第23話 俺たちは人だ、化け物じゃない
「……」
理解できない。
というか、俺が何を言っているのか分からない。ひょっとして、日本語ではない?
そんな顔を、ステンナはしていた。
「提出するプリントの量は2倍、答え写しなんてイカサマは許さんぞ。問題集の範囲も倍だ、しっかりと理解するまで合格点はやらん。あとバカの振りももうやめろ、お前だって、わざわざ塾に行ってまで勉強なんぞしたくないだろ?あとそれから――」
「……先生?」
なんだステンナ、人が話しているのに遮るんじゃあない。
これでも真剣に罰の内容を考えてるんだからな。
「黙って話を聞きなさい。いいかステンナ、誤魔化すのを止めるのは学業だけじゃないぞ。部活や体育でも、これからは全力でやってもら――」
「青柳君」
なんですか、校長。
貴方まで横槍を入れて来るなんて……普段じゃありえないことなのに。
あと杏里先輩、口をポカンとあけてコッチを見ないでください。分かってますよ、場違いなのは。
でもね、コレが一番「らしい」罰なんですよ。
「青柳君、君はそれでいいのかね?」
「……何が、ですか校長?」
「その罰の内容だ。何度も言うが、君には彼女を好きにする権利がある。それがただの課題増加で済ますなど、あまりにも考えにくいのだが?」
そう言って、俺の前に歩いてくる校長。
先程までの威圧感は健在だ、気を抜くと気絶してしまうそうで怖い。
しかし、先程のように俺の体が動かないなんてことは無かった。
口もちゃんと動く、俺の言いたいことを伝えられそうだ。
「逆に、そんなことを考えるとお思いですか、校長?」
「……」
「彼女の体をなぶり、怒りのまま殺してしまうと?それこそ、ありえないッ!」
少しだけ感情が高ぶり、声を荒げてしまう。
だがまぁ、これくらいは許して欲しい。
「純人間は、人間は、そんな簡単な考えをしていません。たかが生徒に攫われたってだけで、人一人の生死を操るなんてこと思わない。ましてや、彼女にはそうせざるを得ない理由があった。逆に責められるべきなのは、そんな彼女の気持ちを察してやれなかった自分たちです」
「……」
「それに結果として、僕は無傷です。助けてくれた校長方に感謝はしても、致し方なかったステンナを責める気にはなれないです」
まっすぐ校長を見て、言い放つ。
校長は睨み付ける事も無く、ただただ俺を見つめるのみ。
そこに怒りは感じられず、悲しみも感じられない。
ただ、言葉を続けろ。そう言っているように感じた。
「無論、彼女のやったことは悪です。しかし、情状酌量の余地も十分にある、ありすぎます。だから、俺は彼女がまっとうな高校生活を送れるように、そのサポートをすることが一番だと考えました」
「……その考えは甘い。モンスターは、獣人は君が思っている以上に獰猛で貪欲だ。君はテロリスト相手にも、そんな甘すぎる罰を与えるつもりかね?」
「甘くても、コレが俺の考えです。それに彼女はテロリストじゃない、ただの高校生です。1万年前ならともかく、この時代では彼女たちはまだ未成年、普通の子供です。その点でも、彼女にこれ以上重い罰は与えるべきではありません」
「……」
「それに、獰猛なのは人間も同じです。もっと言えば、モンスター以上に残忍で、冷酷な面もある。その点では人間だって負けてはいません。でも、だからこそ、俺は人道を重んじたいです。好き勝手に他人を痛めつけるのではなく、尊重して成長させたいと思います」
これこそが、教師という職業を持つ者の責務だ。
果たすべき、為すべき事なんだ。
「ふむ、再三聞くが、君はそれでいいのだね?正直意外だ、人間ならもっと――」
「もっと、短絡的な罰を考えるとお思いでしたか?力を与えられたら、我儘に振る舞わすと?」
「……」
「あまり、ひ弱な人間を甘く見ないでください。弱くても、俺たちには尊重すべき思いがあります。ちょっぴり力が強くなった程度で、捨ててしまうような心は持ち合わせておりませんッ!」
その時、ビシリと大きな音が場を満たした。
その源はどこか?
