この世界の結末

 人間の怒りなんて数年も続くようなものにはよほどの事がない限りならない。

 だから復讐なんて物が起きるにはたいていの場合悲劇がルビを振られていることが多い。


 怒りはきっと連鎖するようなものではない、それは火にたとえられるとおりいつかは消えてしまうものなのだろう。


 だからといって私はこの結末を許しはしない。

 勇者が殺されて三年がたった今でもこの結末を許せるほど強い存在じゃない。


 一年前、私はひとつの勢力の長をしていた。

 凱旋と呼ばれて勇者ほどではないにしてもその勢力は元日本国内でも有数の勢力だったと私は自負している。


 結局その勢力は勇者がなくなった、王国と呼ばれるかつての勢力勇者のメンバーが作り上げた日本最強の剣王、賢者、魔術王が統括する最強の勢力。

 彼らと戦った私は彼らに滅ぼされたその他大勢のひとりになった。


 仲間たちが私を助けてくれなければ、この世界の女のひとつの道を歩むだけだっただろう。


 彼らは結局皆殺しにされた。仲間の裏切りもあったけど、私は仲間に救われた。

 救われただけど彼らに報われるだけの生の価値を持っていない。いやきっと私の命にどころかこの世界のどの人間の命を使っても塵の価値しかないけど報ってあげたかったその命に。


 だから私はこの結末に納得していない。


 何度でもいってやる私はこの結末に納得していない。


 勇者がいてきるという情報を昔耳にした私は、彼を探した。最強の勢力にいて最強と呼ばれた魔王殺しの勇者を、旅自体はあまり長くなかったけど勇者が生きているという情報が事実だったことに私は喜んでいた。


 それは寂れた町で、彼はここにいるという情報を耳にしてきた。


 これて仲間のあだを打てると心が躍った。


 だからこの結末だけは認めたくなかった。



 生ゴミを頭にかぶって乞食のように酒を求める最強の勇者の存在なんて!!



 彼がいればという思考があった。

 思考があったんだ、この男は何だあの魔王殺しを成し遂げたこの勢力最大の英雄の癖に、この無様な醜態は何なのだ。


 擬態だったら許されるかもしれないけど、これは間違いなく人間の末路のひとつ。ゴミの結果はゴミの結末、けど納得できなかった。彼が勇者である事実は武器を見れば一発だ、世界の大穴を明けるこの世界唯一の完全力場制御機構、勇者である彼にしか使えない最強の剣が私の目の前にまだ存在しているのだ。


「へへへ、俺は武器を壊され命からがら逃げた敗北者。頼むから酒をくれ飲まないと手が震えちまうんだよ」


 乞食と変わらない、いや乞食以下のこびるような視線反吐が出る。


「頼むよ、頭がおかしくなりそうなんだ。薬は尽きちまったしよ、酒を飲ませてくれよ」


 こんなふざけた事実を認めたくなんてなかった!!


