第13話 どちらかといえば、道徳の授業みたいだ


「……で、あるからして。純人間はモンスター界と人間界が繋がる以前に、一度モンスター界に何らかの形で転移し、帰還したことがあると思われる。あくまで仮定の話だが……地球に伝わっているモンスターの姿と、実際に存在するモンスターの姿が非常に似ていることから、信憑性はそれなりにある。この説は8000年ほど前から唱えられている説だ。以前説明した、モンスターが地球に存在したという説と対になるから、よく覚えておいてくれ」


 朝礼終了後、俺は朝から忙しい杏里先輩の代わりにHRを行い、そのまま歴史の授業を開始した。

 今回取り上げる時代は、モンスターの世界の時代。「超古代モンジュラ紀」なんて名前が付いているのだが、名前の由来はお察しだろう。


 ちなみに、ステンナは結局登校していなかった。出席をとった時に、彼女の席は空の状態だったのだ。

 まったく、何処で何をやっているんだあの子……。

 普段ならサボりだろうと特に気にすることも無いのだが、今朝の様子を見るとどうにも気になってしまっていた。

 まぁでも、そんなことを理由に授業を放って置けるワケもなく。俺はこうして授業を行っていた。


 ミスカトラル高校では、優秀な生徒とかで暮クラスを分けることがない。むしろ総合の成績がどのクラスも均等になるように、それぞれ生徒が配置されているらしい。

 だからまぁ、俺の授業がつまらなくて眠ってしまっているスフィンクス君や、窓の外をずっと見ている下半身馬の女生徒がいても特に注意はしない。

 ていうか、注意したら食われそうで怖い。

 本当なら注意して授業に集中させるべきなんだろうけど、獣人ってのは純人間より知能も遥かに高いため、俺なんぞの授業なんか聞かなくても大丈夫らしい。


 ……なんか自分のやってる事が全て不毛だと言われてるみたいで、なかなかにキツイ。


「さて、ここまでが地球暦4050年に存在した説となる。実在した文献としては、第6資料集の2056ページにある写真を参考にしてほしい。何か質問はあるか?」


 ちょうど説明の区切りがつき、俺は生徒の方を見て質問を促す。

 だが誰も質問に答えることはなく、黙って俺の事を見続けるのみ。なんで誰もノートをとらないんだ。いくらなんでも泣くぞこれは。


 ……いや、正直この子らに俺の授業が全く必要ない事くらい分かっている。

 何度も言うが、獣人たちは知能がとても高い。一度見た光景は細部まで忘れることはなく、あらゆる難問を即座に解いてしまう。

 かつて純人間の間で超難問と言われていた問題……フェルマーの最終定理だったか。特に知能が高い獣人たちは、そんな問題も遊び感覚でほいほいと解いてしまう。

 それどころか、新しい計算方法や化学式を発明して、かつて存在していた純人間の科学者を卒倒させていたようだ。


 「無限熱エネルギーを活用した魔性植物の培養」とか聞いて、どんなもんか分かるか?

 もう化学じゃなくて、ファンタジーの領域だわ。普通の人間なら全部を理解するまでに、寿命を5周くらい迎えそうだ。


 俺が受け持っている歴史もそうだ。

 高校の歴史だとモンスター界の歴史まで引っかかってくるのだが、モンスター界の歴史は何年前までさかのぼると思う?


 おおよそ、500億年ほど前だ。もう途方とかそういう話じゃないだろ。

 

 それにこの数字だって確実ではない。モンスターの中で一番長命と言われていている木の種族、トレントたちの長老であったギリアム・フォレストマン氏の寿命から逆算して出てきた数字だ。

 しかもギリアム氏は、自分の年齢を「500億経ってから数えていない」と言っていたため、さらに以前の歴史があることは明白である。しかし、証明できる資料やモンスターが存在しなかったために、暫定的な形で500億年となったのだ。


 その膨大な歴史の中で、どのような出来事や争いがあったのか。どんな資料があって、遺跡や文明が存在したのか。純人間の歴史である地球暦と同等に覚える必要がある。


 果たして、そんな事が純人間に可能であるか?考えるまでもないだろう。

 実際俺も先生になるのだからと、最初から全てを覚えようと必死に勉強した時もあった。

 しかし、数日経っただけで純人間の脳では不可能だと悟ったよ。


 こんなに苦労するのなら、教職ではなく用務員にでもなった方が楽だったのでは?

