第27話 獣人にも引きこもりはいるもんだ


 亜子さんの朝食はとても美味だった。


 いやそんなことより、まさか予定していた家庭訪問に彼女がついてくるとは思わなかったわ。

 昨日の件は申し訳ないと思うが、仕事中まで同行されると流石にキツイぞ……。


 しかし何度断ってもついて行くと言って聞かず、結局は俺が折れる事になった。


 ただいまの時間は10時。

 軽く洗濯を済ませ、身支度を整えた俺は学校から持ち出したプリントなどを鞄に入れて出発していた。

 今は目的地に向かって歩を進めている。


「あの、本気でついてくるつもりですか?」

「えぇ、本気です。私は冗談が嫌いですので」


 無表情のまま、俺の隣から離れないで歩く亜子さん。

 はぁ、この人一度決めたことは絶対に曲げようとしないからなぁ。

 仕方ない。これ以上は遅刻してしまう可能性もあるし、一緒に行かないと。


「……ご迷惑なのは承知の上です」


 訪問先の親御さんへの言い訳を考えていると、亜子さんが話しかけてきた。

 相変わらず無表情のままだが、口調が今までと違い少しだけ弱弱しく感じられる。


「しかし、どうしても心配なのです。貴方は、個人的にも大切な存在だと思っておりますので」

「大切……ですか」

「えぇ、命に代えても守りたいと思う程度には。本当なら、あの家から一歩も外には出したくはありません」


 それは本当に止めてね。

 なんだろう、思考回路が杏里先輩と同じになってきている。

 まぁ、サイクロプスも純粋に強いモンスターだから、考えも似通ったものになってしまうのかもしれない。


「む、それは否定します。我らサイクロプスは、ドラゴンなんかよりも総合的な面で優れていますので」


 ……心を読み取るところもそっくりだ。

 なに、俺ってそんな読みやすい顔してるのか?

 あんまり表情には出さないように努力しているつもりなんだが……。


「確かに、サイクロプスとドラゴンは力では対等です。しかし、かつて純人間が新しく設けた基準にて、その優位を証明できたはず。貴方もご存知でしょう?」

「新しい基準って……ジャンケンで勝っただけでしょうに」


 そう、ドラゴンとサイクロプスの力はほぼ同じだった。

 ソレは単純な腕力だけでなく、知力、魔力、その他あらゆる面で。

 故にちょっとした小競り合いも多く、毎度巻き込まれる純人間たちは頭を悩ませていた。


 そこで編み出されたのが、新しい優劣の基準『運』であった。

 かなり不明瞭なモノではあるが、競い方によっては明確な順位が出来る。

 そして一度順位が出てしまえば、文句の言い様がない。争いの場を一時的に抑えるには、もってこいの基準だろう。

 当時の純人間たちは、この方法なら本気で上手くいくと思っていた。


 そして、運の優劣を決めるために選ばれた競技がジャンケンだったのだ。

 この種目ではドラゴンもサイクロプスも低い順位だったが、サイクロプスの方が若干上の順位になった。

 故に、サイクロプスは「俺たちの方がドラゴンより優れてるナリ!」と言って舞い上がっている。

 当然納得いかないドラゴン達がその結果を受け入れることはなく、今ではドラゴンの前でジャンケンの話をするのは禁句になってしまっていた。


 ちなみに、ジャンケンの1位に輝いたのはピクシーという妖精だ。

 運が良すぎて、直前に相手が何を出すのか見えていたらしい。

 それは運ではなく未来予知では?

 そう思った俺を責めないでほしい。


「……貴方も、ドラゴンのように不平をおっしゃるつもりですか?」

「いやまぁ、全部がおかしいと言うつもりはありませんよ。でもジャンケンに勝っただけで完全優位と言うのはちょっと……」

「確かに、貴方のおっしゃりたいことも理解できます。しかし、ドラゴンとの決着は私達サイクロプスの悲願でした。勝っても負けても、決着がつくことを心待ちにしていたのです。多少理不尽ではあっても、その結果は十分に認められるべきなのです」


 べきなのです、と言われてもなぁ。

 まぁこればっかりは種族による考えがあるのだろうし、言及しても仕方ない事だ。

 

「兎に角、貴方の身は上位モンスターであるサイクロプスの血を引き継ぐ私がお守りいたします。お目覚めからご就寝まで、貴方に危険が近寄ることなど許しません」

「あはは……随分と心強いお言葉で」

「そうでしょうそうでしょう。貴方は安心して、私に身を委ねればよろしいのです。そうすれば、万事うまく解決するのです」


 そう言って亜子さんは、無表情のまま少しだけ胸を張った。

 そのせいか、女性らしい体の輪郭が露わになる。

 いやまぁ、いつもピッチリとしたスーツを着ているのだから、見えないワケではないのだが……。

 いかんな、何歳になってもドキリとしてしまう。


「……と、そろそろ着きますよ亜子さん」

 