 一章 三年後の最強の末路


 殺意すら浮かんでくる。この男は形容から人間のゴミだった。寝床は生ゴミ、いつ洗ったかわからないつんとする体臭が彼女の鼻に突き刺さる。

 口から漏れるにおいはすでにアルコール漬けの腐肉と変わりはしなかった。


 それが彼女の望んだ最強の結果だ。


 いつか戻ってくる、誰もがそう思って望み続けたひとつのカリスマ。だが残念なことだ、いつか三人の仲間を正すために戻ってくるといわれていた最強は、アル中だった。


 最強証明であるはずの勇者の剣は生ゴミと混濁しまともに動くかも疑問に思えるものに変わり、酒と薬でやられた体はまともに全盛期の力を出せるとも思えない。


 いっそ殺してやろうか


 憎悪でいや身勝手な怒りで彼女はそのゴミに接近戦専用力場加工武装に手をやった。

 殺気を放つ彼女に男は何の関心も示さずただ酒を酒をと頭を下げる。


 まともな神経を持ったこの世界の異常者は、いかれた神経を持ったこの世界の健常者が許せない。


 仮想質量力場兵器を操る剣王

 長距離完全破壊力場兵器を操る魔術王

 精神解体兵器を担う賢者


 この三人を超える存在して彼は存在していたはずだった。完全力場支配機構だが結局はこの三人に不意打ちされ勢力から追い出される。

 そのとき空さえ穿つほどの戦いを繰り広げた男がこんな物になるのだ。


 彼女の足にすがりつく汚物は、へらへらと媚を売るように笑いながら酒を求める。


「っ、くそ」


 目の前にいる人間は殺すにすら値しないことだけを彼女は理解する。


「頼む、もう限界なんだよ。頼むから頼むからさぁ」


 にらみつける、そのゴミは屑。醜悪な手が彼女を陵辱するように伸ばされる。それが不快感をさらに煽る、その手が彼女の顔に触れようとしたとき烈火が奔った。


「触れるなぁ!!」


 体を左右にふり彼女は男を振り払い蹴り付けた。激情に身を任せてもなお自分の手で触れることを拒絶したのだ。だがその一撃は弱った人間の体には致命的だ。


 一撃で内蔵でも損傷したのか血が勇者の口からこぼれる。


「う、ぐぐぐううう」


 一撃だそれだけで勇者は蹲り怯え必死に女から逃げ出そうとした。だがそれが余計に彼女の怒りを煽る、激情が理性を亡くし今までためていた恨みという感情が、本来であれば何の関係もない勇者に向けられる。


 最初はまだ許された、今まで全てをかけて彼女は勇者を探していたのだ。

 仲間の敵を討つとその決意だけで生きてきていた、結末が認められない。凱旋と呼ばれた勢力のリーダーであった彼女はすでに一度三人の超越者と戦っている。


 そのことごとくに敗北し傷のひとつも負わすことができなかった。


 だから勇者に頼った、その三人さえも手玉に取っていた魔王を殺せるだけの実力を持っていた男を、けっかはこれだこれだった。


「なんでだ、宮司ぐうじも、朗真ろうしん、アセキ、松葉まつば、あんたを信じていつか来ると信じていたから戦ったやつだっていたってのに、魔王戦役の大英雄の癖に」


 やめない、何度も殴りつける。


 骨の割れる音と折れる音が交わって鈍く音が響いている。肉のつぶれる音と男の謝罪がずっと響く。


「ひっ、ヒィ、や」


 惨めな言葉を聴くたびこぶしは硬くなり何度も殴りつける。 


「死んでしまえ、お前みたいな希望がいてたまるか。死んでしまえ、死んで償えお前を希望にした人間に謝罪しながら死ね」


 許せるはずがない、この勇者と呼ばれた男はこんな小娘すらもどうともできないほどに落ちぶれていて人間のゴミのままだった。


 途中から声さえ聞こえない、ただ養豚場の豚をたたく音のように拳が男をえぐっていた。


***


 気づいてみれば男は顔中を腫らし激痛で高熱にうなされ片目が失明していた。

 体中で折れていない部分を見つけることすら難しいだろう。それが冷静になった彼女が見た男の姿である。


 空洞に空気を流す音が響いていたがそれが男の呼吸だと気付くのに少し時間がかかった。冷静になれば彼女は勇者を殺すところだった。


「くそ」


 最後にアスファルト砕き屍になりつつある男をみる。

 彼女が最初に見た勇者は無類無敵の男だった。


 戦場で


 ただ朗々と勝利を確信させる振る舞いを見せる


―さぁ行くぞみんな、武器を掲げ古い道を開いて生き延びよう


 万の軍を皆殺しにして戦場をかける血の悪鬼だった男を彼女は知っている。

 現実はここで終わりだ、勇者はそこで死にかけている。ただ怯え続けて謝罪を述べる、この世界のどこにでもいる人間だった。


 あれは夢だったのかと、魔王戦役の英雄がなぜここまで落ちぶれる。


 どこか病的で不健康そうな顔はそれでも彼女の知っている勇者の顔で、夢と希望は打ち砕かれ負の連鎖はここで断たれる。


 がさりと男は立ち上がる、俗に魔王大戦時代の苗字もちの人間は進化世代と呼ばれる人間である。比類なき思考の卓越者がいた時代からの副産物、ある人間は力が通常の人間よりも強くなる、あるものはその頭脳の異常さが目立つ、基本的には身体能力の増加が行われる。