 時々そう思う時もある。

 だがまぁ、俺を教職に就かせたのは紛れもない校長本人だし、何か理由があるんだろうと自己完結させていた。


「はい先生」


 と、俺が歴史の膨大さに絶望していた時、一人の生徒が手を上げて話しかけてきた。

 昨日面談をした生徒、フィンドーラだ。


「お、どうしたフィンドーラ。何か分からない所があったか?」

「……ううん、分からない所はないよ先生。というか、先生の授業を受けなくてもソレくらは自学できてる」


 フィンドーラの言葉を聞いて、生徒数名がクスクスと笑っている。

 なんだ野郎ども、寄ってたかってオッサン一人虐めて楽しいのかよ。

 大人のギャン泣きを見せてやろうか、おぉん?


「な、なら何を聞きたいんだ?すまんが、今教えた内容以降はまだ勉強中で――」

「先生はその歴史を勉強して、どんな気持ちだった?」


 俺の言葉を遮るように、フィンドーラは俺に質問をぶつけてきた。

 思っていたよりも漠然とした質問である。


「気持ちって……」

「モンスターの歴史を聞いて、怖いと思った?凄いと思った?関わりたくないと思った?」

「あー……そうだなぁ……ん?」


 ふと気づくと、外を見ていた生徒まで俺の方を見ていた。眠っていたスフィンクス君もコチラを見ていて、教室にいる生徒全員が俺に注目している。

 はぁ、またこうなったか……。


 俺が授業をやる時は、たまにこんな感じの質問に行き着く。

 俺が知ったモンスター知識。

 俺がいた時代以降の話。

 諸々を知ったうえで、俺がどんな感情を抱いたのか。

 生徒たちは、皆一様に俺へそんな事を聞いてくる。前回は、魔法が使えるようになりたくないか、って聞かれた。


「途轍もなくスケールのデカい話だな、とは思ったぞ」

「それだけ?他には?」

「他にはって……まぁモンスターは人よりもずっと文明的で、高い知能を持っていた事には驚いたな。下手すれば、俺たち純人間は狩られていたかもしれないし。そういう意味じゃ、純人間はすごく運が良かったんだと思うぞ」


