第32話 楽しい楽しい家庭面談
「えーまぁ、数学の方は今マリィさんが言っていた通り、少々テストの点数が下がってしまっていました。ですので、今回は5段階中3の成績を……」
「……確かに、超責分解と波導掛け式の証明が出来てないみたいね。マリィ、これは仕方ないわ」
「うぐ……反論の余地も無い」
座ると同時に、ひとまずアントワネッタの成績についての詳しい説明をさせてもらった。
文だけではなく、実際にどう評価されたのかを教えて貰いたかったらしい。
うん、ひとまずは普通に面談を始められそうだ。
「申し訳ありませんが、マリィさんの成績は課題の出来とテストの結果でしか測れないので……」
「そうねぇ、マリィったら吸血鬼としての力は強いんだけど、その代わりに魔法障壁をぶち破る勢いで太陽に弱いから」
「むぅ……せめて外に出れるくらいに体が丈夫だったらなぁ。あ、そうだ!先生、夜にも普通に授業してくれない?」
「止めてくれ、死んでしまう」
体力が持ちませんわ。
可能な限り希望は叶えてあげたいが、全て要求通りにしていると秒で倒れてしまう。
「エレナさん、こればっかりは今後の努力次第という事でどうか……」
「んー仕方ないわね、もっと精進なさいマリィ」
母親の緩い激励を受け、アントワネッタは身を少し縮めてしまった。
まぁそれ以外の成績はトップクラスだから、彼女ならきっと高成績に返り咲くだろう。
それにしても、『アントワネッタ』なぁ……。
モンスターや獣人の間では、歴史に名を遺した純人間の生き様や在り方に感動し、その名字や名前を子供に使う者がいる。
確かアントワネッタの名前であるマリィも、フランス……今はフランジャという名前だったか。フランジャ国のマリー・アントワネットという、実際に存在した女王の名前を使ったと言っていた。
もともとの名字はもっとゴツかったそうだが、数百年前にアントワネッタに変えたらしい。
そして純人間の精子パックを使って獣人を身ごもり、生まれた子に気に入った純人間の名前を付けたそうな。
最初に生まれたのが目の前で落ち込んでいる我が教え子で、かねてより決めていたマリィの名を与えたというワケだ。
ちなみにエレナさんは他の国の歴史にも興味があったらしく、次に生まれた子達にも歴史に名を刻んだ純人間の名前を与えている。
まぁ、先程まで遊んでいた双子の男の子と女の子のことだ。
エレナさんは男の子にリョフ・アントワネッタ、女の子にチョウセン・アントワネッタと名付けた。
リョフとチョウセン。呂布と貂蝉。
三国志に出てきた裏切り強武将と傾国の超美女である。今の時代に飛ばされる前には、よく漫画やゲームでも聞いた名前だったからよく覚えている。
エレナさんはリョー君とチョウちゃんを何にしたいんだろうか……。
あぁ、いかんいかん。また考え事に意識を持って行かれるところだった。
面談に集中しないと。
「成績のお話はこれくらいで良いかと思います。ところで、家ではこの子はどのようにお過ごしでしょうか?」
「そうねぇ……依然と変わらず元気にしているわ。家事も手伝ってくれるし、リョー君たちの遊び相手もしてくれるので。イケない事だとは思うけど、毎日助かってるわ」
「なるほど、家では元気に暮らしていると……」
これなら家庭環境は問題なさそうだな。
総合的に見れば成績もかなり良いし、彼女なら深夜帯に授業を行う大学へ進めば大丈夫だろう。
「あ、一応聞くように言われてますので確認しますね。アントワネッタを通信制の高校に編入させる気は――」
「絶対ヤダ」
「そ、そうか……分かった、校長にはそう言っておこう」
食い気味で怒られてしまった。しかも聞こうとしたエレナさんではなく、アントワネッタに。
なぜだろう、ただ質問しただけなのに底冷えする程の恐怖を感じる。
「きゅるる?」
「大丈夫だから、帰ってなさいって」
何故か腕を出す貴婦人。
出ていいタイミングなんて無いから、そのまま扉の中に籠ってて。
全力で扉の中に押し込んでいると、前の方から楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
「ふふ……その子、本当に忠人さんが大好きなのねぇ。前見た時には、誰彼かまわず殺しちゃいそうな感じだったのに」
「えぇまぁ、最初に見た時は確かにそんな感じがしましたよ……」
今思い出すと、よく俺はこんな化け物に啖呵を切れたと思う。
状況が状況だったとはいえ、普段の俺なら裸足で逃げ出してるだろうに。
「まぁ、貴婦人さんのことはいいでしょう。前回お渡しした課題の提出をお願いしたいのですが」
「えぇ、そちらはもう忠人さんの鞄に入っているわ。確認なさって」
え、そうなの?
半信半疑で鞄を開けると、確かに前渡したプリントがぎっちりと詰められていた。
いい加減頭がおかしくなりそうだ。
俺は中に入っていたプリントを取り出し、パラパラと一枚一枚流し見していく。
……よし、特に問題はなさそうだ。
これで必要なことは全て終えたし、あとは適当に挨拶をして帰ろうかな。
「は、はは……これはご丁寧にどうも。では、今回の面談はこれくらいでよろしいで――」
「お待ちになって、忠人さん」
俺が立ち上がろうとした瞬間、俺の言葉を遮る形でエレナさんに話しかけられた。
なんだろう、嫌な予感しかしない。
俺は不安な気持ちを押し殺し、決して表情には出さないように努めながらエレナさんに応じた。
「えっと、何でしょうか?」
「せっかく来たんですもの、もう少しお話がしたいわ。マリィのこともそうだけど、どちらかというと……」
「どちらかというと?」
一体何があるというのか。
エレナさんの言葉を待っていると、マリィが目を大きく開いた後にコチラへ身を乗り出してきた。
必死そうな顔をしているが、その理由が俺には察することが出来ない。
そして次の瞬間。
「将来のこと……ね」
エレナさんがそう呟いた瞬間、俺の視界は真っ黒に染まった。
なんかもう、毎度毎度こんな展開ばっかりだ。
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