第5話 夜の街
そんなこんなで教室に戻った俺は、学校を施錠した後に杏里先輩と夜の街に出た。
現在は約19時。すっかり夜になってしまった現在でも、駅前の通りは店の照明で昼のように明るい。
ていうか眩しい。眩しすぎる。
明らかに元いた時代の電気より明るい。目を潰しにかかって来てないかこれ?
「大丈夫か青柳。純人間にはこの明かりは毒だろう」
「えぇ、正直眩しすぎて目が潰れてしまいそうです……」
「よ、良ければ目を伏せていろ。私がお前の手を引いてやるぞ」
その言葉と共に、不意に目の前へ手が差し出された。なんとも情けない話だが、今回は先輩に助けてもらおうと思った。
先輩なら辺りの光は問題ないが、俺にとってこの光は危なすぎる。
欲をエサにして生きるモンスター……ミミックだったか。その魔物が無限に持つ宝石が照明に入っている。客寄せに使えるらしい。
モンスターの血が入った獣人なら、その誘惑に耐えることも出来る。だがひ弱な純人間が見たら滅茶苦茶危ない。
何回か見て慣れた今ならまだ大丈夫だが、初めて見た時は欲望を出すとか云々以前に、その強烈な刺激にやられて廃人になりかけた。基本的にモンスターたちの力はモンスターを相手にした強度であるために、純人間には強すぎるのだ。
だから俺が夜の街を歩くときには、別の獣人に連れて行ってもらうか特殊加工されたサングラスをつける必要がある。
今日も忘れず鞄の中にサングラスを入れておいた筈なんだが、先程確認したら何故か無くなっていた。
本当に申し訳ないが、今日だけ先輩に甘えさせてもらうことにしよう。
「すいません、よろしくお願いします……」
そう言って俺は杏里先輩の手をゆっくりと握る。先輩の手はドラゴンの血族ゆえかとても温かく感じたが、妙にその熱が心地よく感じた。
「んっふッ……!」
なんか変な声出しましたか先輩?
あと触れた瞬間から手汗が滝のように出てきてるのですが、何でしょうこれ。
うわ、飲んだら体力が全回復する薬の原料になりそう。ビッカビカな高貴さを帯びている。光が凄い。
「どうしました先輩?」
「ハッ……な、なんでもない。ほら、手を引いてやるからついて来い」
そう言って、少々強引に俺の手を引っ張る先輩。全身持ってかれそうな力だったせいか、少しばかり転んでしまいそうになる。
だが不思議と痛みは全く感じない。なんだこれ、一種の武術じゃないか?
そんなことを考えながら、俺は先輩が手を引く方向へ進んだ。
顔を伏せているから分からないが、どうにも変な視線を感じる。美人に引っ張られる男の図が珍しいのか、純人間である俺が珍しいのか。まぁ恐らく後者なのだろう。
この時代だと純人間は、動物園どころか殺菌された保護ルームに隔離されていても可笑しくないからな。
とにかく奇異な目で見られているのは感じ取れた。まぁ滅多に見ない純人間なんだから、仕方ないと思っておこう。
「……嫌な気になったか?」
ふと、杏里先輩が俺に話しかけてくる。多分、先輩も周りの視線に気づいたのだろう。
教職としてあの学校に来てから、先輩はなんやかんや俺の事を気にかけてくれていた。
純人間の俺をいつも心配してくれて、純人間の目線で考えてくれる。
本当にありがたい。
「我慢できなかったら言え、通りくらいなら簡単に焼き払える」
いやダメだって。
そういうトコですよ先輩。肝心なところで感性がモンスターのソレに戻っちゃうんだから……。
あと手の方が熱いんだけど、これ体から炎かなんか出してるよね?周りから「ヤベェよ」って声が聞こえてくるんですけど。
ジリジリ体が焼ける感じがするし、見れない分尋常でなく怖いッスよ先輩。
あと喉が異常なほど乾いてくる。アルコールの前に水飲まないと、一瞬で酔いつぶれるヤツだこれ。
「そういえば青柳。お前またステンナのヤツに言い寄られてたそうだな?」
どうしようかと悩んでいると、先輩が何気ない雰囲気を出しながら別の話題を出してきた。
自分を気遣ってのことだろうか。それとも純粋に別の話がしたかっただけなのか。
どちらにしても、今の自分にはありがたい。
「えぇ、まぁ少しだけですが……」
「用心しろ、アレは本気でお前を狙っている。見た目が子供だと思って油断していると、すぐにお陀仏だ」
