉み解し始めるクロウを見たアヤメは苦笑を浮かべており、彼女はメリィへと名乗ると、その素性を聞いたメリィは目を丸くした。
「勇者様!? 出世したねぇクロウ!」
「勘違いすんなっての。たまたま森ん中で出くわして、行先も一緒だったってだけだ」
「それにしては随分と世話焼いてるみたいだけど?」
「高そうな衣服でほっつき歩いてたもんでね」
肩を竦めながら答えるクロウにメリィはニヤニヤと目を細めて向ければ、アヤメがフォローに回っていく。
「本当なんです。学園の制服しかなかったので、助かっているんですよ」
「えーそうなの? こいつの事だから『俺のにおいに慣れておけ』とか変な理由で無理矢理着せられてない?」
「そんなことないですよ!?」
「お前さんが俺の事をどんな目で見てんのかようやっと分かったぜ……」
冗談はここまでにして、クロウは本題を切り出した。
「それで、おっさんは?」
「親父殿なら宿に居ると思うよー。ちょうど休憩の時間だし」
「おぉ、サンクス」
「アヤメちゃんも泊ってくんだよね? 水井戸があるから、使うといいよー」
「あ、ありがとうございます! 助かりますっ」
「んじゃ、行くか。邪魔したな」
「あいよー。クロウは後で手伝ってね」
「客に仕事させんのかよ、ったく」
苦笑を浮かべつつ後ろ頭を掻いたクロウは苦笑いを浮かべ、踵を返してアヤメと共に宿屋へと向かい、そのドアを開く。
木製の床に、しっかりとした角材で造られたカウンター。その前にはテーブル席が2・3席設けられているといった、簡素な宿屋の空間が広がっていた。
カウンターの奥には先の通り酪農と並行して仕事をしているからだろう、チーズやミルクの入った瓶が棚にずらりと並んでいる。
そのカウンターの一席で、気難しそうな表情を浮かべ、テーブルに頬杖をつきながら羊皮紙とにらめっこする男性が居た。
髪はそれなりに後退し、もみあげの髪は顎髭とつなげているといった特徴的な顔。
彼は来店した客に挨拶しようと顔を上げ、耳に掛けていた眼鏡を外しながら振り返ると……クロウの姿を見て目を丸くする。
「らっしゃい。……ほう。珍しい客が来たもんだな。随分と久々じゃあねーか」
「っへへ、ちっとばかし実家に引き籠ってたもんでね。たまにゃ仕事しろって追い出されちまったんだわ」
「はははっ! そいつぁ災難だったな。……なんだぁ? 連れもいるのか」
「こんにちはー」
「おう。部屋を二つ借りてーんだわ。あと井戸とメシ、ニ食分」
「あいよ」
カウンター席から奥へと移動して、壁に掛けてあった部屋の鍵をカウンターにやってきた二人に渡し、受け取った二人はそれぞれの懐へとその鍵を入れた。
「んじゃ、ここで一旦解散だ。今日はゆっくり休んどきな」
「うん、ありがとうカラスくん。……先に水浴びしてきてもいいかな?」
「荷物は部屋に置いとけよ。盗まれるかもしれねぇし」
「盗むも何も、ウチにゃそんなに人は来ねえっての」
「っはは、ンな事ねーだろ」
男性とクロウは軽口を交わしながらアヤメを送り出すと、クロウはカウンター席に腰かけて、手土産のビッグベアの革を男性――ザックスへと差し出すと、彼は再び目を丸くした。。
「なんだこりゃ? ウチはゴミの受け取りはしてねぇぞ」
「ビッグベアの革だ。塩漬けしておいたから、その後の処分は任せるわ」
「ったく……余計な仕事押し付けやがって。鞣すのはそこいらの職人よか、お前さんのが上手いってのに」
「何なら飯までの間に処理してやれっけど?」
「おう、頼む」
「その代わり、メリィが呼んでたからそっちは任せるわ」
「職人に出そう」
「心変わりはえーなオイ」
ひょいっと包まれた土産をカウンター越しに引き取られ、クロウは苦笑を浮かべた。
ザックスは踵を返し、自分の昼食として開けていた瓶からミルクを掬い、木製のコップへと注ぎ、チーズを何ピースかに切り分けてクロウへと出す。
「最近、どうだったよ」
「相も変わらず、ってトコかねぇ。引き籠ってたのは本当だぜ」
「どこか悪いのか?」
「うんや、長旅の疲れかは知らねーけど、家でボーっとしてたわ」
「そいつを聞いて安心した。オーウィスの情報通りだな」
「やっぱ連絡来てたのかよ……」
ザックスとメリィの二人とも、昔は共に旅をした仲だ。今ではこうしてこの村に居を構え、農民兼宿屋の店主として穏やかな日々を過ごしている。
彼はその仲間内に存在するリンクストーンでの連絡網に辟易した様に、盛大に溜息を吐きながら肩を下げた。
「最近なら一昨日の夜中だぜ? お前さんに連れが出来たってんで、大急ぎで連絡寄越してきてな」
「っはは、こりゃ本気で勘違いされてんな。それはそれで面白そうだが」
「今度こそ自分以外に嫁が出来ただの、ウチとしちゃあ散々の騒がれ様でな。メリィもオレも、流石に参っちまったよ」
「そら悪かったよ。今晩連絡して説明しとく」
「頼むぞマジで」
「おう」
クロウは出されたチーズとミルクを飲み干し、立ち上がるとポケットに手を入れ、中にある部屋の鍵を弄りながら歩き出した。
「そんじゃま、アイツを待たせんのも悪ぃし行って来るわ」
「あぁ頼んだぞ。女は待たせると怖いからな」
「っへへ、まったくだ」
お互いに肩を竦めて動きを再開し、それぞれが溜息を吐くのだった。
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