第24話


 スピードのルールはシンプルだ。ジョーカーをのぞく52枚のカードをそれぞれ赤と黒の二組に分け、二人のプレイヤーが一組ずつ持つ。

 持ち札は4枚。目の前に置いて誰からも見えるようにする。これは減ったら即座に山札から補充する。

 中央に置かれた2枚のカード、その数字の前後の数字を次々においていく――例えば置かれたカードが7なら6か8の札をだす。そしてここで6を出したなら、次に出すのは5か7だ。

 これを山札がつきるまでひたすら続ける。


 ターン交代とかそういう考え方は存在しない。プレイヤー二人ともが、いつカードを出してもいい。とにかく先に52枚を使い切った方が勝つ、文字通りのスピード勝負。

 私はマリオのゲームで覚えたんだけど、苦手である。理由は単純で目まぐるしくて対応できないからだ。私の知っているカードゲームでもっとも体力を使うのがスピードの特徴である。


「では――スピード!」

 水谷さんが声を上げる。たちまち、パンパパン、パンパンパン、みょうにリズムよく音が響く。トランプをうまく叩きつけると、そんな空気が破裂するような音がするのなんて、生まれてはじめて知ったよ。


 お父さんにつきあって年末にテレビで観た格闘技の試合を思い出す。あれと同じ「動いたと思ったら、動き終わるまで動いていた」感じだ。どちらも私のような素人の目には速く動いていることしか理解が出来ないし、パンパン打撃音が鳴り響くのも同じだ。

 スタートからゴールまで、まったくよどみなくゲームは進行した。お互いがなにをするのか、事前に打ち合わせて、綿密に練習してきたみたいに見えた。


「……!」

「やるじゃん」

 一戦目は朝火先輩の勝利だった。


「朝火先輩。お強いんですね」

 水谷さん、ゴム紐を取り出して髪の毛をまとめた。ポニーテール姿を見るの、課題テストの時以来である。つまり「これからが本気だ」アピールなのだが……しかしなぜ、今!

 前から思っていたんだけど、水谷さん、昔の少年漫画っぽいイベント好きだよね?


「戦い方がわかっているやつとスピードするの、久しぶりだ」

 戦い方って。

 そんなことを漫画やウェブ小説以外で口走る人、はじめて見ましたよ。


「あのー、二人がなにをやっているのか、私全然ついていけないんですけど」

「ようするに、スピードにはコツがあるんだ。それをちゃんとわかっている同士だと判断の速さと正確さを競うようになる」

 朝火先輩は黒いカードを集めて、自分の手元に寄せる。

「コツ? どんなのがあるんですか?」

 私の疑問には、自分が使う赤いカードをカットを始めた水谷さんが答えてくれた。

「そうね。相手のカードを把握することが基本よ。なにせスピードは、相手の持ち札もすべて把握できるゲームだから、それをやるだけで一気に有利になるわ」


「つまり」頭の中に漠然としたトランプのカードがいくつか浮かび上がる。「自分が出せるカードをいつもぱっと出しちゃうだけじゃなくて」私ならそうしてしまうが、それではいけないのだ。「……相手が不利になるように、カードを選びながらやるっていうこと?」

