第25話 獣人だろうと合成獣人だろうと

 

 背中の翼を大きく広げ、両手を前に出すフィンドーラ。

 彼女はまるで何かを握りつぶすように指を曲げ、腕から大量の羽を生やしていく。


 まるでゲームに出て来るボスキャラのようだ。


「それで、分かったところで貴方はどうするつもりなのかな?ちょっと力を込めただけで、簡単に死んじゃうような純人間が」

「……本当に、そうやってステンナのヤツも脅したのか?」

「脅したなんて人聞きが悪いなぁ……私はただ、正体がバレる前に先生を手に入れないと、今度こそ誰からも相手にされなくなるよって言っただけ」


 クスクスと愉快気に笑うフィンドーラ。

 なんだろうな、彼女の豹変はどこかおかしい。

 ステンナのように鬼気迫るような迫力を感じないのだ。こちらの事を気遣い、手加減をしているようにも感じる。


 立ち回りがワザとらしいのだ。まるで怒ってくれと言わんばかりに、100%悪役のように感じられる。

 それなのに、なぜか彼女の動作から本気でそうしようという意思を感じられない。


「ねぇ先生、今だからこそもう一回聞きたいことがあるんだよね」

「……なんだ?」


 ただ愉快気に、ただ楽しげに。

 彼女は俺に対して問いかけてきた。




「先生、合成獣人をどう思う?この世界で忌み嫌われてる奴らを、守る理由なんてあると思う?」




「……」

「今、貴方が獣人の完全な味方になるって言うなら、今日は大人しく帰ってあげるよ。でもまた、気持ち悪い合成獣人を擁護したら……どうなるか分かるよね?」


 目を細め、さらに笑みを深めて問いかけてくる。

 手を軽く振りながら、こちらを獣の眼光で向けてきた。


 ……ダメだ、やはり彼女から敵意を感じられない。

 こちらに向けての挑発が、全て偽りのように感じる。


 信じたい、という気持ちがあったこともある。

 だがそれ以前、フィンドーラの行動すべてに意思を感じ取れなかった。


 彼女が今言った、合成獣人の問いかけが来るまでは。


「……」

 

 彼女が質問してきた瞬間だけ、その言葉に明確な意思を感じ取れた。

 答えを聞きたい、そんな意思が。

 

 おそらく、この問いに対する俺の答えを聞くために、彼女は敢えて悪役に徹した。

 それならば、俺に出来ることは彼女へ正直に答える事だけだ。


 そう思い、俺は言うべきことをフィンドーラに向けて言い放った。


「……合成獣人と獣人の、何が違うんだ」

「……」

「何度でも言ってやる。俺はお前達のその差別が大嫌いだ」

「……ふぅん、もっと賢いと思ってたよ。先生ッ!」


 そう言って、フィンドーラは俺に向かって勢いよく飛びかかってきた。

 翼を駆使して、道路を這うような低飛行で突っ込んでくる。

 そしてその両手は、まっすぐ俺の首を狙ってきていた。


 しかしこれにも殺意は感じられない。からっぽな攻撃のフリだ。


「……何のつもりだ、フィンドーラ」


 その手は俺の目の前でピタリと止まると、それ以上前に進まなかった。

 最初から傷つけるつもりなど無かった、ということなのか。


「別に、先生の気持ちが本当か確かめたかっただけだから」


 そう言って、フィンドーラは手を下ろしてクルリと背を向ける。

 彼女はそのままゆっくりと歩き始め、楽しそうに鼻歌まで歌いだした。


「ふんふーん……ねぇ、先生。合成獣人のお話は、この時代に来て初めて直面したのかな?」

「……あぁ。話には聞いていたが、本物を見るのは初めてだったな」

「そう……で、見たうえでどうだったかな?やっぱり、気持ち悪い?」

「……何も。どこにでもいる、普通の女の子だったよ。髪の毛が蛇なのは、ちょっぴり怖いがな」

「ふふっ、何それ。ソレって別に、蛇が苦手なだけでしょ?」


 グゥの音も出ない。

 まぁ、蛇嫌いなのは物心ついた時からだし、仕方ないだろう。


「やっぱり、先生があのクラスにいてくれて良かったよ」

「……フィンドーラ?」

「先生、朱里ちゃんをよろしくね。あの子、ちょっとでも不安になるとすぐ取り乱しちゃうから。勝手に思い込んで、暴走しちゃうんだよね。まったく、最初に気付いたのが私で良かったよ……」