 勇者という男はそういう意味では人間を外れていたのだろう。仲間にさえ教えなかった一種の進化形態、自動修復。


「ヒヒヒヒヒヒ、俺が勇者だってぇ、お前らが戦わせただけの癖に。ヒヒ、お前らが俺に殺させたくせにヒヒヒヒひゃはやひゃあひゃは」


 狂ったように笑い出す下通で脳の神経のひとつでもやられたかと思うほどの狂態ぶりだ。


「うるさい!!見苦しい、勇者の癖に、勇者の癖に!!」

「ひゃ?勇者、勇者だってぇお前らは俺に殺せと笑うだけの癖に、いっそ魔王になったほうがどれだけましだったかけへへへへ、あへぇはははけひゃはははは」


 壊れた頭がぐるりと回り彼女をにらみつけた。

 落ちぶれてもなおその眼光は勇者としての素質を持っていたものだと思わせるが、また殴り飛ばされた。回避することすらできないほどに劣りつくした体力に彼さえも自傷の笑みをこぼす。


「なら覚えておくといさぁ、俺の名前は敗北勇者新開。ヒヒふひひひ、お前らに勝手に勇者にされた人間の末路だよひひひ」


 ゆらゆらとまた立ち上がり、彼女の元から必死に逃げようとするがまだからだが直らないのか何度もこけ、地面に何度もたたきつけられそのたびのうめき声を上げる。


 だが壊れた笑い声はやまず彼女はそれに煩わしささえ感じていた。


 ヒヒヒヒヒ、道化の外道の道化話。

 役立たずで不要の男が一人ゆらゆらと彼女の視界から消えうせる。


 世界は勇者を欲し、乙女の涙が彼を動かすことはない。


 辺りにある生ゴミが風に揺られカタカタと動き始める、そこで彼女はようやくその生ゴミの正体を見た。頭蓋に頭蓋、白骨、それがまるで恐怖に震えるようにカタカタ、カチカチと動き続けていた。


 ひゃはははははははいはいははあっははあははははは


 男の寝床は屍たちの末路が潜む場所だった。すでに、この世界は終わっているのに彼女だけが生きてきたから。


 世界は地獄に見えるのだ。


 男の笑い声はやまない、煩わしいの声が、彼女のすべてを嘲っている様に思えた。


 世界は滅び魔王が君臨し勇者が倒しハッピーハッピーエンドとは行くはずがない。この世界自体がバットエンドなのだ。


 幸せで(ハッピー)、最高の幸運が彼女に降り注ぐ(ハッピー)、そんな事この世界が許されるわけがない(エンドブレイカー)。


 英雄に救われたものはいやしない。


「ごめんみんな。仇討てそうにないや」


 そしてそんな英雄に救われるものもこの世にはいやしない。

 世の中都合の行くように出来ていないのに――――救われたいと思うこと自体は悪いことでもなんでもないのに、誰もが満足のいく最高のエンディングは迎えられはしないのだ。


「ほら見ろ所詮暴力じゃ何も変えられないんだリーダー」


 なによりこの世界の終わりは不幸で結末だ。


「アブク、もう見つかったんだ」


 すでに生きる気力をなくした少女にそれ以上の行動が出来るほどの力はないだろう。それは彼女を狙うかつての仲間、人質をとられているわけではないアブクという男は凱旋のメンバーでありながら彼女を裏切った男だ。