「そう。場に5がある。自分の手札には4と6。相手には7はあるが3がない。それなら4……と言う感じね。これを常に意識しながらカードを切っていくのよ」

 うっわ。それをほとんど一瞬でやりながら、手を動かしてたの? 私なら絶対間違って変なカードを出す自信がある。


「カウンティングはしないの?」月宮先輩が挙手した。

「もちろん理屈ではしたほうが有利なんですが」

 水谷さんが息を吸って、朝火先輩の顔を見据える。

「なにせ反射神経がものをいうゲームですので、あまり判断する材料が増えても不利だと思ってます。

 正直、朝火先輩の速度を相手にきっちりやる余裕はないです」

「なるほどねー。朝火は手先が器用だからミスも全然ないしね」


「あのー……カウンティングってなんですか」

 三人ともまるで当然の知識として話しているので、おそるおそる聞いてしまう。

「使ったカードを全部丸暗記しておくこと。私もさっきポーカーでやってたよ」

「出来るんですか? そんなこと。いや、理屈では出来るのはわかるんですが」

「トランプはジョーカーを抜かすと52枚しかないから、わりと簡単に行ける」

 きっぱり朝火先輩が言い切った。

「あれは、やろうと思うと案外出来るんだ」

「三人ともどこでそんなこと覚えてきたんですか!」

「本で読んだのよ」

「あたしは月宮にならった」

「私はSF小説で読んで、格好よかったから真似してみたんだよ。あやもツムツムとかはけっこううまいんだし、ちょっと練習すれば出来るようになるよ」

「ウソでしょ」

 そんな気はしない……。と言うか、みんなトランプが強いわけだよ。


 私がひたすら戸惑っている間にカードのカットが終わり、二戦目の準備が終わる。

「――スピード!」

 今度は朝火先輩が声を上げてゲームが始まる。

 やっぱりなにをやっているのかよくわからない! 考えながら動いているにしては早すぎるし、考えなしに動いているには、複雑すぎる。まるで熟練のダンサーたちの踊りを見せられているようだ。

 しかし一戦目と違うのは、一度だけ朝火先輩の手が止まったことだ。おそらくはその一瞬の差を詰められなかったのだろう。

 二戦目は水谷さんが勝利した。


「……これで一勝一敗ですね」

「なにが余裕はないだ。攻めてきたじゃん」

「やらないとはいってませんよ」

「うそでしょー」

 どうやら今回の勝負は水谷さんが「仕掛けた」らしい。

 カウンティングをしっかりやることは出来なくても、朝火先輩が使い切った数字が必要なように誘導するという事は、狙ってやれる。リスクも高いけど、それで少しでも朝火先輩が戸惑えば良し……ということのようだ。よくやるなぁ。


 しかしそもそも天文部でピクニックしてて、なんでこんなバトル漫画みたいな展開をやっているのか、全然わからない。この場面、明らかに双方決めゼリフをしてから、決戦に入るところでしょ。二人して黙って集中し始めたのが、不思議なくらいだ。


「――スピード!」

 掛け声とともに空気が三度弾けた。二人とも、今まで以上に集中した顔つきで、額に汗が滲んでいる。慎重に行くつもりは二人ともないらしい。全速全開、パンパン、パンパンとリズミカルに音が響いている。

 しかし、スピードなら当然危惧しなくてはいけなかった局面がついに訪れた。二人の手がついに空中でぶつかりあったのだ。


 バンッ! と言う鈍い音がした。まったく手加減なし、全力でぶつかりあった音である。


 これは痛い……それに衝突のはずみか、カードが折れている。

 折れたカードはクローバーのクイーンとハートのクイーン。再起不能だろう。


「ちょっと二人とも大丈夫?」

 二人とも右手を痛そうにパタパタ振り回している。

「突き指とかはしてないよね?」月宮先輩が心配して、二人の手を見に行く。

「これでイーブンでいいかな、水谷ちゃん。今の無効試合で」

「そうですね……」

 疲れきったご様子で。

「ありがとうございます。つきあっていただいて」

「気にするなよ。スッキリしておきたかったのはあたしもだからさ。なんかごめんな、月宮。トランプ台無しにして」

「そういや、私のトランプだったね。まあ、いいや。安いヤツだし」

 あっさりしたものである。まあどうみても百均のトランプだったしね。


「ねえ。水谷さんって、案外ムキになるタイプだったんだね」

「……そうよ。なんでもそう。ゲームはとくにそう。おかげでこの通りよ」

 なんだか溜まっていたみたい。この通りっていうのは、天文部に入ることになった「私との勝負」のことも含んでいるのかな。

「私の親は将棋好きなの。おかげで練習させられて、負けると感想戦みっちり。それが嫌で勝てるように練習したら、癖になったの」

「将棋、強いの?」

「まあ、そこそこ。中三の時には、ほとんど指してないから、弱くなってると思うけど。中学校の将棋部は、みんな弱くて話にならなかったから、入らなかったのよ」

「そうだったんだ……」


 それからみんなで国花苑をもう一周歩いて回った。もう夕暮れも近いとなると、少し陽のあたりが変わって、花は違う顔を見せる。どれも美しく感じた。

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