 そう言って、彼女は翼をはためかせる。

 小さいながらも立派な翼が風を作り、俺の顔に心地よさを送ってきた。

 なぜだろうか、この穏やかな風。

 この風こそが、本当の彼女の心なのだと感じた。

 理由とか明確なモノは無い。でも、俺の中で確信めいたモノがあった。


 もしかして彼女は、こうなることを分かっていたからこそ、あえてステンナの敵になったのだろうか。

 心が弱く、毎日不安でどうしようもないステンナを安心させるために。

 俺を使って滅茶苦茶な荒療治をさせた。


「……」


 いや、ソレも違う。


 それなら放課後にこっそり相談でもしてくれればよかった。

 それに、フィンドーラの口ぶりからしてステンナを嫌ったとは思えない。


 ……まさか。


「お前、もしかしてあの子を焚き付けたんじゃなくて、止めようとしたんじゃ……」

「……先生。獣人ってのも、やっぱり人間なんだよ。越えなきゃいけない壁があって、躓いちゃう障害があるの」

「……」

「私には、あの子を安心させることが出来なかった。一週間くらい前に、二人しかいない公園で朱里ちゃんに聞いてみたの。もしかしたらって思って。その時にはもう、あの子の心は限界だった」

「……」

「自分の場所は、探すんじゃなくて作らないといけない。そうあの子は言ってた。それで、先生にあの子をお願いしようと思ったの。無理なこと言っても、先生ならなんとかしてくれると思ったから」

「……まさか、前の三者面談も俺の性格を見極めるためにしたのか?」


 そう言うと、彼女は悪戯っぽくチロリと舌を出して笑った。

 この様子だと、親御さんもグルの可能性があるなこりゃ。


「ごめんね先生、怖い思いをさせちゃって」

「……あぁ、本当だぞ。一歩間違ったら廃人になってたかもしれないしな」

「ふふ、あの子もそこまでしない……とは言い切れないか。ごめんね先生」


 そう言って、彼女はフワリと飛んでいく。

 月光を背後に飛ぶ彼女は、辺りの静かな雰囲気も合わさって幻想的な美しさを感じた。


「お礼に、今度良い思いさせてあげるから」

「い、良い思いって……」

「勿論、私の着物姿だよ。もしかして、変なこと考えてたりした?」

「ちがわい、大人をあまりからかうんでネェよ」


 動揺して変な口調になってしまった。

 心なしか、声もうわずっている。


「ふふ、まぁ先生なら変なことしてあげても良いけど……まだ責任取れないでしょ?」

「責任って……誰に対して言ってるんだお前は」

「え、私だけど」


 えぇ……なんで妙なところで男らしいこと言うの。

 とぼけた様子じゃないし、本気で言ってるのかこの子。

 純人間相手なら、男も女も関係なく守るべき存在ということなのか。やっぱ人生観が違っている。


「ま、今日はこれで帰ろうかな。あんまり遅いとお母さんに叱られちゃうし。朱里ちゃんも大丈夫そうだから」

「あぁ、それがいい。早く帰って寝なさい」

「うん、それじゃ先生。また月曜日に、ね」


 そう言って、彼女は遥か上空へ飛んで行った。

 俺はそれを見届けると、再び自宅へと歩き出す。


 その瞬間、ようやくこの一件が全て解決したことを実感できた。

 同時に右手が震えだす。強気なことも言ったりしたが、やっぱりずっと緊張していたのだろう。


「……なんか、今日一日で色々ありすぎたなぁ。解決して良かったけど……あぁ疲れた」


 今日はゆっくり眠れる。

 そう思いながら、妙な満足感を得た俺は少し早歩きで自宅へと急いだ。

 心の中に曇りはなく、とても晴れやかな気分であった。











 帰宅後、台所のテーブルに『お覚悟を』と書かれたメモを発見するまでは。


「……」

 

 丸みを少し帯びた、とてもきれいな字。

 知ってる、これ亜子さんの字だ。


 顔を上げると、今朝爆発させたまま放置していたはずの電子レンジは綺麗になっており、飛び散った卵も無くなっていた。

 たぶん、亜子さんが掃除してくれたのだろう。


「……まずい」


 明日から何が起こるのか分かった瞬間、俺は力なく床に座り込んでしまった。


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