第29話 吸血鬼の華麗な親子
美。
人が追い求め続ける、極致の一つ。
そんな概念めいた存在が、形になって俺の目の前に立っていた。
「ふふ、どうしたのかしら?早く部屋の中に入ってきて」
そう言う女性からは、圧倒的な美しさを感じる。
容姿ももちろん綺麗だ。
金色に輝く髪は足までのびており、蝋燭の明かりを反射して幻想的な美しさを醸し出している。
肩を露出させた漆黒のドレスは、彼女の真っ白な肌を際立たせている。
体のどの部分を見ても、欠点が見つけられない。それほどまでに、この女性の美は完成されつくしていた。
しかもそれだけではない。雰囲気、立ち振る舞い、その他すべてが俺の中で『美しい』に変換される。
そしてその美しさは物理的にも反映されるのか、彼女の背後から神々しい後光のようなモノも見えていた。
「あ、あ……」
「あらあら、どうしたの忠人さん。そんな所に立っていては疲れてしまいますわ。さ、私の隣に腰かけて」
そう言って、女性は近くの横長のソファに座ると、ポンポンと優しく隣のスペースに触れた。
足をくみ、その扇情的な美しい足が思いっきり露出される。
その仕草には少女らしき愛らしさ、そして女性のような妖艶さが感じられ、最早正しい思考が出来なくなる。
この美を堪能したい。自らのモノにしてしまいたい。
そんな気持ちが溢れそうになった。その瞬間だ。
「きゅるきゅるきゅるるるるるッ!!」
突如、聞き覚えのある鳴き声が脳内に響き、俺は正気に戻った。
一体なんなのか。後ろを見てみると、そこには昨日校長から受け取った黒い扉が浮いていた。
そしてその扉は開いており、中からは充血した瞳が俺を睨んでいた。
「き、貴婦人……さん?」
「きゅぅるるららら!きゅらぁっ!」
何かを訴えかける貴婦人。
もしかして、怒ってらっしゃる?
ていうか当たり前のように見ていたけど、小さい扉から自分を睨んでくる目って怖すぎるぞ。
「あら、その子……もしかして、校長先生のペットちゃんかしら?」
目の前の女性は憶する様子もなく、コロコロと楽しそうに笑いながら貴婦人を見ていた。
対して、貴婦人さんは怒り心頭を言わんばかりに唸り声をあげ、今にも扉から飛び出てきそうな感じであった。
正気に戻ったのは良いが、どうやって貴婦人を抑えようか。
というか目の前の女性は一体どなたなのだろう。
そんなことを考えていると、いきなり別の扉が勢いよく開かれた。
「もうお母さん!いきなり魅惑全開で先生を誘惑しないでよ!」
出てきたのは、俺のよく知る人物であった。
ステンナやフィンドーラと比べて、少々小さい体つきをしている。
青白い髪をツインテールにまとめた彼女は、俺が今日会う予定であったマリィ・アントワネッタだ。
彼女は部屋の中にズイズイと入ってくると、あらあらと困り顔をする女性に近寄り、その脳天に軽くチョップした。
「きゃん」
そんな可愛らしい悲鳴があがると、目の前の美しい女性はボフンと音をたて、白い煙を体から発生させた。
「な、なんだぁ……!?」
「先生はそのままでいて。すぐに戻るから」
そんなアントワネッタの声を聞いて、とりあえずその場から動かない。
しかし貴婦人は扉から出てこようとしていたので、必死に扉を両手で抑えていた。
「だ、大丈夫だから。君はそのまま帰りなさい。大丈夫、多分大丈夫だから……!」
「きゅるきゅるきゅるりら……」
「そ、そんなか細い声を出してもいけませんっ。いい子だから戻れって……!」
必死の説得が功を奏したのか、貴婦人は不服そうな鳴き声を出しながら扉の奥へと帰っていく。
俺はそれを見届けると、宙に浮かぶ小さな扉をゆっくりと閉じた。
と、それと同じタイミングで煙が晴れてきた。
改めて前を見ると、そこには美しすぎる女性ではなく、見覚えのある方がソファに座っていた。
「あ、あれ?エレナ……さん?」
「あらあら、バレちゃった。こんにちは、忠人さん」
