第6話 楽しい飲み会


「いらっしゃーい!お客さんら、何名様で?」

「2人です」

「了解です!お客さん2名様ご来店ー!」


 木造の扉を開けると、元気のよい猫耳店員さんの掛け声が店中に響き、奥の方から「いらっしゃいませぇー!」と声が返ってくる。

 いつ来ても活気の溢れるお店だ。お客さんも多く、繁盛している様子がうかがえる。

 プライベートを守るために垂らされているのれんを店員さんが開くと、そこには見慣れた席があった。キッチリ木で区分けされている席は、ちょうど4人ほど入れる程の大きさだった。


「さぁ、お客さんらはこの席にお願いします!お水をどうぞ。ご注文は決まっていますか?」

「あぁ、私は大タルビールに神海牛のステーキ600g。青柳、お前は?」

「えぇと……小々タルビールに串盛りのセットを」


 常連であると知っている場合、店員さんは席に案内するとすぐに注文を聞いてくる。

 俺や先輩も既にメニューを決めているので、席につくとすぐさまメニューを言った。


「分かりました。お姉さんは大タル一丁に海ステ600、純人間のお兄さんは小々タルに串盛りですね。では、ごゆっくりどうぞ!」


 ニコッと笑った店員さんは、のれんを下げて厨房の方へ向かって行った。

 一息ついた俺と先輩は、各々水の入ったコップを持って水を飲む。


「……ふぅ」

「ゴッゴッゴッ……」


 うお、喉音半端ねぇ。

 先輩っていつも喉が渇いてるのか知らないけど、水を飲む勢いが尋常じゃないんだよなぁ。

 まぁ先輩はドラゴンとのハーフなんだし、多少は仕方ないのだろう。


「失礼しまーっす!大タルと小々タルになります!」

「うむ」

「あ、どうもです」


 再びのれんを上げて入ってきた店員さんから、タル型のコップを受け取った。

 中には自分の知っているビールがコップいっぱいに入っている。

 中ジョッキくらいの大きさだというのに、これで小々サイズというのだから笑えない。


 まぁ、先輩の大サイズは机の半分以上を占拠する程の大きさだったりするワケだが。

 横にも縦にも大きい先輩のコップは、掛けられているのれんに届きそうな程高い。あんなに一気に飲んだら、泡吹いて倒れる自信がある。


「それでは、とりあえず乾杯だな」

「はい、お疲れ様でした!」


 コップを前に出し、合わせて乾杯する。

 なみなみと注がれたビールが衝撃で少しこぼれたが、その光景も見ていて気持ちがよかった。

 すかさず口に寄せ、一気に飲んでいく。冷たいビールが喉を通り、体全体を一気に冷やしていく。この瞬間がどこまでも心地よい。


「アーッ!やっぱり美味いなぁッ!」

「ゴッゴッゴッゴッゴッ……」


 再び豪快な喉音が響く。いつ見ても先輩の飲みっぷりはすさまじい。

 傾けたら対面の俺にぶつかりそうな程巨大なコップを、一気飲みで空にするんだからなぁ……。

 あ、もう平らげた。のれんの外にコップを置いて、別の店員にもう一回ビールを注文している。

 こっちはまだ半分ほど残ってるんでけど……。

 ていうか大丈夫かな。いつもよりペースが早いんだけど、すぐに酔いつぶれちゃわないかこれ。


「はぁー……それで、お前はどこまで分かってるんだ?」

「え、何がでしょうか?」

「生徒共の気持ちだ。少なからず好意は感じてるだろ」


 あぁ、さっきの話ね。

 とはいっても、別にこれといって感じたりとかはしなかったんだけどなぁ。別に心を読み取る獣人でもないんだから、詳細なんて分かるワケないし。


「好意といっても、あくまで先生と生徒の間柄での好意ですよ。それ以上もそれ以下もありませんって」

「……はぁ、こんなんじゃ何時まで経っても進展しない」


 なんだ先輩、手をひたいに当てながらため息なんか吐いて。

 当然のことを言ってると思うんだが。そもそもこんなオッサンを好む生徒なんて早々いないでしょうに。ライトノベルじゃないんだから。


 ……いや、まぁ心当たりがないワケじゃない。やたら体を当ててくる生徒や、頼んでも無いのに弁当を渡してくれる生徒。

 明らかに男女的な好意を示してくれる生徒がいなワケじゃない。

 だがなぁ、応えるわけにはイカンでしょ。


「俺は先生で、相手は生徒なんです。頭が固いと言われたらそれまでですけど、そんな男女の関係になんて早々なりませんよ。僕自身、なってはいけないと思いますし」

「……そうか、分かってるなら良いんだ。だが、お前は弱い。純人間はこれといって強い腕力や能力があるワケではない。生徒だけじゃなく、獣人一人でもお前に襲い掛かれば、お前は抵抗なんてできないだろう?」


