第21話

「あ、忘れてました。五月って国花苑に行ったときですから、まだ実績いくつかありますよ」

「そうだったね。あの時のプラネタリウムのチケットを買ったレシート、ちゃんと取ってあるはずだよ」


 それなら成果物としては問題ない。他の部活なら遊んでいると思われるかもしれないが、我々は天文部だ。ここは堂々と提出するべきだろう。

 ん。でも? 料理研究会がお菓子を買ったら部費で落とせたり、活動実績になったりするんだろうか? たぶん認められないよね。なんだか不公平な気もする……いいや、気にしないことにしよう。


「朝火先輩が部員として活動したのは、この時が始めてでしたよね」

「そうだね。遊びに行っただけだったんだけど」


 月宮先輩が壁にかかっている時計をみた。つられて私も見てみると、思ったよりもずっと時間がかかっていた。焦っている時と楽しい時は、時間が経つのが極端に速くなると思う。今はそのどっちだろうか。どちらにしろもうちょっと時間にはゆっくり過ぎ去ってほしい。


「一度休憩しようか?」

「賛成です」


 いつもどおりに先輩が電気ケトルでお湯を沸かしはじめると、少し部室が温まった気がする。夏がすぎさって肌寒い季節になりつつあるので、温かいものは嬉しい。

 しばらくするとクスクスという笑い声が聞こえてきた。


「思い出し笑いですか?」

「だってあの時は面白かったじゃない」

「私は先輩のせいで笑いすぎましたよ、思い出すだけでお腹痛くなりそうです」

 二人して顔を見合わせる。あの日の出来事なら、写真もいっぱい残っている。……そのほとんどが、ただの馬鹿騒ぎなので、成果物には出来ないという問題を抱えているけど。


 *****


 五月一日。

 放課後の部室に、制服姿で全員が集合した。二年生二人、一年生二人、それに先生も加えて合計で五人になる。こうなると思っていたよりも地学準備室は狭く感じる。これ以上人数が増えるとしたら、もうちょっと広い部室を出来ないか考えないといけないかもしれない。たぶんそんなことはないんだろうけど。


 今日集まったのは、ゴールデンウィークの一週間天気予報が出たからだ。これで天気がはっきりした。したのだが……私たち天文部が観測日として期待していた五月六日は、残念ながら全国的に雨の予報となってしまった。

 その日はみずがめ座η流星群。それほど華やかなものではないとは言え、この前のこと座流星群よりも数が期待できるとのことで、私はだいぶ期待してしまっていた。


「六日に観測は無理だな」

 と、金城先生が言ったが、それもやむを得ない。

 先生が持ってきたタブレットで当日の予想天気図を見るに、全然晴れそうにない。降水確率も100%。雨の日に見えもしない流れ星を待って、ずっと空を見上げているわけにもいかない。

 残念ながらお天気には勝てないのが天体観測趣味である。これでは日本のどこでもまともに観測はできないだろう。


「しかも六日以外はちゃんと晴れるんだな」

 不満げに朝火先輩が言った。彼女にして見れた最初の大きな天体イベントの観測チャンスだったわけだから、よけいに残念に感じるのだろう。

「普通のお出かけするクラスメイトは、だいたいいい天気だからって喜んでましたよ」

「そりゃそうだ」

「でも案外出かけないみたいな話をしている子もいました。もうすぐに中間テストがあるから遊べないみたいな?」

「三年生は、もう受験に備えるから出かけないという人も多いな」と金城先生が言う。

「中間テストはともかく、すぐに模試もあるから不安という生徒も多いみたいだった」

「三年生、もうそんな事になっているんだ。大変だなあ」


 確かにね。今年のゴールデンウィークはあまり長く休めるわけでもないし、真面目に勉強するのも手だと思う。


 でも不安がないように日頃から無茶苦茶頑張って勉強している自信があるので、私はせっかくのお休みは遊びたいというのが本音だった。四月の間はきっちり優等生を維持できたと思う。小テストの結果だっていつも悪くない。これに関しては水谷さんと一緒に勉強できるようになったのも大きい。


「でも来週はなんの活動もできそうにないし。遊ぶなら今じゃないか?」

 いいぞ朝火先輩!

 心のなかでエールを送る。そう、遊ぶなら今。ゴールデンウィークこそである。

「小日向ちゃんはなにか予定あるの?」

「私は全然やることがないので、どう引きこもるのか検討中です。このままじゃゴールデンウィーク、ずっと家で一人きりですよ」

 何を隠そう、私のゴールデンウィークの予定は、六日の雨でなにもなくなってしまった。天体観測だけではなく、すべての予定が、ない。なにせ我が家は現在、お母さんと私の二人暮らしである。なんか無理に出かける気分にはならない。

「私もやることがないなぁ」と月宮先輩がパタパタと手を振る。


「あれ……? もしかしてみんなゴールデンウィークの予定ないんですか?」

 軽い気持ちで言ったら、場が沈黙した。


 ミーティング開始前に淹れたコーヒーやカフェオレを飲む音がだけが部室に響く。

 え、誰か一人くらいなんかないの? マジで? ウソでしょー?

 高校生が四人も集まってそれ、ちょっとそれなくない? いや、家族や友達と一緒にどっか行くとかないんですか?