 俺の意見を聞いて、生徒たちはうんうんと頷いている。俺の言葉をノートにまとめている生徒までいた。先程までの不真面目な感じはどうしたね。

 なんだろうなぁ。与えられた刺激に対する反応を聞かれるって、まるでモルモットのソレだと思う。


「ふんふん、なるほど。じゃあ、別の質問」

「あー…なんだ?」

「先生個人としては、寂しくなかったの?」


 いきなりフィンドーラは真顔になると、重い空気を漂わせて俺に尋ねてきた。翡翠色の瞳が、怪しく輝く。

 先程までの緩めだった空気は完全に消え、生徒全員が能面のような冷たい表情でこちらを見つめていた。

 慣れてなきゃ漏らしてしまうほどに怖い。


「寂しい……か」

「そう、家族がいなくなって寂しくなかった?禁忌に触れてでも、知人をコチラに呼びたいとは思ない?」


 あぁ、結局はそういうトコに行き着くかね。ホントこの子たちは、人の気持ちを土足どころかブルドーザーで掻き回してくれる。


 そんなもん、不安に決まってるだろうが。

 ある日突然に超未来へ飛ばされ、目の前には多くのモンスター達。正直その場で発狂しなかった俺を褒めて欲しいくらいだ。

 家族に会えないことだって寂しいさ。今すぐにでも会いたい。


 だがそれは叶わない願いだ。

 時を遡ってなにかをするってことは、今現在完結している事象を歪ませることになる。タイムスリップが禁忌となっている理由はこれだ。

 歴史ってのは、全ての事柄が綿密に絡み合うことで出来た一本の糸のようなもの。道に転がる石一つでさえ、ズラせば取り返しのつかない事になる可能性がある。

 ましてや人を連れて来るなんて、どんな結末に変わるか分かったものじゃない。


 俺がこの時代に跳ばされた時も、修正に多大な労力がかかったそうだ。ジャッポルンの有力者が集い、不自然にはならないように時の流れを変えていったらしい。

 そんなことを知ったうえで、誰かを呼び出すなんて考えられないさ。


「確かに知り合いがいてくれたら、心強いだろうな。でもソレを理由にして呼び出すのは、あまりにも傲慢だ。世界を歪めてまで、会いたいとは思わないさ」


 俺は元の時代には帰れず、今の生活を享受しなくてはならない。

 たとえ呼び出した輩を恨んだところで、俺が帰れるわけでもないしな。


 幸い、吹けば飛ぶような弱者である俺を、国は全力で守ってくれている。

 ボディーガードなんて大層なモノを一般人なんかに派遣してくれるし、校長たちはいつも俺の身を案じてくれている。

 家もくれた、仕事もくれた。最初の頃は、生活が安定するまで補助金まで渡してくれた。

 これ以上望むことは、流石におこがましいだろう


「俺なんかを守ってくれる人たちがいる。それだけで、俺はこの世界でも生きていこうって思えるんだよ。それに、前の世界の純人間を連れてきて恨まれるのも嫌だしな」

「……ふぅん、単純だね。私たちが知ってる純人間なら、もっと慌てふためいて、目先の力にすがり付くような性格だったと思うけど」


 なんだその言い回し。完全に上位者の言い方じゃないか?

 あぁ確かに、コイツらにとって俺は羽虫程度の認識なのかもしれない。

 もとは同じ人間だってのに、視点の高低に差がありすぎる。


「力か……確かに、獣人みたいに秀でた力が一つあれば、もっと楽な生き方もできただろうな。空を飛べるのは羨ましいし、魔法も使ってみたい」

「そう……だったら、先生も力が欲しいんだね」

「いいや、別に。過ぎた力は人を腐らせる。俺には今の体がちょうどいいんだよ。モンスターの力なんて、分不相応にも程がある」


 シンと静まり返る教室で、俺は獣人の生徒たちにそう言い切った。

 媚びる事も無く、着飾ることも無く。ただ「普通の人間」としての思いを。

 ノートをとっていた生徒は手を止め、ニヤニヤと笑っていた生徒は笑みを消していた。まぁ、獣人のこの子たちには考えられない思考なのかもしれない。


「……これで十分かな?」

「……」


 フィンドーラは、立ったままこちらを見て何もしゃべらない。目を見開き、驚いているような顔をして俺を見つめている。

 そこまで驚くようなことを言ったかね、俺は。


「……それでこそ、先生だよぉ」


 ん?

 今フィンドーラが小声で何かを言ったようだったが、上手く聞き取れなかった。


「なんだ、フィンドーラ」

「ううん、なんでもない。ありがとうございました、先生」


 そう言うと、フィンドーラは深くお辞儀をすると席に座った。

 ソレと同時に、チャイムが鳴る。


「先生のお話が聞けて、勉強になりました」

「……俺が何かタメになるようなことを言えたかは分からないが……まぁ、そう思ってくれたのならいい。では、今日の授業はここまで」


 そう言って、俺は妙に重い足を動かして教室を出て行く。

 廊下に出ても、教室の中からは声一つ聞こえなかった。


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