視線を音がした方向へ移すと、そこには化け物が出てきた扉にヒビが入っていた。
まだ消えてなかったのか、あの扉。
「……守ってくれてありがとう。でも、もう帰ってくれ。この場に
黒い扉にそう言葉をかける。
すると、扉は俺の言葉に反応するかのようにヒビを大きく広げていき、やがて霧のように霧散していた。
ソレと同時に、足元で違和感を覚える。
見ると、俺を守ってくれた黄色の衣が半透明になっていた。シュルシュルと俺の 周りを移動しながら、その姿を薄くさせていく。
そして最後に大きく波打つと、衣は完全に消えてしまった。再出現の様子はない。
「……これが、俺の考えです」
「……」
「間違っていても、後で後悔しても、俺はこれで彼女を許します。これ以上の罰は傲慢だ。俺は、神にもその眷属にもなるつもりはありませんよ」
俺の言いたい事、全部ぶちまけてしまった。
校長は怒るだろうか?
保護対象とはいっても、校長くらいならいくらでも揉み消せるとは思うし、下手したらこの場で消されても仕方ない。
しかし、今になって怖くなってきた俺に対して、意外にも校長はニコリと笑みを浮かべてきた。
「……ふむ、それでこそ純人間。尊ぶべき思想だ」
「尊ぶ、べき?」
「うむ、我ら獣人やモンスターは、君たち人間の意思というものを大切に思っている。そこいらのダイヤモンドより、とても輝いて見えるのだ」
「は、はぁ……」
「先程言ったが、私は君の意思を尊重する。君が下す罰がソレなのなら、私は文句ひとつ言わない」
校長は倒れている杏里先輩は拾い上げると、空間に生じたままのヒビの方へ歩いて行く。
先輩は手を離せともがいているが、校長の手はピクリとも動こうとしなかった。
改めて、校長の力は底が知れない。
……俺、よく面と向かってあんなこと言えたな。
「あぁそうだ、最後に言っておくとしよう」
「な、なんでしょうか……?」
「君は先ほど、眷属になるつもりはないと言ったが……それは困る。私は諦めるつもりはないからね、祖先も心待ちにしている」
「は、はぁ……」
「それに、彼女は既に君を気に入ってしまったようだ」
そう言うと、校長は杏里先輩を持っていない方の手を使い、俺の背後を指さした。
どうにも嫌な予感がするが、俺は恐る恐る後ろを振り向く。
するとそこには、先程消えた筈の黒い扉……そのミニチュアサイズがあった。
バスケットボールと同じくらいのサイズ、可愛らしい大きさだ。
いや全然可愛くは無いけど。
「な、え……?」
「彼女の世話は君に任せるとしよう。安心しなさい、食事は必要ないからね。基本的に放っておいても構わない」
「ちょ、え、こんなもの任されても……!?」
「たまに彼女の事を想ってあげなさい。それだけで、彼女は満足する。もう蜂蜜酒も必要ないだろう、帰り道も彼女に守ってもらいなさい。ではな青柳君、また月曜に」
そう言って、校長はヒビの中へと入っていく。
ヒビは瞬く間にふさがっていくと、気付けば完全に無くなってしまっていた。
「……」
どうしたものか、そう考えていると足の方で重みを感じる。
下を見てみると、ステンナが俺の足にしがみついていた。
「……」
「お、おいどうしたステンナ。もう夜も深いんだ、俺もそろそろ帰らないと――」
「やだ、もう少しここにいて」
「やだってお前、子供じゃないんだから……」
「子供だもん。貴方がそう言ってくれたんだから」
よく覚えてるねホントに!
足に少し力を入れてみるが、彼女は手を離そうとしない。
それどころか、彼女の髪の蛇まで足に絡まって来て余計に動けなくなってしまった。
「きゅるきゅるきゅる……」
「ハッ……!?」
変な鳴き声が聞こえて後ろを見ると、扉の中から細い人間の手だけが伸びて俺の腕を撫でていた。
おそらく、あの化け物の一部だろう。人間になれるのなら、そっちの姿の方が気楽なんだけど……。
「先生……」
「しゅるる……」
「きゅるきゅる」
それぞれに体を拘束され、動こうにも動けない。
しばらくは、この家から出れなさそうだ。
「はぁ……」
俺は小さくため息をつくと、ときたま彼女たちを優しく撫でながら時間が過ぎるのを待つのであった……。
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