第22話 下すべき罰とは?
「ねぇ、お願い先生。私、なんでもするから……」
床に押さえつけられた状態で、必死に懇願してくるステンナ。
きっと、今も痛みがあるのだろう。時々苦しそうに顔を少しゆがめていた。
しかし、それでも俺の目をずっと見続けていた。
「……バカが」
碌な返事が思い浮かばない間に、杏里先輩が口を開いた。
眉間に皺を寄せて、握った拳をわなわなとふるわせている。
怒りと哀れみをごちゃまぜにしたような、感情をむき出しにした顔。
いつも表情豊かな先輩であるが、こんな顔を見るのは初めてだ。
「人の心が、願って手に入るワケないだろう。ましてや純人間なんぞ、何を基準にして恋をするか分かったモノじゃない」
「……」
「奪って嬲って躾けして。そんな方法でお前は心を奪われるのか?確かに、皮膚を裂いて骨を折り、恐怖を煽れば服従させられる。だが、お前が求めるのはそんなモノじゃないだろ?」
その声からは、燃えるような怒りが感じられる。
しかし同時に、確かな優しさを感じられた。
そう、言うならば本来母親が子に伝えるような。そんな優しさが感じ取れた。
先輩も、きっとステンナの事を心配しているのだろう。
「……そんなこと、分かってる」
ポタリポタリと雫が落ちる。
弱く脆く、決定的な何かが欠けてしまったステンナ。
「分かってるよぉっ……!」
この姿が、本来の彼女なのだろう。
昼間の明るく、いたずら好きな彼女ではない。
家族がいない部屋の中で、たった一人時間の流れのみを感じる日々。
温かみなど存在するはずもなく、喜びも悲しみも共有できる存在など無かった。
それが、ステンナという少女の全てだった。
「……青柳君、君にはこの娘をどう処置するか、決める権利がある」
蓮田校長の声を聞いて、ビクリと体が震えてしまった。
処置、と冷たく言い放つ校長に、ステンナ以上の化け物じみた恐ろしさを感じる。
「あ……っ……」
校長のたった一言だけでステンナは自分の未来を悟ったのか、顔を歪ませて顔を俯かせてしまった。
まるで、死ぬその時に恐怖する死刑囚のようだ。
そんなステンナを見て、杏里先輩は怒りの表情を校長へ向けた。
「テメッ――」
「君は黙っていなさい。本来、君は此処にいてはならない存在だ。青柳君の存命確認のみが許されている筈だろう?」
額に血管を浮かばせ、掴みかかろうとする杏里先輩。
しかし校長はそんな先輩に一切気にする様子も無く、ゆるりとした動作で彼女の肩を抑えると地面にはたき落としてしまった。
「ガッ……!?」
「完全な成長を終えたドラゴンの血族ならともかく、君はまだ未熟だ。ヘルブラッドの血筋でも、簡単に抑えれてしまう」
イメージするなら、ハエたたきだ。
飛び回るハエを思いっきり叩き、地面へ落とすような動き。
だが、動きは俊敏では無かった。
ゆっくり、優しく。撫でるように差し出された手は、瞬く間に先輩の動きを封じてしまったのだ。
「杏里先輩ッ!」
「目をそらすな、青柳忠人」
先輩へ駆け寄ろうとする俺に、静止の言葉が掛けられる。
その瞬間、俺は前に進めなくなってしまった。
ステンナの歌声とはまるで違う。
正体不明の何かによって、完全に動けなくなってしまったのだ。
「君が決めるのだ。彼女の罰を」
「罰……を……」
「そうだ。実行は私がしよう。心を壊しても良い、体を切り刻んでも良かろう。彼女が犯した罪は、ただの人攫いではない。タイムスリッパーであり、保護対象である純人間を、拉致した上に自分だけのモノにしようとしたのだ。その罪は重い」
「……」
空気が冷たい。
それなのに、汗はまるでおさまってくれなかった。
「じ、自分は……」
「言っておくが、無罪は許されない。必ず、何かしらの罰を与えるのだ」
いつもは温和な校長の目が、俺を射抜く。