物騒だなぁ先輩も。そんなに危ないワケ……無いとは言い切れないんだよなぁ悲しい事に。
そう思い、コロコロと笑いながら自分を見つめる彼女の顔を思い浮かべた。
朱里・ステンナ。夕方に行った、フィンドーラとの面談でも出てきた生徒の名前だ。
ウチのクラスの生徒なんだが……当然獣人だ。あの子は髪の毛が蛇になっているモンスター、メデューサの血を引き継いでいる。
その力を受け継いだ彼女は、目を凝らすことで透視が出来たり、麻痺光線を出したりできるのだが……ありがたい事に俺を慕ってくれている。いやホント。
だがアプローチが過激な面もあって、少しだけ問題になっている。主に杏里先輩が問題提起しているだけだが。
俺は別に、彼女が危険だとは思っていない。
ただ蛇が苦手なので、近づかれると震えてしまうだけだ。
「まぁ、今回は放課後に補修をしただけですから」
「ふん、あの小娘に補修など必要なものか。お前は知らぬと思うが、アイツは通っている塾だとトップクラスの成績らしいぞ。お前に近寄る機会を生み出すために、学校では馬鹿を演じてるらしいが」
えぇ……何その情報。どっから仕入れてきたの。
褐色金髪(蛇)で絵に描いたようなギャルだと思っていたのに……。
しかしまぁ、提出してくる宿題の正答率は高かったし、本当なのかもしれない。
ずっと答えを見て丸写ししていると思っていたのに、なんで手加減なんてしてるんだ?
「どうして成績を落とすのか……そう思っていないか、青柳?」
うぉ、心を読まれた。
この人、ドラゴンの血筋なのに人の感情を読み取るのが滅茶苦茶上手いんだよなぁ。
悪心を好む九尾の狐じゃあるまいし……。
「ふん、あんな根暗なんかより、私の方が人心の読み取りは上手いと思うがな」
……怖い。読むとかじゃなく見てるんじゃないかこの人。
もしかしてその手のモンスターの血も引き継いでいるのかもしれない。
「は、はは……恐れ入ります」
「ふん、まぁいい。話を戻すが、あの小娘はお前を手に入れるためなら、自分のできることは何でもするだろうさ」
「い、いやまさか。そんな物騒な……」
「まさかも何もない。アイツはそういうタイプの獣人だ。なにせメデューサの血を引き継いでいるのだからな」
一見普通の人間に見えるメデューサ。
彼女たちの髪の毛である蛇は、一本一本が独自の命、意思を持っている。以前、蛇同士で喧嘩している所を見た。
しかし本体のメデューサはおおらかというか……マイペースな性格の方が多い。
ステンナはその中でもかなりおっとりしている。
前なんか蛇が争う姿を見ながら、一日中微笑んでいた。その上遅刻とかよくするし、気付いたら勝手に帰っていたりもする。
悪い子じゃない事は分かっているんだけど、どうにもやりづらい子。それが俺の彼女に対する総評価であった。
「いい加減自覚しろ、お前を狙っている獣人は多数存在しているのだ。同僚、生徒、隣人。怪しいと思ったらすぐ逃げろ」
逃げてもいいなら今も逃げたいのですが……。
正直に言ったらギャン泣きされそうだから黙っておこう。
「しかし分かりません。自分には好かれるような魅力はないと思いますが」
「……お前、それ本気で言っているのか?」
「すいません、この手の話は今まで全くなかったもので……本当に分からないのです」
あ、思いっきりため息をつかれた。本気で落胆してらっしゃる。
けど分からないものは分からないしなぁ……。
「……まぁいい、あとは店の中で続けるとしよう。ほら、着いたぞ」
そう言って、先輩は俺の手を少しだけ引っ張ってきた。
あれ、思ったよりも早い。自覚してなかったけど、早歩きで進んでいたらしい。
ゆっくりと顔を上げると、目の前には何度も行ったステーキハウス『アーカム・噛む噛む』が見えた。
……なんか冒涜的な名前だ。
「そら、早く入るんだ」
「あ、はい。分かりました」
俺はそのまま先輩の手を放し、店の中へ進んで行く。
その時、先輩は自分の手をジィッと見つめていたのだが、俺はさして気にも留めずに足を進めていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます