第15話 放課後、魔法陣
結局何も分からないまま、俺は何回か授業を行った。
その都度よく分からない質問を聞かれたりしたが、今日はなんとか全て答えきることが出来たと思う。生徒たちも満足そうな顔をしていたし。
後はテストを作ったり、次の授業の準備をしたりして、そのまま放課後を迎える事になった。
例によって杏里先輩が忙しいため、帰りの挨拶は俺が担当する。
簡単な連絡を済ませた後、生徒たちは各々の部活動をやりに教室を出て行った。
「……」
日が沈んでいく。
俺は暖かい夕陽を浴びながら、職員室での出来事を思い出していた。
「先輩も校長も、結局何も教えてくれなかったなぁ」
ため息をつき、ふとそんな事を呟く。
あの時、杏里先輩は30分後に校長室から出てきた。何を聞いても教えてはくれず、視線すら合わせてはくれなかった。
いつもの明るい先輩には似合わない、神妙な顔をしていたことを覚えている。
ただ一言、あの人は「お前は私が守ってやる」とだけ言い、先輩は職員室を出て行ってしまった。
「校長も何も言ってくれないし、いったいどうすればいいんだ……」
まぁ逆を言えば、「何もするな」と暗に言いたかったのかもしれない。何もせず、教師として一日を過ごすことが俺の出来ることだと。
下手に藪をつついて出てきた蛇に襲われても、俺には抵抗らしい抵抗は出来ない。
だからこそ、大人しく結果を待っていろ、と。そう言いたかったのかもしれない。
「だとしても、何も言ってくれないのはなぁ……」
流石にへこむ。
だがまぁ、それで拗ねたりしても仕方ない。
さっさとすべきことを終えて、職員室に戻ろう。そう考えて、俺は教卓から教室全体を見渡した。
生徒がいなくなった教室には、心地よい沈黙が流れている。
廊下からも物音一つしない。放課後になってすぐだというのに、生徒どころか先生すらもうこの階にはいないらしい。
沈黙を楽しみながら、俺はゆっくりと教室の中を歩き回った。
こうすることで、この教室の支配者が俺なんだと安い優越感に浸れる。普段はそんな感情少しも生まれたりはしないが、まぁ一人きりの時くらい良いだろう。
しかしまぁ、こんなことで優越感を感じるなんて、我ながら小さい人間だ。
「……忘れ物が無いか、一応見るかな」
不意に出てきた自虐心を掻き消す為、無理矢理やることを探し出した。
何も奥の方までガッツリ見ようとは思っていない。弁当箱や私物が置きっぱなしじゃないか、軽く見ていくだけだ。
もし弁当箱とか水筒があったら、軽く水洗いしといてやろう。そう思い、俺は視線を机の方に移した。
「なんとまぁ、キレイな机だことで」
生徒たちの机はとても丁寧に扱われており、汚れ一つ存在しない。
昨日フィンドーラの親御さんが傷つけてしまった床や黒板も、よく分からない魔法で綺麗になっている。きっと魔法科の先生がこっそり直してくれたのだろう。
修繕費の心配をしなくて良かった……。
次いで俺は腰を折り、一つずつ机の中に顔を寄せていく。
特にこれといったモノは無く、薄暗く机の奥が見えている。空間収縮の魔法が掛けられた机の中には、何千ページもある資料集がミニサイズになって机の中に納まっていた。
「凄い力だよなぁ、普通なら持ち運びさえ難しいってのに」
何気なく呟き、俺は改めて生徒たちの几帳面さに感心する。
俺が高校生だった頃なんて、机の中には菓子の袋やゲーム機が永住していた。たまに先生にバレて、職員室に引っ越した時もあったと思う。
そう考えると、今の獣人生徒たちのなんと真面目なことか。
いやまぁ、こっそり持ってきている生徒も何人かはいるのだろう。しかしその気配すら感じさせないのは、やはり生来の真面目さが際立っているからだと思いたい。
基本俺の授業は大体が聞いていないが、他の授業は至極真面目に聞いているし。時には質問をして、必死に授業内容を理解しようとする姿も見た。