先程よりかなり小柄で、アントワネッタと同じくらいの背丈だ。髪も鮮やかな金髪ではなく、彼女と同じ青白い長髪に変わっている。
それでも十分に美しいと言えば美しいが、決して理性を失うほどではない。
全体的に随分と余裕ができたドレスを着る彼女は、アントワネッタの母親であるエレナ・アントワネッタであった。
年齢は不詳。前に聞こうとして殺されかけた。
アントワネッタの副担任になってから何度か会っており、前々回の訪問時から名前で言い合うまでに仲良くなっている。
「え、えぇお邪魔しております、エレナさん。貴方だったんですか……」
「驚かせちゃってごめんなさいね。せっかく貴方が来るのだから、少しイタズラしたくって」
「もう、イタズラのレベルじゃないよお母さん。先生があのまま魅了されちゃったらどうするつもりだったの……」
「あら、それはそれで良かったじゃない。そうすれば私たちの家族になるし、貴方だってお婿さんに出来たかもしれないわよ?勿論、私と兼用だけど」
「おむッ……!?もうっ、そうやって人のことからかってッ!」
母親の言葉にぷりぷりと怒るアントワネッタ。
見た目はただの微笑ましい家族のヒトコマなのに、内容が全然微笑ましくない。
表情を変えなかった俺を全霊で褒めてやりたいくらいだ。最初の頃は会話を聞くたびに顔を青くさせていたからな。
「そんなこと言うなら、お母さんのこと嫌いになるからね!」
「あらあら、嫌われちゃったかしら。これは悲しいわ、忠人さんに慰めて貰おっと」
「ヌッ……!!?」
なんか俺に飛び火してきたぞ!?
なんでエレナさんはこちらに近寄って来てるんだ?
止めて、怖いからこっちに来ないで。
「た、助け……ッ!?」
助けを求めようと後ろを見る。
しかし扉の前に立つメイドさんはその場から動かず、小さな黒い旗をふりふりと振っていた。
「がんばえーご当主様ー」
「適当ッ!?さっきまでの有能そうな感じはどうしたんですか!?」
「申し訳ありません、青柳先生。私はご当主様に雇われている身ですので、貴方を助ける事が出来ないのです。いやホントに残念」
キャラ崩れてるぞメイドォ!
い、いや、コッチが本当の彼女ということか。
何という事だ、場合によってはカノンさんよりもタチが悪いぞこの人!
「……いい加減に」
「ハッ!?そうだアントワネッタ。この人を止め――」
「皆いい加減にしろぉ!全員その場から動くなぁッ!!」
突如、アントワネッタが大声を上げる。
その瞬間、彼女の背後から強烈なオーラが飛ばされてきた。
オーロラのように揺らめくソレは瞬く間に俺たちを包み込み、その瞬間俺たちは身動き一つ取れなくなってしまった。
「はぁっ……はぁっ……」
大声を上げたアントワネッタは、肩で息をしてこちらを睨んでいる。
ヤバい、本気で怒ってるなこの子。
こうなる前に、俺がエレナさんを止めるべきだった。
「……お母さんは部屋でお化粧直し。シシィはお母さんのお手伝い。先生は……お母さんの用意が終わるまでリョー君たちの相手をしていて」
「ま、マリィちゃん?お母さん悪いと思ってるわ。だからコレ、解いてくれないかしら?」
「良いから早く動いて!絶対遵守!」
「あ、あらあらあら。この子ったら日に日に王の権能が強くなってきちゃって」
王の権能ってなに?なんて考える暇もなく。
アントワネッタがそう叫ぶと、エレナさんとメイドさんはロボットのようなカクついた動きで奥の部屋まで歩いて行った。
次いで、俺の体も勝手に動く。
「先生も、ごめんだけどちょっと待ってて」
「……はい」
この子は普段は大人しくていい子なんだけど、ストレスが臨界点に達すると今みたいにヒステリーを起こしてしまうクセがある。
無力な俺には抗議などできる筈もなく。俺の体は勝手に別の部屋へ進んで行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます