第22話


 家に帰って、みんなででかけたいことを話すと、お母さんからはあっさりとOKが出た。お母さんったら、水谷さんだけではなく月宮先輩のこともすっかり気に入ってくれた様子である。でも先輩に対して「小さいのにしっかりしているお嬢さん」は失礼ではないだろうか。小学生を褒めるわけじゃないんだぞ。

 話している最中もLINEが鳴ったので確認したら、全員が大丈夫と決まった。みんな連絡が早くてエラい。

 

 ちなみに全然関係ない話なんだけど、LINEで「熱気球の撮影ってなんですか」って先生に聞いてみたら「熱気球の競技会がある」と教えてもらった。これまたずいぶん遠いところでやるので、とてもじゃないけど見にいけそうにはなかった。面白そうだったので、こういうときは大人の行動力が羨ましい。


 金城先生も熱気球を撮影するのは初めてで、どういう機材を揃えて持っていくのか調べたり試したりしたいらしい。写真が趣味というのも、なかなか楽しそうである。……ものすごくお金がかかりそうなので、とても真似できないけど!

 先生にはこういうことも教えてもらえるみたいで、ちょっと楽しくなってしまった。


 待ち合わせは学校ですませた。これだと私が楽ちんでいい。六日の雨のことがあるからなんとなく天気が不安だったけど、予報通りの快晴である。

 学校の周りに植えられているツツジがちょうど見頃だ。赤と白が両方植えられているので、なんとなくおめでたいカラーリングに見える。私は白のほうが落ち着いた感じがして、見ていて好きだ。


 思えば天文部に入ったばかりの頃には、花があまり咲いてなくて寂しかったのだけど、今ではすっかり賑やかになったなと思う。

 うちの周りで目立つ花といえば、他にはオダマキやスズランだろうか? そんな花々を時々スマートフォンで写真に収めながら校門前に行くと、私が最後で「一番近い人が一番遅い!」と言われてしまった。時間を確認したらうちから校門まで十分近くかけていたのに気がついてしまったので、笑って誤魔化した。……ノンキしてごめんなさい。


 今日はみんな春らしい服装をしていて、とても華やいでいる。

 とくにスーツではない金城先生は珍しい。とは言っても、ノーカラージャケットとパンツでまとめていて、セミフォーマルな印象だけど。

 美人に囲まれて私はもしかして、ものすごく得をしているのではないだろうかと、口に出したら怒られそうなことを考えてしまった。


 先生の車は大きめのセダンでちょうど五人乗りだった。体格の問題で助手席には一番背の高い朝火先輩、後部座席に私と水谷さん。その間に月宮先輩となった。月宮先輩が一番場所をとらなかったのでこの配置である(ちなみに本人が自主的に真ん中を選んだ)。

 並んで座ると私の肩の高さに先輩に頭が来る。体温があったかい。匂いもぬいぐるみみたいだし、うっかりすると抱っこしてしまいそうになる。

 今日は今までよりもガーリーなコーデなのもいけない。ドットスカートが可愛らしくて、お人形さんにしか見えない。


「ではまずはプラネタリウムですね。最初から下道ですか?」

「いや。ここで時間を使うと、科学館でゆっくり出来ない」

 なので、まずは高速道路で移動すると先生が言った。少し道が混んでいるけど、まだそっちのほうが早いらしい。


 今日も水谷さん、こまめにゲームをやっているので思わず「イベント?」と聞くと「うん……ちょっと好きなゲームとのコラボね」と返ってきた。なんにでも手抜きできない人なので、こんなところで忙しくなっちゃうんだな……高速はあちこちで電波が途切れるので、早めにスタミナを使い果たしておきたいらしい。スキップとかしにくいゲームらしくて苦労している。


 到着した科学館は確かに児童向けと言う感じだった。併設らしい児童公園では小学生くらいの男の子が元気よく駈け回っている。少し秘密基地や宇宙船めいたデザインをしていて、いかにも子供が好きなデザインだ。近くに海があるからか、ほんのりだけど潮の匂いがする。


 館内に入ると、ちょっと独特の雰囲気があった。いきなり手作り(アルミホイルを駆使している)のロケットの模型なんかが展示してある。見慣れたものだと、星ナビのバックナンバーがたっぷり三年分もおいてあった。ただの科学館と言うには、ずいぶんと天文よりだ。どうもJAXAの施設が近くにあることの影響が強そうだった。


「ほら、これをみてよ。ソユーズ宇宙船の破片だよ」

「ほんとだ、そんなもの、こんなところにあるものだったんですね」

 ロケットの巨大なモックアップ(こっちは手作り感のない模型のことね)とかも置いてある。

 市内にある博物館では、こういうのは見たことがない。あっちはもっと自然科学よりだったと思う。


 この施設、私の感覚だと、子供向けと言うには本格的だし、大人向けと言うにはあんまり予算が足りてないと言うところだろうか。全体的には手作り感がある――とは言え、わりと面白くて、しっかりと私たちは楽しんでしまった。

 とくに子供の頃に話題になったはやぶさの模型には、みんなで大いに盛り上がった。私は映画を見に行った記憶がある。


「ね、意外と楽しいでしょ」

「なんかロケットや人工衛星についても調べたくなりますね」

「宇宙ステーションも地上から観測出来たりするよ。ただの星にしか見えないけどね。今度調べてみる?」

「やりますやります」

「なんかそういうの、見えないんだと思いこんでたよ」

 朝火先輩は乗り気であった。私もである。

 こういう会話であっさりとテンションがあがるのだから、私もチョロい。


「――と、そろそろ午前の部のプラネタリウムだ。見逃すともったいない。入ろう」

 期待していたプラネタリウムは「春の夜空特集」だった。

 やっぱりこの前聞いたおおぐま座の話から入る。

 春の大曲線。北斗七星とアルクトゥールス、そしてスピカだ。うしかい座。おとめ座。からす座。大曲線にまつわる星座が描かれる。私は「大三角形」のほうが有名なイメージを持っていたんだけど、こうして見せられると大曲線のほうが実用的な感じだ。ゴールデンウィーク中に実践してみよう。


 これなら子供向け施設でやるには十分な内容だろう。子供以下の知識の私にはちょうど良いぐらいだった。ただ、仰向けになって緩やかな音楽が流れるものだから、ちょっと眠かった。誰のものかわからなかったけど、少し寝息が聞こえた気もする。


 散々盛り上がっておいてなんだが、施設そのものは狭いので、あんまり何時間もいられる場所ではない。

「プラネタリウムも見たし、お昼を考えるとそろそろ移動したほうがいい」と言う意見に従って、車に乗りこむ。今度は下道を使って移動である。


 次の目的地は日本国立苑。

 国立苑はその名の通り国立の公園である。色んな種類の草木が植えられているのだけど、この季節だと山桜などが豊富だと聞いている。終わったはずの桜をもう一度楽しめるというのはなかなかの贅沢な気分である。

 しかしなんどもお花見をしている気がして、我々はなんの集団なんだという気分になる。天文部だよ。園芸部とかじゃないよ。


 ――ちょっとした問題が起きたのは移動中の車内であった。

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