第14話 何が起きてしまったのか


 授業を終え、俺はまっすぐ職員室に帰った。実を言えば、俺が本日受け持つ授業はあれだけだ。

 ミスカトラル高校では、一つの科目に対して、何人もの先生が割り振られている。

 本日の他の歴史授業は、別の先生が受けてくださることになっているのだ。


 今日はもう授業をすることはなく、新しい課題やテストを作成する作業に時間を使える。


「あぁ……疲れた」


 ただ一回授業をするだけなのに、なぜこんなに疲れるのか。

 いやまぁ、基本一つの授業に全力を出すのが当たり前なんだから、疲れて当然なんだけど。ただの歴史の授業じゃなくて、人の心えぐってくるんだから精神的な疲れが半端じゃない。

 あそこまでいくと、一種の攻撃だぞ。言葉は時として暴力になるんだと、生徒たちに熱弁してやりたかった。

 だからこそ、ドサリと音をたてて椅子に座ってしまった俺を許して欲しい。


「今からは……テストが先だな。一週間後に小テストだし」


 俺はノートパソコンを開き、「テスト」と名付けられたファイルを開く。その中には、俺が途中まで作成した小テストが入っていた。


「えっと、問1はマドネス山が噴火した年だったから……問2はルルエル高原から発掘された石器についての問題にするか……」


 モンスター界の歴史なんて日常じゃ触れる事無いから、知識がほぼゼロに近い。

 だからこそ勉強してて楽しいのだが、気合を入れて作らないとコッチが違う内容で作ってしまう可能性がある。というか、前にあったし。

 俺は異様に分厚い教科書を机の上に出し、該当するページを探し出した。


「えーと、ルルエル高原の遺跡は323億年前に発見されたはずだから……先々古文明の初期あたりか。こんなん頭おかしくなるわ……っと、ここか」

「よっ、授業はもう終わったのか青柳」


 ちょうどページを見つけた時に、背後から声をかけられる。

 後ろを見ると、ジャージを着る杏里先輩が立っていた。本日のジャージカラーは紺色のようだ。

 別のクラスでの授業を終えた後なのか、長髪を後ろにまとめてポニーテールにしていた。

 彼女があの髪形をしているときは、決まって一息入れる時である。


「お疲れ様です、先輩。えぇ、これからテストを作ろうかと思いまして」

「そうか、よくやってるようだな!」


 満足そうに腕を組み、笑みを浮かべる杏里先輩。

 彼女は俺の隣の席に座ると、真剣な眼差しを俺に向けてきた。


「ステンナ、来なかったか?」

「はい、授業中にも来ませんでした。一度家の方に電話した方が良いでしょうか?」

「……いや、無駄だろう。朝に私も電話してみたが、母親が言うには帰っていないらしいからな」


 右手を口元に当てながら、先輩は目を閉じた。ステンナが何処にいったのかを考えているようだ。


「青柳、お前が最後にステンナと会った時、何か妙なことはされなかったか?」

「……いえ、目が合って硬直させられただけです」

「それも由々しき問題ではあるが……他には?」

「えぇと……あ、少し妙なことはありました」


 俺がそう言うと、先輩は勢いよく顔をコチラに向けてきた。

 彼女の真っ赤な瞳が、俺を一直線に射抜く。


「妙なこと?なんだソレは?」

「え、えぇ……実は今朝にステンナと会った時、彼女が成績を偽っていることをそれとなく聞いてみたんです。そしたらいきなり、様子が変わりまして」

「……様子?もっと詳しく言ってみろ」

「はい。冷たいと言いますか、いつもの彼女からは感じることが無いような、底冷えする程の冷え切った雰囲気が感じられたんです」


 俺がそんなことを言うと、先輩はハッと何かを思い出したかのように目を開き、顔に手を当ててブツブツと何かを呟き始めた。

 焦っている様子ではなく、延々と考え続けている。

 俺が追い付けない程のスピードで、脳をフル回転させているようだ。


「……話を続けてくれ、青柳」

「は、はい。それでステンナが誰から聞いたかを教えるように言ってきまして……最初は抵抗していたのですが……」

「何故か口が勝手に開いてしまった……違うか?」

「……その通りです」

「やはりな、校長の話は事実だったか」


 先輩は立ち上がると、教室の奥の方へ歩いて行った。校長室のある方向だ。

 俺は先輩の後に続こうと立ち上がるが、先輩の手に遮られて再び席についてしまった。


「少し、校長と話をしてくる。とても重要なことだ、お前は聞かない方が良い」

「き、聞かない方が良いって……ステンナの事じゃないんですか?それなら自分も――」

「ダメだ、お前は聞いちゃいけない。安心しろ、アイツの事は私が何とかするから。いいか、決して自分を見失うなよ、青柳……」


 そう言うと、先輩は一人で校長室に入って行く。

 扉の奥にチラリと見えた校長は、まるで分かっていたかのように杏里先輩の事を凝視していた。


「……何が、起きてるんだ」


 今の俺にはまるで分からない。

 だが、先輩が一人で校長室に入る時は、決まって良くない事が起こった時だ。

 そう、起こる前でなく、起こった後。


 よからぬ何かは、既に起きている。

 その事実が、この時代に来てから10年経った今でも怖い。

 そして、何も出来ない自分がどこまでも情けなく、憎らしかった。

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