 死ぬのがいやで、生きてきた仲間を売った男だ。

 だが当然のことだこの世界では、


「ごめん、ごめん、どうしても君を殺さないといけないんだ。それで君の望んだ平定の夢は受け継がれるよ、最も力のある王国がその夢を引き継ぐ」


 そして優しい、優しい、その心が彼女たちを傷つけ続け、ただそれだけのために裏切りさえ生じる優しさと優しさの皮肉なぶつかり合い。


「けどね、僕はいつまでも凱旋の名前を忘れない」


 なでるように銃口は彼女の胸に当てられる。


「私は、私は絶対に!!こんな結末だけは認めない!!」

「本当にごめん」


 彼女の心臓は打ち抜かれた。


 結局はそれで終わりの話だ、この世界ではよくある話。救いなんてどこにもありはしない、ハッピーエンドなんてこの世の果ての最果てに。


 硝煙よりも腐肉の香りが彼の鼻をつき屍からこぼれる血の臭いが彼の心を刻む。

 大好きだった、みんな大好きだった、けど死にたくなくて力を振るうことが嫌いだったから。仲間と話が合わなくなって結局は裏切った。


 結局は彼もまた力によってその行為を終わらせた。


「傑作だよ勇者が仲間になれば殺す必要もなかったのに、いや分かっていたことかあの勇者は偽者だ。あれが最強の名を持ってはいけない」


 だがそれでもあれは間違いなく勇者敗北勇者新開だ。


「戻ろう、三王の言うとおりだった。勇者は死んだんだ、この屍たちが彼に救いを求めた人間の末路だったって言うのに」


 仲間を殺した銃を投げ捨てる、そこにその光景を見ていた勇者が現れた。卑屈な笑みを見せながらすがるように男を見る。


「へへへへ、王国の隊長さん。いうとおり時間稼ぎをしただろう酒クレよ酒、殴られるのだって我慢したんだぜへへっへぇ」

「屑め」


 あくまで卑屈に、仲間を殺した絶望をあざ笑うように新開は動き出した。その行為に突発的に暴力を古いそうになる、彼はそれさえ狙っているように笑い酒をくれと、彼女の命がその程度だとその笑みはいっそう歪む。


 暴力を見越してあざ笑う。


「ひゃっは隊長さんよぉ、そうやって弱者をなぶるのがあんたの凱旋とやらの規律ですかぁ。さすが暴力だけで解決するお人は違う、裏切ってまで暴力に世界を歪めるその姿勢たまらないでっせぇ」


 そして一度仮面をかぶる。


「けけえけっけけけけけけはははっはははやはやひゃはははははははあははは」

「黙れ!!」

「いやなら酒を渡してくれませんかねぇへへ」

「っ……、屑が」


 金と酒を投げ捨てるように渡す。勇者はは必死にそれを集めだして男を見た。


「しかし仲間を裏切るような人間に言われたかありませんぜ、同類の癖に何を仰っているのですかねぇ」


 ぎぃ歯を砕きそうなほどかみ締め彼を睨みつける。それでも彼を殺せない理由があるからだ、いつの間にかだ彼の距離で武器が構えられていた。

 ようは勇者の今までの行為が擬態であったというだけだ。いや確かに全盛期に比べれば弱くはなっているだろうが、龍が弱って虫になる事は有り得ない。


「けははは、いや愉快だ。愉快だよ。俺を虐殺者として祭り上げた連中の悲鳴はね」


 頷く、何度も頷いた。新開は何度も頷いた。


「これだからこの世界の人間はいい。好き勝手に踊って好き勝手に死ねばいいのさ、ひゃはははははははははは」


 心底嬉しそうに笑う、今までの行為そのすべてが愉快だと笑いながら。

 拍手さえ行いながら絶望に歪むそれらを哂う。


「勇者の癖に」

「あぁ、ああ!! なるほどね勇者だからね、なら勇者らしくひとつ悪人を殺しますか」


 ぐちゃりと、女の死体が潰れる。

 男さえ知らないままに逝った少女は力場によって生ゴミの一つと変わった。せめて、せめてきれいなまま死なせて上げようとした男の願いはそこで破綻する。


「結末を認めないなら自分で作り上げろよ。人に頼むようなゴミは悪以外の何者でもないだろう。さてお前の言うとおりにしてやって暴力を振るうのかい?」


 膝を地面につき絶望にくれる男に与える言葉はその程度のものだった。だが勇者はそれでは許さなかった、男の顔を覗き込みながらどうなんだいどうなんだいとはやし立てる。


 平定の願いを告ぐものに、会えて夢を破綻させるような言葉を紡ぐ。


 破裂し暴走するような怒りを男は抑える、凱旋はもう彼しかいないのだ。リーダーを殺して、仲間を殺して、


「次は誰を殺すんだろうねぇ。ちなみにさ俺はお前だよ隊長さん」


 最後に自分が殺されるだけの話だった。

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