第24話 真犯人?


 天にも昇るほどの高さを誇る超高層マンション。

 その一番下の地上に戻り、俺は真っ暗な夜道を歩いていく。


 結局、俺がステンナ達から解放されたのは深夜の0時であった。

 既に日が変わってしまい、夜道に人の気配は感じられない。

 校長たちが帰っていったのが19時くらいだから、5時間くらいはあの状態だったってことか……。


「まぁでも、仕方ないかな」


 そう言って、先程の事を思い出す。


 ステンナは俺に抱きついている間、様々なことを話してくれた。

 両親に愛されていた時のこと、父親が消えていった時のこと、母親に見捨てられた時のこと。

 そして、どんな差別を受けてきたのかを。


 その一つ一つが痛々しく、俺の心に突き刺さった。

 もっと早く気づいていれば、そう思うのは俺の傲慢だろう。

 事実は変わらない、彼女のえぐられてしまった心は戻らないし、ご両親の行いも消えない。

 だが、いやだからこそ、今からは俺も彼女を支えないといけない、そう思っている。

 まぁ勿論、先生としてではあるが、ステンナはそうではないらしい。


「絶対あきらめないから。誰に言われても、貴方と一緒になってみせるから。だから、待っててね、先生」


 流れる涙を気にする様子もなく、家から出ていく俺に満面の笑顔でそう言った。

 待ってて、というのは彼女が成人するまでということだろう。

 獣人の成年は、おおよそ200歳。

 モンスターの種族によって多少変更するが、大体は200年で成人という事になっている。

 そこらへんは法律で定められていると昔聞いたが……あまり興味が無かったので調べたことが無かった。


 ステンナ達の歳は185。

 15年待てば結婚ができるようになるのだが……結構洒落にならない年だと思う。

 1万年前で同じシチュエーションになったとしても、待つのはせいぜい2、3年だ。


 現段階で俺は34歳。

 つまり彼女は、49歳まで独身オッサンを極めて欲しい、と言っているのだ。


「……言葉の重みが違うんだよなぁ」


 いきなり肩の荷が重くなってきた。だが許して欲しい。

 恋愛なんて現実味のない話がいきなり押し寄せてきたんだから、どう対応したらいいか分からない。


 その時、結局出てきた言葉がコチラ。


「それまで覚えてたらいいッスよ」

「……言質、取ったからね?」


 言ってはいけない事を言ってしまった気がする。

 あの子、俺の言ったことをよく覚えているからなぁ……。


 どうしたものか、そう考えながら夜道を歩いていると、ふと前から歩いてくる人影が見えた。

 見覚えのある服装、ミスカトラル高校の制服だ。


「あれ、先生?」

「……フィンドーラか」


 前を歩いているのは、俺のクラスの生徒であるフィンドーラであった。

 彼女は学校の時と同じ姿で、意外そうな顔をしてこちらを見ている。


「何してるの先生、こんな時間に」

「お前こそ、生徒が歩いて良いような時間じゃないと思うが?」

「やだなぁ、獣人は数日寝なくても平気だよ。先生忘れちゃったの?」


 あぁ、そうだったか。

 いやいやそうじゃなくて……。


「そうだとしても、学生なんだから夜中に出歩くのは止めなさい。変な奴に絡まれたらどうするんだ」

「大丈夫だって。このあたりは治安が良いし、変質者が出てきた話も無いでしょ。ていうか、先生こそこんな時間に出歩いて大丈夫なの?純人間なんだから、襲われたら大変だと思うけど」

「……まぁ、色々あったんだよ。普段は出歩いたりしないから」


 そう言って、俺はフィンドーラのすぐ横を通り過ぎて家に帰ろうとした。

 しかし、横切る瞬間にフィンドーラは体の向きを変え、俺の横に並んで同じ方向を歩き出した。


「おいおい、俺と同じ方向へ進んでどうするんだ?お前が進んでたのはアッチだろ」

「んー……さっきまでそうだったんだけど、今はここが私の目的地なんだよねぇ」

「何言って――」




「ねぇ、先生。ステンナの叫びはどうだった?純人間として、どう思ったのかな?」




 瞬間、フィンドーラの声から人間らしい温かみが消えた。

 声だけじゃない、彼女の瞳も変化している。

 月の光を受けた瞳は、黒目も白目も存在しない。金色の何かが、眼窩に納まっていた。

 

 原理は分からないが、完全にモンスターのソレだという事は分かる。

 それを見た瞬間、俺は彼女と距離をとるために数歩うしろへ下がった。


「……やっぱり、お前がステンナを責め続けていたんだな?」

「やっぱり?おかしいなぁ、やっぱりって言葉は、そのことを予想できた人が言う言葉だよ先生」

「いや、お前が犯人なら『やっぱり』なんだよ。俺はお前が本当の犯人だってことは、おおよそ見当がついていた」


 そう、杏里先輩が言っていたことだ。

 ステンナは俺に、「そつなく仕事をこなす日」を幻視させていたという。

 誰とも話すことなく、まったく問題が無いように、だ。

 逆を言えば、校長や先輩のように会話をした人たちは、何かしらの方法で幻に干渉してきたということになる。


 それならば、授業中にわざわざ質問してきたフィンドーラはなんなのか?


 ステンナの共犯者、という可能性も頭の中にあった。

 しかし共犯者なんて存在が近くいれば、彼女が俺を攫うはずがない。

 ならば、出て来る答えは一つ。


「合成獣人であるあの子を責めて、脆い精神に揺さぶりをかけた……俺を攫わなくては保てない程に」

「……」

「ステンナを追い込んだのは、フィンドーラ……お前なのか?」


 本心から言えば、本性を現した今でも違うと言って欲しかった。

 彼女はステンナの友人であるし、仲良く食事をしている所を何度か見たこともある。

 もしかしたら、彼女自身も誰かに脅されていたのかも。

 そうなるとまた別の問題が生じてくるが、それでも違うと言って欲しい。本気でそう思った。


「……ふぅん、ただの純人間だと思ってたのに、案外頭もまわるんだね先生」


 しかしまぁ、現実ってのはそこまで甘くはない。

 フィンドーラから出てきた言葉は、明らかに俺を挑発してくるような言葉だった。

 目を細め、口元を歪ませる彼女からは、猛禽類の獰猛さを何倍も凝縮したかのような鋭さを感じる。


「……」


 見知った生徒の明らかな敵意。そんなものを一夜にして2回も見る事になるとは思わなかった。

 恐ろしいものは恐ろしいし、体は硬直してしまう。


「あれれぇ?どうしたの先生、また怖くなっちゃったのかな?ふふ、やっぱり弱いなぁ純人間は」


 明らかにこちらを挑発する言葉が飛んでくる。




 だが、なぜだろう。

 俺の中でフィンドーラの敵意には、どこか違和感があった。

 もしかしたら勘違いかもしれない。そう思ってしまうほどに、とても小さい違和感。

 しかし俺は、そんな違和感を見逃すことが出来なかった。

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