第25話
そして――やっぱりゴールデンウィークなのだ。ものの見事に帰り道は混雑してしまった。
「すまないな」と金城先生は謝罪するが、私たちは別にあんまり困っていないし、そもそも先生はなにも悪くない。家への連絡はLINE一本ですむし。むしろ「ゆっくり帰ってきてね」とスタンプで返信される始末である。
「どうせだから、ちょっとくらいみんなで星を見てから帰ろうよ」
などと月宮先輩が言い出してしまった。
「いいな。プラネタリウムの復習をしよう。ここらへんだとどこがいいかな」と金城先生。やっぱりこの人、わりと駄目な大人なのでは? 私が訝しんでいる間にも話は着々と進む。
「じゃあ学校の近くのサッカーゴールのある公園でどうです? 駐車場、隣のコンビニにありますよ」
「よし」
夜になるとやっぱりすっかり冷えこむ。みんな「寒い」とか「まだ冷えるね」と言ってる。だけど、コートが必要だった四月ほどではなくなった気がする。もっとも油断したら風邪を引くので気をつけるに越したことはない
仰げば、星。高さもないし、コンビニの近くで明るいから、そう特別感はないけれども、プラネタリウムの内容を復習するには十分な空だ。
まずは見慣れたたおおぐま座のことを意識して見つける――いた。今晩も夜空にいる。ちょっと前まではなにがおおぐまなのかもわかってなかったのに、今ではすっかり「おなじみのマスコットキャラ」みたいなかんかくになってしまった。
そこから描くべきは、春の大曲線。
北斗七星からゆっくり弧を引いてみると、珊瑚星と言われる、うしかい座のアルクトゥールスが現れる。赤みのかかった光で、どこか情熱的な印象がある。
そしてその先にあるのが、今日の問題児さんと同じ名前の乙女座のスピカだ。
今日は街が近くて空が少し明るいけれども、それでも見失うことがない、夜空の道標。
「意識してみると、スピカ、やっぱり青っぽいですよね」
「それなのに和名が真珠星というのは、実はちょっとしたミステリなんだよね」
「そうなんですか?」
言われてみるとたしかに。真珠星、と呼ばれるにはずいぶん青い。間違いではないんだろうけど……と少し悩んでしまう色合いだ。
「昔は和名がなかったらしくて、戦争のときにつけられたんだったかな……経緯がはっきりしないと聞いたことがある」と金城先生が言った。
「そんなことあるんですね? こんな有名な星なのに」
「だからこそ謎とされているんだよ」なるほど。
オレンジ色のアークトゥルスと青白い色をしたスピカ。アークトゥルスがとくに明るい星で目立つこともあり、この二つの星の対比は春の夜空ではとくに際立つ。それだからアークトゥルスを男性に、スピカを女性に見立て、二つの星を合わせて「夫婦星」とも呼ぶという。
なかなか詩情に富んでいる。
――ここで面白い話がある。
なんとアルクトゥールスはだんだんとスピカに近づいているんだという。これがわかったのは1717年のこと。あのハレー彗星に名前を残した、ハレーが気がついたんだとか。
「プラネタリウムでも言ってたね。でもね。五万年かけて接近し終わったらずっと一緒じゃないんだよ。そのあと、今度はアルクトゥールスは、だんだんと離れていくんだ」
「いい話だと思ったのに! 台無しだ!」朝火先輩ががっかりした声をあげる。
「寓話的って言うんですかね」水谷さんはなんか呆れた口調。
なんでそんなオチがあるのに夫婦星なんて名付けてしまったのかと思ったけど、ハレーの発見前にはもう夫婦星だったんだろうな。
「星空は永遠の代名詞みたいな扱いをされることもあるけど、案外ころころ変わるんだよね。実際ハレーが気がついたのも、昔の記録と自分の観測の位置が違うことに気がついたからって聞くよ」
「ハレーがそういうことに気がつけるくらいに、昔からの記録が正確だったという話でもあるな」と金城先生。「観測ミスでないと確信するには、それしかない」
「どういう解釈をするか、見る人間次第なんだよね」
いつもみたいにあははと軽く月宮先輩が笑う。
「私は夫婦星の話好きだよ。私たちの大先輩たちは、そういうのロマンチックなの好きなんだなってわかるしね。それに何万年も星を眺めていたら、そういうくだらない落ちがついたのって、面白くない?」
「確かに。話のスケールとしては天文ならではですもんね……」
私は自然と息を吐きだしていた。なんだか胸の奥にたまった温かいものがこみ上げて、そっと唇をなでていった。
笑い話のあとなのに、みんなしんみりした表情をしてる。
今日一日ずっと笑っていたからかもしれない。
今日はみんな、なんだか近づいた気がする。まだ、今は一年生の五月だ。いくらでもみんなと一緒にいる時間はあるように思える。でも、先輩たちはあと二年しかいないし。来週は部活お休みだし。
――月宮先輩と出会ってから、もう一月経過してしまうのだ。
スピカが待ち侘びる五万年も、私がこれから過ごす三年も、あっという間なのかもしれない。
でも、それと永遠の区別をどこでつけていいのかを、高校一年生の私は知らない。
「あ」焦った声を水谷さんがあげた。スマートフォンがバイブしてる。
「どうしたの、水谷さん? お母さんとか?」
「いえ。スタミナが溜まったって通知が着たんですけど、もうバッテリーがなくて」
本当にゲーム好きなんだ。思わずぷっと噴き出した。先生まで笑ってる。
「帰ろうか?」私が言うと水谷さんは微笑んだ「そうしようっか」珍しいくらいに柔らかい声。
それを聞いた朝火先輩が調子に乗った。
「途中まで一緒に行こうぜ、スピカちゃん」
「それ、絶対にやめてください。次は返事しません」
――にべもない。
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