きっと、認識というものが違うのだろうな。
俺の授業は歴史の授業ではなく、歴史を踏まえた上での道徳の授業だと思われているのだと思う。だから歴史の授業をしているときは、全く相手にされない。
だが、フィンドーラの時のように生徒から質問された時は、皆俺の話をちゃんと聞こうとする。
その内容が自分にとって大事なんだと理解しているからか。それとも別の理由があるのか、俺には分からない。
予想程度はいくらでもできる。だけど真実にたどり着けるほど俺の推理力は高くないし、洞察力も無い。
だからこそ俺は、せめて生徒からの質問には可能な限り答えたいと思っている。 非力な俺から生徒たちへできる、数少ない事だからだ。
「……あれ?」
と、そんなことを考えていると、一つの机に違和感を覚えた。その机は一見ただの机なのだが、何故か少しだけ歪んでいるように見える。
「……」
目をこすり、再び見てみる。
しかし、机は変わらず歪んでいた。
「……なんだ、あれ」
ゆっくりと足を動かし、机の前まで歩を進めた。
まるで蜃気楼のように揺らめく机の中には、一枚のメモのようなものが見える。
「これは……」
恐る恐る机に手を伸ばし、メモへ近づく。何故か心臓がドクドクと鳴り響き、まるで見てはならないと訴えかけているようだ。
見てはならない。
絶対に後悔する。
そんな警告が何度も生まれてくるが、勇気を振り絞り自分の手を動かす。俺はメモを持ち、その中身を確認した。
「……」
メモの内容を見て、俺は一瞬思考が停止してしまった。理由は単純、その内容が理解出来なかったからだ。
メモには魔法陣が書かれている。恐ろしい程に綺麗な円の中に、もう一つの円。 中には歪んだ六芒星が描かれている。そして二つの円の間には、以前杏里先生から教えて貰った呪文の一つが書かれていた。
モンスター界に伝わる、不可思議を現実に呼び込む呪詛。耐性のない純人間が知ろうとすると、呪いで体中を蝕まれるという。
俺も杏里先輩に教えられた時には、校長たちの精神補助を受けていた。それでも気を失いそうになったが。
「ユニコーンの文字……不浄の証……二つは拒絶し合う……」
必死に文字を解読していき、その意味を考えていく。
半開きの窓から流れてくる風が、妙に生暖かく鬱陶しい。
「歪んだ六芒星は、固定の六芒星と真逆だ。既定の常識を擦りかえる……学校の……常識……」
そこまで言って、俺は大きく目を開いた。いや逆を言えば、それ以外の行動が出来なかった。
考えてみれば、可笑しいことだらけだ。
普段、この時間は校庭から部活動をする生徒たちの声が聞こえてくる。少し音程のズレたブラスバンド部の音楽も、必ずこの教室まで届いてくるはずだ。
それなのに、今日は全く聞こえない。
生徒も先生も、そのことを一切気にせず教室を出て行った。おそらく、全員学校には残っていない。
「追い出された」のだ。この稚拙に見えて酷く精巧な、人払いの魔法陣によって。
「学校には、生徒や先生……多くの獣人がいる。その常識を、反転させている。不浄を嫌うユニコーンの文字と不浄の文字を重ねて、効果を強くさせたのか……」
額から、汗が一滴喉まで流れる。寒くも無いのに、何故か体がガタガタと震えだす。
この気持ちは、この言い様のない恐ろしい感覚は……。
「大正解だよ、先生」
圧倒的な強者に、捕えられた時の感覚だ。
「ステ……ンナ……」
「うん、初めまして先生。私がステンナ。シュリ・オデュッセル・ステンナだよ」
視線を上げた俺の目の前には、この机の主である少女。
愉快気に口を歪ませるステンナが、目を怪しく輝かせて立っていた。
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