 生まれつつあった煩悩を払い、俺は目の前に迫った大きな屋敷を見やる。


 自宅から歩いて、おおよそ30分。

 入り組んでいる住宅地を歩き続けた先に、そのお屋敷はあった。


 杏里先輩の実家ほど巨大ではないが、なかなかに大きな敷地を有している。

 大きな鉄製の門に、レンガでつくられた壁。

 門からも見える庭には、よく整備された自然が満ちている。

 大きな木々、豊かな芝生。奥の方には小さな池まで見えた。


「なんというか、獣人は基本金持ちだよなぁ。羨ましい」

「……私も、かなりの財産を持ち合わせておりますよ?」


 妙なところで張り合ってどうするんですか亜子さん……。

 まぁそんなことより、早いとこご自宅に入れさせて貰わないと。


 そう思い、俺は門の近くにあるインターフォンを鳴らす。

 ゴーンと鐘を鳴らしたかのような音が響くと、数秒後に何処からともなく声が聞こえてきた。

 まぁ、コレも念話の類だろう。


『いらっしゃいませ、アントワネッタの屋敷に。失礼ですが、お名前をお聞かせください』

「マリィさんのクラスで副担任をしている青柳です。課題等の用紙をお渡しに参りました。あと、少しだけ面談もさせていただきたく思います」

『まぁ……お話は伺っております。ようこそお越し下さいました青柳様……隣にいらっしゃる御仁は?』


 対応したのは、この家に雇われているメイドさんだった。名前は……そういえば聞いたことが無い。

 このメイドさんは杏里さんのトコのカノンさんと違い、俺に対して友好的な人だから非常に助かる。


「えぇ、いつも自分の警護をして下さってる方です。身分に関しては私が保証いたしますので、できれば一緒に訪問させていただければ……」

『……なるほど、少々お待ちください』


 そう言うと、念話が途切れてしまう。

 まぁ、いくら知り合いでも見た事無い人を家に入れたくはないわな。


 もしダメと言われたら、亜子さんには申し訳ないがココにいて貰わないと。


「お屋敷の方はなんと?」

「えぇ、少し待ってほしいと」

「そうですか……まぁダメと言われても、同行はさせていただきます。貴方の安全が一番ですので」


 ……仕事熱心なのも問題だなぁ。

 ありがたい事だけど、ここまで強引だと困ってしまう。

 亜子さんも仕事だから仕方ないのだろうけど、ここの家にはもう何度も訪問しているんだし、問題は無いと思うんだけど。


『失礼いたします、青柳様』

「あ、いかがでしたか?」

『残念ながら、御付きの方のご同伴は許可されませんでした』


 やっぱりな。しかしどうしようか。

 亜子さんはダメと言われてもついてくると言っているし。

 この家の人も、あまり部外者の侵入は好まれないからなぁ。


 そんなことを考えていると、いきなり前方に引っ張られる感覚を覚えた。

 胸倉をこう……グイッと持ってかれる感じだ。

 見てみると、そこには真っ黒や穴らしき何かから白く綺麗な腕が伸び、俺の服を掴んでいた。


「えっ……?」

「ですので、貴方だけご訪問を許可させていただきます。御付きの方は、ここでお待ちを」

「ッ!?青柳さん下がって――」


 亜子さんは神速のスピードでコチラに近づいてくるが、その前に自分の体が思い切り引っ張られてしまった。

 門に激突してしまう。そう思って目をつぶってしまったのだが、何時まで経っても衝撃は襲ってこない。


「……?」

「ようこそお越しくださいました、青柳様」


 恐る恐る目を開けると、そこは見覚えのある大広間だった。

 豪奢なシャンデリアに、真っ赤な絨毯。

 2階へ続く大きな階段が、中央に設置されている。

 そして階段の途中には、天使や悪魔が笑って踊る不思議な絵画が飾られている。

 他にも、壺やら何やら様々なモノが置かれていた。


 うーん、これは典型的な金持ち。

 いやそうじゃなくて。ここはアントワネッタの御屋敷だ。

 どうやら転移か何かの魔法を使われたらしい。


 そして目の前には、黒髪を短くまとめた可愛らしいメイドさんが立っていた。


「奥の方で奥方様がお待ちしております。マリィ様や妹様たちも……こちらへお越しください」

「は、はい……あの、亜子さんは?」

「ご安心を、対処は私が済ませておきますので」

「は、はぁ……」


 どこをどう安心すればいいのか。

 そう突っ込みたかったが、突っ込むだけ無駄だろう。

 後が怖いと思いながら、俺はメイドさんの後に続いて2階の方へ足を進めて行った。

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