第28話 アントワネッタの御屋敷
マリィ・アントワネッタ。
由緒正しき血族である彼女は、ある事情のため学校へ登校していない。
不登校、と聞くと虐めやら何やら暗い理由が浮かびがちだが、彼女の場合は少々事情が違う。
彼女は生まれながらに、太陽の光を受け付けない体をしていた。
多少日光に弱い、程度ではない。日に当たると瞬時に肌が焼け焦げていき、最悪灰になってしまう。
それ程までに、太陽というモノが彼女にとって害であるのだ。
まぁ、それ以上の再生力を有しているから、焼けた次の瞬間にはもとに戻っているのだが。
そう、彼女は吸血鬼と純人間の間に生まれた獣人であった。
吸血鬼。人間の血を吸って生きているイメージがある彼等だが、実際はそこまで血を求めているワケではない。
基本的には、動物の肉や野菜からも栄養を得ることができる。
それでも人間……特に純人間の血は格別に美味いらしく、たまに超高額な代金を払って国から純人間の血を買い取る吸血鬼もいるそうな。
「マリィさんは、いつも通りお部屋に?」
「えぇ、今日は先生がお越し下さるという事で、苦手な早起きをして掃除などをされていました」
適当に会話をしながら、階段をのぼって廊下を進んで行く。
蝋燭の明かりしか存在しない廊下は暗く、足元も何があるのか分からないくらいだ。
「うぉッ……!?」
転びそうになってしまった。恥ずかしい。
「大丈夫ですか?申し訳ありません、いつもご不便をおかけ致します。ご当主様は現代の利器をあまり好まれないので……」
「あ、いえいえお気になさらず!それに、親御さんの事も了承しておりますので」
「そうですか……そう仰っていただけると幸いです」
そう言うメイドさんの声色は、最初の時より若干柔らかくなっている。
おそらく、本気で俺のことを気遣ってくれているのだろう。
この優しさが、杏里先輩のトコのカノンさんにも少しはあったらなぁ。
「それにしても、いつ見ても大きなお屋敷ですね……何部屋あるか分かりません」
「えぇ、この屋敷はご当主様の空間操作によって、通常の何倍も拡張されています。そのため、外見以上のスペースが内部には設けられているのです」
はぁ、言ってる事はなんとなくわかるけど、やはり何度聞いても理解できない。
現実離れ過ぎて、脳が理解する機能を放棄してしまっている。
変に浮ついた気持ちで前を見ると、遥か先まで続く蝋燭の明かりが見えた。
あと数歩とかの話じゃない。何百mかって話になるぞこれは。
「……部屋までは、あと500mってところかな」
「おや、流石に10年も通われると内部構造を記憶されましたか?」
「あ、あはは……まぁ伊達に娘さんの副担任をしていませんよ」
「そうですか、でしたらもう少しご辛抱を。最近また拡張されましたので、あと1㎞程に伸びております」
うそん。
え、何時の間にそんな空間拡張したの?
外からじゃ全く分からないし、ホントどうなってるのよ。
いくら魔法って言ったって、ここまで万能だともう笑うしかないぞ。
「……はい、何かご用でしょうか?」
俺が小さくため息をついていると、何もない空間を見つめながらメイドさんが誰かと話し始めた。
近くの人の気配はしないし、きっと親御さんかアントワネッタあたりと念話をしているのだろう。
「えぇ、今は第3書庫辺りにおります……はい。はい、かしこまりました」
何か命令されたのか、メイドさんは恭しく礼をすると、こちらの方へ振り向いた。
……嫌な予感がする。
「青柳さん」
「は、はい、なんでしょうか?」
「失礼いたします、お手をコチラに」
そう言うと、メイドさんはいきなり俺の右手を目にもとまらぬスピードで掴むと、何かブツブツと呟き始めた。
何かの呪文。それは分かるのだが、その内容が分からない。
もしかして、ワープの類か?
それならありがた――
「ッ!? ウオォォォッ!?」
呪文に関して考えていた途中で、見ていた景色が突然変容した。
進んでいないのに、自分の体が廊下をドンドン進んでいるように見える。
そしてその勢いが半端じゃない。
まるで激流のソレ。高速道路を突っ切っているかのような猛スピードで廊下を激走している。
だが不思議なことに、風やら何やらの抵抗は一切感じない。
ただ体だけが、異常なスピードで前に進んでいるように感じるのだ。
その異様な光景を見て、俺はどうなったか。
「うっ……ぶ!?気持ち悪い……!」
「お耐え下さい、青柳様。この程度、昨日の騒動を解決された貴方なら耐えるのは容易でしょう」
なんで貴方が昨日のこと知ってるんですかねぇ……!
い、いかん。モノを考えると余計酔いが回ってくる。
俺は手で口をおさえ、胃から出て来ようとする虹を押し戻した。
こんな所で吐いたりなんかしたら、どんなことになるか分からんぞ。
と、そんな事を思っていた瞬間、急に景色が急ブレーキをかけた。
一瞬にして流れ続けていた景色が固定され、気付けば大きな扉の目の前に突っ立っていたようだ。
「さ、着きましたよ青柳様。お体の調子は?」
「うぷ……なんとか……大丈夫です……これは……空間圧縮の……応用で?」
「えぇ、先日ご当主様より賜った術になります。早く連れてくるよう命ぜられたので、行使いたしました。どうかお許しを」
許すも何も、もう使ったでねぇの……。
そう思いながら恨みがましくメイドさんを見るが、彼女は全く気にしない素振りでコチラに体を寄せてきた。
「ふむ……どうにもお辛そうですので、肩をお貸しいたします。どうかそれでご辛抱を」
「あぁ、すいません。ならお願いいたします」
なんとも、気が利くのか利かないのかよく分からない人だ。
まぁそれでも、主の命令には忠実に従うあたり有能ではあるのだろう。
そんなことを考えながら、俺はメイドさんに身を預けた。
「んっふ……」
え、なんか変な声出した?
前にも似たようなことがあったと思うのだが……なんだろう、思い出せない。
「……それではこのまま、私に体を預けて。こちらへお越しください」
そう言われ、彼女の示す方向へ足を動かす。
ゴゴゴ……と重厚な音が響き、まるでラスボスに挑む気分である。
他人の家に行く度にこんな気分になるのだから、ホント気苦労が絶えない。
大きな扉が完全に開くと、中の方へ歩いて行った。
中は真っ赤なカーテンがそこかしこに垂れ下がり、妙に怪しい雰囲気を醸し出している。
そして部屋の中央、具体的には大きなソファのすぐそば。
「あら、よくお越しくださいました忠人さん」
そこには、完全な美の権化が微笑みながら立っていた。
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