責められているワケでもないのに、俺が悪い。そう感じてしまうほどに、校長の出す威圧感は凄まじかった。
そしてその言葉に、何故か言い様のない魅力を感じてしまっている。
絶対的な存在に認められ、その力の行使を許される。その事実が甘い甘い誘惑となり、俺の心を強く掴んで離さない。
「……」
「さぁ、君が決めるんだ。君には決める権利が、力が今存在する。思うまま、その感情をさらけ出しなさい」
「青……柳……」
俯くステンナと、こちらを見る杏里先輩。
ステンナは動く様子は一切見せず、ただ裁きを待つ囚人のようだ。
対する先輩は、必死に立ち上がろうと体を震わせている。
校長は、先輩がココにいてはならない存在だと言っていた。
それなのに、無理を言ってこの場にやってきたのだろう。
この局面に至ることを、最初から分かっていたから。
「先輩……」
「すまんな……せめて隣に……いてやりたかった……けど……これじゃ……ザマァない……」
「……大丈夫です、先輩。俺がちゃんと、一人で決めますから」
そう言う俺の顔は、きっと強張って変な表情になっているのだろう。
先輩も微妙な顔をしている、安心しきれていない様子だ。
だが、決めなきゃいけない。
ここまで来てくれた先輩、傷つき泣き続けたステンナ。そして、進むかもしれなかった一つの道を教えてくれた校長。
三人のためにも、俺は決心しないといけない。
ここで力に呑まれたら、きっともう人間を名乗れないだろう。理由とかは思い浮かばないが、そんな気がする。
だからこそ俺は手に力を込めて前を見やり、決めるべき覚悟を決めた。
「彼女の罰を決めるのはモンスターじゃない、俺なんです。他の誰でもない、俺自身だ。その意思を曲げられる筋合いはないし、曲げるつもりもないです。その事だけは、例え神様でも邪魔することは許しません」
そう言って、俺は視線をゆっくりと校長へ向ける。
その時だ。校長の眉が、ほんの少しだけピクリと動いたように感じたのは。
「だから、貴方も邪魔をしないでください。決めるのも行うのも、『俺』です」
「……そうか、なら君が決めるがいい。私は君を尊重しよう」
校長はそれだけ言って、一歩後ろへ下がった。瞳を閉じ、石像のようにピクリとも動かない。
尊重してくれる、という言葉は本当のようだ。
「……」
俺はステンナのもとまで歩き出した。
その意思を感じ取ったのか、ステンナを抑えていた化け物が俺を睨み付け、グルルと威嚇してくる。
恐ろしい、とにかく恐ろしい。眼光、姿、放つオーラ。その全てが怖く感じる。
だが、俺も負けるわけにはいかなかった。
「邪魔だ、どいてくれ貴婦人。俺はその子と話をしなきゃならない」
そう言って、俺は歩を止めずに進み続ける。
化け物は俺に襲ってくるだろうか。他のモンスターと違って会話は出来なさそうだし、最悪襲い掛かってくるかもしれない。
「……」
だが俺の予想とは違い、化け物はスッとステンナの拘束を解き、出てきた黒い扉へと戻っていく。
まるで自分の役目は終わったとでも言いたげな、迷いを感じさせない動きであった。
「……ステンナ」
「……先生」
俺に話しかけられ、ステンナはゆっくりと顔を上げた。
泣き続ける彼女の顔は、見た目通り高校生が見せるような泣き顔である。
年相応、ではないが。少なくとも見た目相応の顔だ。
涙を流して悩み続け、それでも迷いながら生きていく。
実に『人間』らしい高校生の顔だ。
「私、私……」
「……」
「ひぐっ……せんっ……せいっ……」
彼女は怯えていた。
体は震え、迫りくる罰に恐怖しきっている。
「ステンナ……」
その姿を見て、下すべき罰は決まった。
「……お前、明日から宿題倍な」
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