「……親が忙しかったりすると、ゴールデンウィークなんて、どうしてもないよね」

 うんうんと月宮先輩が頷いた。

 これは本当に誰もいない空気である。

 さすがに気まずいのか月宮先輩、私たちの顔を端から見渡す。


「……なんか天文部員全員ででかける日、一日くらい作る?」


「いいね。あたしは賛成」

「私もいいと思います!」

 やったあ! さすが月宮先輩は私の秘めたる願望をきちんと把握してくれている。マジ天使ちゃん。私にとってはゴールデンウィーク最良の提案に近い。渡りに船とはこのことだろう。

「まあ、このメンツなら私も嫌ではないですけど、交通手段とかどうします」

 水谷さんがもっともな意見をする。


 水谷さんは今日はスキあればスマートフォンをいじっている。両手でしっかり構えてるからなにかのゲームだと思うんだけど、随分熱心だ。……ゲームのゴールデンウィークイベントだろうか。その話で盛り上がっているクラスメイトは少なくなかった。

 ミーティングが始まってからは手を離しているけど、その直前まで真面目な顔でずっとプレイしていたし、スタミナをきっちり使い切ってたんだと思う。

 これはこれでゴールデンウィークを満喫する体制と言えるのかもしれない。


「ちょっと遠出するにも、交通手段、電車ですか? けっこうお金かかりますよね」

 往復を考えると、高校生のお小遣いではあまり遠出はできない。

 その時だ。妙に静かにしていた金城先生が、スケジュール手帳を見ながら言った。

「私は五日は熱気球を撮影しに出かけるから、三日か四日がいいな。車は私がだそう。高速道路代なら持つぞ」

「先生はなんでも撮影するんですね?」へえ、と月宮先輩が驚いた。

 ……もしかして先生も、ゴールデンウィークあんまりやることがないんですか? いや、公立の学校の先生が暦通りに休めるのってすごく大切なことの気はするので、いいことなんですけど! それと熱気球撮影ってなにやるんだろう? それはそれで興味があるんだけど?


「部員全員でも、私の車になら乗れるぞ」

「それ、学校から公私混同って怒られませんか?」

「なので、部活動と言うことにする」

 あ、金城先生、本気の顔をしている。

 もっと真面目で厳しい人という印象だったんだけど、金城先生、意外と面白い人だったんだな……。

「いいですね。それなら部活動の実績増やせますし! みんなそれでいい?」

「文句なし! あたしは特に、今までなんにも参加してないんで、自分の実績作りたいですし」

 部活の実績作りは案外大変だと、他の部活の子にも聞いたことがある。実績の少ない部は部費などに関わってくるらしい……それなら作れるうちに作っておいて損はないかな? そう思うことにした。


「先生が同行してくださるなら、遠出でも、うちの両親も納得してくれると思います」

「じゃあ天文部の活動になるようにするか……しかし天体観測するタイミングがあるかは微妙だな」

「それなら、プラネタリウムはどうです?」と、月宮先輩が先生のタブレットの地図を指差した。

「確実に天文部の部活動をしたと言えて、ルート的に観光地に行くのに無理がないのは、あそこくらいじゃないですか?」

「なるほどな……よし、それにしよう」

 金城先生が画面の中にピンを立てた。


「プラネタリウムなんて県内にあるんですか?」

「あるよ。ちょっと児童向けの施設なんだけど、宇宙関係に力を入れている科学館があって、そこにある。なかなか馬鹿にしたものじゃないし。ちょうど春の星座特集とかやっているはずだから、勉強にもなるよ」


 そんなところがあるとは知らなかった。ちょっと楽しみが増えた。

 聞いてみたら市内には大きな天体顕微鏡を設置している場所もあるとのことで、これもいつか行ってみたいところになった(なおゴールデンウィーク中はお休みらしい)。


「いっそ桜前線をおいかけて、お城行くのは?」

 気軽に朝火先輩が提案するけど「県外ですよね? それ片道で何時間かかるんでしたっけ」と不安になって聞いてみた。

 田舎はちょっと遠出をしようとすると、高速道路で何時間と何千円もかかってしまうので、どうしても及び腰になってしまうのだ。


「前にあたしが家族といった時には、そんなすごい時間にならなかったと思ったけどな……あれどのくらいかかったかな。他に誰か行ったことない?」

「高速を使えば、順調なら二時間ちょっとのはずですね」

 そう水谷さんが答える。もっとかかるかと思ったら、思ったよりは時間がかからない。それならちょっとありかもと思ったんだけど。

「却下、無理だな」

 金城先生、ずいぶん険しい顔で却下する。


「ゴールデンウィークだぞ。高速道路は倍の時間を見積もったほうがいい。まして観光地に行くなら渋滞は覚悟しないといけない」

「それは先生が死にますねー」

 あははと月宮先輩が笑う。わりとこの二人、仲がいいなと思う。先輩と先生しかいなかった時期があるからかな。


 月宮先輩、思案顔。数秒考えてから口を開いた。

「同じコンセプトなら日本国花苑はどうかな? ゴールデンウィークでも激混みしないみたいだし」

「あ、悪くないですね」

 わいわいと相談して、四日の朝からそこにおでかけでいいんじゃないかなと言う結論が出た。

「じゃあ先生と朝火先輩もLINEグループに招待しておきますね。二人ともID教えて下さい」


 天文部おでかけLINEグループは先日作ってあるので、それをそのまま利用することにした。ちなみに天文部のLINE登録名はまちまちだ。全員本名なんだけど、フルネームだったり名字だけだったり、名前だけだったりする。私はシンプルに「あや」である。

 SNSのアイコンとか名前は、わりとみんなの個性が出て私は見るのが好きだったりす

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