第12話 職員室にて、校長


「むぅ、おはよう青柳君。変わらず問題は無いかね?」

「あ、校長先生。おはようございます。えぇ、おかげさまで健やかに毎日を過ごさせていただいております」


 校門を通り過ぎ、幾人かの生徒たちと挨拶を交わしながら職員室にたどり着く。

 その中で、一番最初に近くにいた校長先生に渋い声で話しかけられた。


 彼の名前は蓮田 毘耶鬼れんでん びやき。御年19270歳になるお方だ。

 蓮田校長の種族はモンスターの中でも長命らしく、現在も50代くらいのナイスミドルなおじ様に見える。

 彼はいつも白いスーツの上に、黄色いフードつきのコートを身に纏っている。夏だろうとお構いなしだ。

 もしかして、あれがモンスターとしての特徴なのかもしれない。以前確かめようと校長に話しかけたが、聞かない方が良いと断られてしまった。

 なんでも、俺が校長の正体を知ると発狂するらしい。どういうことなの?


「……本当に、何も問題は無いのだね?」

「ど、どういうことでしょうか?」

「いやなに、今日の君は何処か様子がおかしいと思ってね。まるで目が覚めると、見知らぬ部屋にいた時の純人間のようだ」


 えらい具体的な例えだな、まるで見たことがあるかのような言い回しだ。


「何度も言うが、君は私の保護下にある。現在、ジャッポルンにて最大戦力を持つ、この私にね」

「はい、重々承知しております。貴方が近くにいるこの高校にて、教職を得られたという事も」


 そう、俺がこの高校に選ばれた理由は、ランダムというワケではない。

 見た目からは想像がつかないが、蓮田校長はジャッポルンで一番強い存在らしいのだ。その実力は国からのお墨付きで、彼一個体が小国の軍力に匹敵するという。

 そんな彼の庇護を受け、可能な限り近くにいる事を条件として当てられた職場がこのミスカトラル高校という事だ。


 それならいっそ、校長の家や付近に住めばいいのではと思ったこともあった。しかし、それは俺の精神に異常をきたしかねないとか。

 近くにいないといけないのに、近くにいすぎるとダメとはこれいかに。弱いこの身が悪いのは重々承知しているが、何とも難儀な話だと思う。


「相談ができないことならば、無理に言わなくても構わない。しかし少なくとも、私は君の味方であるつもりだ。渡したお守りは持っているかな?」

「はい、常に持ち合わせています」


 そう言って、俺は鞄の中から小瓶を取り出す。

 見たことも無い魔法陣や呪文が書かれている瓶の中には、校長特性の蜂蜜酒が入っている。その酒を飲んである呪文を唱えると、俺でも使える魔法が発動するらしい。


「君は弱い、この世界の誰よりも。だからこそ、守られなくてはならない。君の不安の種が親しい者であったとしても、危険が迫った時には必ずソレを使いなさい」


 そう言って優しく微笑む校長からは、どこか温かい雰囲気を感じた。

 いや、ただ温かいだけではない。無限の慈愛をもって全身を優しく包まれているかのような……絶対の安心をもたらしてくれる微笑だ。

 神性、と呼ぶべきなのだろうか。ソレがどんなものかは分からないが、もし存在するなら校長が発する優しさなのだろう。


 ていうか、やっぱり校長には見抜かれているのだろうか?


「……ありがとうございます」

「うむ、分かってくれたのならよい。さぁ、席に着きなさい。朝礼を始めるとしよう」


 威厳たっぷりに校長が言うと、他の先生方も立ち上がり校長の方を見る。

 俺も遅れないように小走りで席まで向かい、鞄を置いて校長の方を見た。


「……おい、青柳。昨日はすまなかったな」


 そんな時、ふと俺の隣の席から声が聞こえる。

その方向を見ると、杏里先輩が申し訳なさそうな顔で此方を見ていた。昨日の事を覚えていたらしく、そのことを俺に謝罪してきたようだ。


「大丈夫ですよ、特に問題は無かったですし」

「そ、そうか?でもあの店出禁になっちまったし……お前にも迷惑かけちゃったから……」

「そんなに心配しないでください。あの店に行けなくても、他にいい店はいっぱいありますし。また二人でどこかに行きましょう」


 そう言うと、先輩の顔がパァッと明るくなった。こういう所は単純な方で、本当に助かる。

 と、ちょうど先輩との会話が終わったタイミングで、蓮田校長が軽く咳ばらいをした。

 朝礼開始の合図だ。


「さて、おはよう諸君。本日も豪天輝く日であることを祈っている。では例のごとく、1年生の教師から本日の予定を」

「はい、本日は朝礼後にA組とB組は合同し、理科室にてマジックポーションの生成を――」


 校長の一声と共に、それぞれの予定が言われていく。

 俺も気を引き締めないといけない所なのだが、どうにも今朝のステンナ様子を忘れることが出来なかった。

 意識の半分は朝礼に集中し、もう半分は彼女の事で一杯だった。




 だからこそ気付かなかったのだろう。

 蓮田校長は暗い顔をしている俺を凝視していたことを。

 そして校長は杏里先輩と目を合わせ、何かの命令をしているようだったことを。




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