第21話 合成獣人


「ステンナが……合成獣人ごうせいじゅうじん


 合成獣人、別名キメラ。

 聞いたことがある。

 ある種族のモンスターと純人間の間でできた獣人が、別の種族の獣人と作った子供。

 パッと聞いた限り、純人間の俺としては別に問題ないのではないかと思う。

 しかし、これがモンスターや獣人の間では結構問題になっているらしい。


 意外に思われるかもしれないが、基本的にモンスター間の交流は閉鎖的であったりする。

 各々に強力な力を持っているモンスター達は、自らの種族を尊ぶあまりに、他種族をあまり受け入れたがらないのである。

 ここら辺は純人間と似通ったところがある。


 ではなぜ純人間は受け入れられたのか?

 あくまで俺の推測だが、おそらく弱すぎて話にすらならなかったからだろう。

 保護対象にすら入ってしまった人間は、奇しくも保護されるという形でモンスターたちの間も取り持つ形となったのだ。

 純人間にもう少し力がれば、モンスター達は交渉ではなく侵略を選んでいたのかもしれない。


 保護対象だったこと、意思疎通のできる存在だったことが重なったことで愛というモノが生まれ、結果として獣人という存在が生まれた。

 そしてそんな生まれがあったから、獣人はモンスターにも受け入れられたのだろう。


 だが、それでも別種族の血を受け入れたがらないモンスターは存在する。

 その標的となっているのが合成獣人だ。


 合成獣人が生まれた原因は様々だ。

 獣人同士の恋の結果生まれたり、より強い種族を造るために生み出されたり、様々な経緯が存在する。

 だがどんな理由があれ、この世に生を受けた合成獣人はモンスター達から忌み嫌われ、その傾向は現在でも獣人に引き継がれてしまっている。


 合成獣人が気軽に飲食店へ行こうとしても入店を断られ、電車やバスですら使えない。

 仕事にも就きにくく、愛されていた親からさえ嫌われてしまうケースもある。

 自身が合成獣人であることを知った恋人に捨てられ、無理心中をした合成獣人もいた。

 それほどまでに、合成獣人の血は忌み嫌われている。

 別にネットショッピングで欲しいモノは手に入るが、それでも全ての獣人から嫌われるというのはかなり精神的にくるだろう。


 一応、表向きには合成獣人を保護する法律も存在する。

 合成獣人は履歴書や免許証に記される種族を一つに絞ることが出来て、別の血を隠すことが可能だ。

 だが、獣人というのは別の種族の血に敏感らしく、何度も会話したりして交流を深めるとその正体に気付いてしまうらしい。


 結果、合成獣人はいつ自分の正体がバレるかびくびくしながら毎日を過ごしている、というワケだ。

 あのクラスには合成獣人はいないと聞いていた。まぁいたとしても、差別なんてするつもりはさらさらなかったが。

 もしいたら、生徒たちの間で問題にならないように最大限努力しようとは考えていた。


 だがよくよく思えば、そんな人生の鎖になりかねない情報を、みすみす他人に打ち明けるワケない。

 そんなことを考えながら、俺はわなわなと震えだすステンナを見つめていた。


「……そう、だよ」

「ステンナ?」

「そうだよッ!私は合成獣人だッ!メデューサの獣人と、セイレーンの獣人の間に生まれた混ざり者だッ!お前らの言う不純物だァッ!!」


 拒絶することができない、悲しい怒り。

 思いっきり開かれた目一杯に涙を浮かべ、ステンナは俺たちを睨み付けて叫び続けた。


「私が物心ついた時には、もうお父さんは深い海の中へ帰っていた。お母さんは私を置いて、一人で荒れ山へ消えていった!学校でバレたら転校して、またバレたら転校して、どこにも居場所なんて無かった!」

「そんな、そんなこと……」

「私を受け入れてくれる所なんてどこにも無かったんだ!どっちの種族からも拒絶されて、安心できる場所なんて無かった!」


 叫んだ拍子に涙がこぼれても、彼女は一切止まらなかった。

 今まで止めていた感情が、決壊したダムのように轟々と溢れ出している。


「……だからお前は、純人間のコイツを選んだのか」


 杏里先輩が、俺を守るように斜め前へ立つ。

 その目に侮蔑の感情は無く、哀れみの気持ちが感じられた。


「そうだ、モンスターから拒絶されるなら、もう純人間しかない。私には、もうその人しかいないんだよぉッ!!」

「成程、だから君は常日頃、青柳君に迫っていたのか。自らの居場所として、利用するために」


 つまりは、自分の居ていい場所をつくるため。

 モンスター達に拒絶された彼女は、最早頼れる場所が純人間の俺にしか見いだせなかった。

 だからこそ、その場所を確実なモノにするために、俺に迫っていたと。


 ……悲しい。

 この子は、いくらなんでも悲しすぎる。

 痛ましいにも程がある。

 力が強くなっても、技術が跳ね上がっても同じだ。こんなことがあるのなら、人間は1万年前からまるで変わっていない。


「最初はそうだった。でも、気付いたの……先生は希望なんだって」

「俺が……?」

「先生が歴史の授業をしているときに、合成獣人の説明をした時があったでしょ?その時に聞かれた質問、覚えてる?」


 あぁ、しっかり覚えてるぞ。

 誰から聞いたか覚えていないが、「合成獣人は気持ち悪くないか?」という質問だった。

 あの時は、珍しく怒りを覚えて鼻で笑ってしまったことを覚えている。


「馬鹿らし過ぎる、確かそう答えたよね。モンスター同士で確執があるのは仕方ない。今更直せなんて言って一朝一夕で良くなるワケでもない。だが、生まれてくる子供になんの罪があるんだ。俺は思想に対してとやかく言うつもりは無いけど、合成獣人を嫌うこと自体には納得できない。貴方は、私の目の前でそう言ってくれたの」


 ……よく覚えてくれているな、この子。

 確かにそう言った、多分一字一句間違っていない。

 それほどまでに、この子の中で劇的だったのか。


「ずっと暗かった世界に、光が見えたの。貴方だけが、私の光になったの。だから、絶対に放したくなかった。なんとかして、一緒になりたかったの」

「……バカのフリして青柳に擦り寄っていたのも、それが理由か」

「そうだよ杏里先生。まぁ学校では不真面目演じてノートすら取ってなかったから、親の残したお金を使って塾に行ってたけどね。塾では極力誰とも接触してなかったから、未だに正体はバレてないし」


 あはは、と小さく笑いながらステンナはポツポツと言葉を続ける。

 ステンナの蛇たちが、心配そうに彼女を見つめていた。


「なぁステンナ、合成獣人を隠すのなら、通信制の塾にしても良かったんじゃないか?なんでわざわざ遠い塾に通っていたんだ?」

「……あの塾に行くには、先生の家の近くを通らないといけないから……塾終わりに貴方の家の光を見て、存在を感じたかったの。怖いボディーガードさんがいたから、夜中に押し掛けることは出来なかったけどね」


 そう言うと、ステンナは改めて俺の方を見てくる。

 先程までの意思のこもった目ではなく、弱弱しい迷子のような目であった。


「先生、お願い。私を選んで。貴方の隣に、私をいさせて。本当に、本当に好きなの。だから……」


 私を受け入れて。


 心底請い願うように。彼女は自分よりもはるかに弱い俺に懇願してきたのだった。

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