第33話 モンスターの一員、その誘惑


「えぇ……?」


 気付けば一瞬で視界は閉じられ、辺りは蝋燭の明かりすらない完全な暗闇になっていた。

 辺りにいた筈のアントワネッタやメイドさんの声も見えず、自分が何処にいるのかすら分からない。


「……エレナさーん。今度は何処に連れてったんですかぁー?」


 疲れた感じで上を見て呟く。

 上を見ても真っ暗なのだから、何か意味があるワケではないのだが。まぁここは気分みたいなもんだ。


「忠人さん、聞こえるかしら?」


 ふと、そんな声が聞こえる。エレナさんの声だ。

 何故か聞こえてくるのは彼女の声だけ。その声色に焦りは見えず、逆に子供らしいお茶目さも感じられる。

 加えて、俺は変わらずフッカフカのソファに座っている。手を少し前に出すと……やっぱり机もあった

 ははぁん、なるほどね。


 どうやら自分は、彼女の何かしらの力によって転移させられてしまったらしい。

 まぁ、分かったところでどうすることも出来ないけど。


「えぇ、聞こえていますよエレナさん。どうしてこのような事を?」

「さっき言ったじゃない。貴方と将来の事について話がしたいの」


 その直後、俺の膝に誰かが乗っかってくる感覚を覚える。まぁ十中八九エレナさんだろう。

 次いで首裏に人肌の温かみを感じた。彼女に腕を首に回されたのだろう。


 そして極めつけに、顔面にかかる熱っぽい吐息。

 真っ暗だから確認することは叶わないが、エレナさんは俺の顔に触れるくらい近くまで顔を寄せているらしい。


「前回来て下さった時、私が言ったことを覚えているかしら?」

「……ご入籍のお話でしょうか」

「もうっ、そんな機械的な言い方してないでしょ。結婚、結婚の事よ」


 子供っぽく怒りながら、しかして彼女は愉快そうにその言葉を口にした。

 普段なら少しふぬけてしまうような可愛らしい声であったが、俺の心中は穏やかではない。


 前回の訪問時、確かに俺はエレナさんから求婚されていた。

 面談を終えて、帰ろうとした時に耳元でさらっと。


 いつもの冗談だと思っていたのに、マジだったのかこの人。

 どうしよう、前の時代でも現代でも、本気で求婚されるのは初めてかもしれない。

 ステンナに告白されてすぐだってのに、なんですぐ同じようなことが連発するのか。


「……」


 正直言えば、何も分かっていない頃の俺だったら快諾していただろう。

 モンスターの、しかも上位に部類する吸血鬼の力が手に入ることは、とても魅力的だ。

 しかも、吸血鬼の種族も他のモンスターと同じで、多くの財を持っている。きっと結ばれれば、一生遊んで暮らしても残るほどのお金が手に入るのだろう。


 だがそれは、言ってしまえば純人間である自分を捨てる事になる。

 どうにも俺は、そのことを受け入れることが出来なかった。


「私、貴方がどうしても欲しいの。初めて会った時から、私のモノにしたいと思ってたわぁ」


 彼女がそう言うと、首元に湿った感触がする。そのまま固い何かが当たり、うごうごと蠢いている。

 あ、甘噛みされてるのか俺?


「んぅ……今ここで首を噛みきって生き血を吸えば、貴方は私の眷属になる。そうすれば、私達家族と永遠を生き続けることが出来るわ」

「っ……」

「とってもとっても素敵……そう思わない?きっとマリィちゃんも、リョー君やチョウちゃんも喜んでくれるわ」


 彼女は舌を俺の首に当て、そのまま耳元まで這わせていく。

 どうにも官能的だ。吸血鬼だからこそ引き出せる色香もあるのだろうが、魅惑なんかしなくても十分に女性としての魅力を感じてしまう。


「ねぇ、忠人さん。私と一緒になって。貴方が良いと言いさえすれば、私はすぐにでも貴方を純人間の殻から出してあげる」

「……」


 その言葉は、おおよそ人を完全に狂わせる誘いだった。

 吸血鬼の力なんて使わなくても、簡単に人を誘惑できてしまう。

 彼女たちと永遠を生きる。それはつまり、彼女たちと同じ寿命を得て一員になることだ。

 悠久の時を生きる吸血鬼、その一員に。


「貴方の持つ魅力は、モンスターの持つどんな力にも勝っている。それをたかだか十数年で終わらせるなんて、絶対に嫌よ。死なんてくだらない些末事に、貴方を奪わせてなるものですか」

「エレナさん……」


 彼女の声には、願いの中に少しの怒りが込められていた。

 俺に対する、ではない。純人間の弱さに対して、でもない。

 想い人を奪ってしまう、いわば「死」そのものに対して。

 俺にはそう感じられた。


「っ……」


 まるで純金の山を見せられ、全部お前のモノだと言われたような気分だ。

 思わず体が、ブルリと震えてしまう。ステンナの時にぶつけられた威圧とはまるで違う。人の欲に訴えかける、思わず手を伸ばしてしまうような誘惑だ。

 彼女の差し出す誘惑に比べれば、最初に対面した時の魅惑などなんて弱弱しいものか。


「……」


 俺は今、恐ろしい程にまばゆい光を感じてしまっている。

 永遠という光。得ればきっと言い様のない幸福感を得られるのだろう。

 寿命を気にしなくて良い分心が豊かになり、新たな才能が芽生えるかもしれない。

 あぁ、魔法についても学ぶことができるようになる。


 思えば昔から、俺は魔法とかそういうファンタジーに憧れていた。

 ゲームを通して悪魔の森や魔女の沼を冒険して、魔物を倒して宝を手に入れる。

 なんというか、そういうワクワクするものに恋焦がれていたのだろう。

 彼女の手を取れば、その願望を得られる。冒険とかとは少し違っているが、ファンタジーの一員になれる。




 本当に、素晴らしい。

 どこまでも欲しい、欲してしまう。


「……お断りいたします、エレナさん」


 その上で、はっきりと断った。

 

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