 そう言って、杏里先輩は身を乗り出して対面に座る俺へ顔を近づけた。

 炎のように赤い目が間近に迫り、悪い事をしているワケでもないのに体が硬直してしまう。水を飲んだばかりなのに喉が渇き、固くなった唾をゴクリと飲み干した。


「ま、まぁそうならないためにボディーガードもいるわけですし」

「そのボディーガードが襲ってきたら?もうお前を守る奴は誰もいないぞ。どうするつもりなんだ?」

「どうって……」


 言葉に詰まってしまった。

 亜子さんを信用していないわけじゃない。むしろ信用しているからこそ、先輩が言うような事態になるとは考えにくいのだが……。


「青柳、弱者に必要なのはなんだと思う?」

「必要なもの……ですか?」

「あぁ、弱者が強者に屈さず、日々を謳歌するためにはだ」


 考えた事など無かった。

 元いた場所でもそうだったが、暴漢に襲われるってことは今まで一度も無い。

 純人間ってのは狙われやすいから、考えないといけない事なのだろう。弱いのは事実だし、襲われたらひとたまりもないのも事実だ。


「……力を、身に付ける事ですか?」

「間違ってはいないが、惜しいな。身に付けるといっても、純人間のお前ではタカが知れているだろう」

「えぇまぁ、否定はできないですけど」


 多分、小柄なコボルト一体と喧嘩しただけでも、簡単にボコボコにされてしまうだろう。

 体の大きさなんて関係なく、そもそも純人間ではモンスターには勝てない。力が弱いモンスターであっても、それを補う特殊な能力があったりするからだ。


 ……そう考えてくると、急に怖くなってきたな。

 今まで能天気に生活してきたけど、俺ってモンスターや獣人からしたら虫みたいな存在なワケだし。


「いいか、青柳。お前に必要なのは絶対にお前を裏切らないパートナーだ」

「パートナー……恋人みたいなことですか?」

「ごォォォッ!?」


 俺がそう言った瞬間、先輩は再び飲もうと傾けていたコップを落とし、勢いよくビールを噴き出した。

 当然、目の前にいた俺はビショビショである。

 あ、ビールが熱い。茹ってる。多分炎もちょっと混じってるなこれ。


「グッ……ごほっ……別に、そんな直接的なものを言っているワケではないぞ。ただ、自分が窮地に陥った時、世界全てが敵になったとしても守ってくれる……そんな存在が必要だ」

「……なるほど、確かにそうかもしれませんね」

「そうだろうそうだろう。別にその位置づけが恋人でもなんでもかまわない。だがそういう存在が無ければ、お前はいつか自由を奪われるぞ」


 ……正直、国から守られているから大丈夫と思い込んでいたけど、やはり自分の安全については考え直さないといけないか。

 疎かにして攫われたりしたら、それこそどうしようもないし。


「それで……だ。確かモンスターたちが架空の生物だと言われていた頃、一番強いモンスターの象徴として言われていたのが……ドラゴン、だったよな?」

「え?えぇまぁ、ドラゴンは何かと強い生物だって言われてましたけど」

「なら、お前を守る存在として、ドラゴンは適切なわけだ。違うか?」

「……そうです、かね」

「だ、だったらドラゴンの中でも、より上位の存在が良いワケだ」


 どうしたんだろうか。先輩の声がいきなり震えだしたぞ。

 チラチラと左右に視線を逸らしたりしてるし、もしかしてもう酔ってしまったのだろうか。

 さすがにそこまで弱くなかったと思うのだが。


「た、例えばだな、私とか最適では――」

「お待たせしましたァ!ご注文の神海牛ステーキと串盛りになりマァッス!!」


 先輩が何かを言いかけた時、のれんが勢いよく開けられて猫耳店員さんが入ってきた。

 手に持つトレイには、巨大な肉の塊と串盛りが乗っている。


「そっちのお客様はステーキ、純人間のお兄さんは串盛りでよろしかったですね?」

「あ、あぁ……問題ない」

「ありがとうございます」


 先輩は言いかけた言葉を止め、店員さんからステーキを受け取る。

 俺も店員さんの勢いに気圧されながらも、注文した串盛りの皿を受け取った。


「……キリカ、貴様わざとだな?」

「さて、なんのことでしょう?では、ごゆっくりー!」


 何故か先輩は店員さんを睨み付けていたが、店員さんは涼しげな表情でのれんを下げていった。

 なんだろう、先輩は顔を赤くさせプルプルと震えている。やっぱり酔ってしまったのか?


「で、何を言いかけたんですか?」

「……まぁいい、また今度言うとしよう。そら、冷める前に食べるんだ……ちくしょう」


 そう言って、先輩はフォークを乱暴に持つと、ナイフも使わずステーキにかぶりついた。

 肉汁が辺りに飛び散り、その豪快さを際立たせている。


「……」


 こうなってしまうと、先輩は食べ終えるまで止まらない。

 聞くことを止めた俺は串を手に持ち、刺さっている鶏肉に噛みつく。

 出来立ての鶏肉はとても熱く、俺は慌ててビールを口に含んだ。

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