第18話 幽霊部員と部活動

「いわゆる幽霊部員だけどな」

「ええっと。月宮先輩の他に部員ですか? いたんですか? 今まで聞いたことがなかったですね」


 ……なにをしているのか、外からはあんまりわからないタイプの文化部。部員のノルマとかもない。うん……幽霊部員をするには、もってこいの部活なのは間違いあるまい。


「今日は月宮にノート借りに来ただけなんだ。部活の邪魔をする気はないよ」

「いやあ、天文部員なんだから、別に部活動していっていいんだよ、朝火」

 そもそも今日は活動日じゃないんだけどね。と、月宮先輩、自分でツッコミをいれた。

「ノートは授業にいなかった分だよね? というとこれでいいかな?」

「うん。返すのは明日でいいかい?」

「オッケーだよ」

「サンキュ、学年三位様! 騒がせて悪い。じゃあね!」

 颯爽。その表現にふさわしい足取りで、朝日先輩はあっさりと帰っていった。


 しばらく呆然としていたら、いつの間にかティファールから白い湯気が立っていた。

「……で、お湯が沸いたけど、私に聞きたいことはあるかな?」


「あります! ありますよ! なんで部員がもうひとりいること、隠してたんですか! あと、朝火先輩には私たちのこと話してるんですか!」

「とりあえずその二つに答えればいい? でも全部話すのは無理だよ。話に一年かかっちゃう」


 三人分のコーヒーを用意して、月宮先輩は説明してくれた。

「まず一個目だけど、最初はなんとなく言いそびれていただけだよ。隠していたわけではないんだ。実際、あやにも水谷にも、私以外に天文部員はいないなんて言った覚えはないよ」

 思い返してみると、これは確かにそうだ。

「水谷が入部したあたりで言えばよかったんだけど、こっちにも事情があって。それで朝火が顔を出す今日まで、言い出せなかった。ごめんね!」


「それはわかりましたけど」うーんと唸り「今までどうして朝火先輩に会わせてくれなかったんですか? 仲もいいみたいじゃないですか」

「学校観測にも誘ってみたんだけど、断られたんだよ。この時、新入部員として二人が入ったことはちゃんと説明したよ。

 ほんと、今まで会わせる機会も作ってやれなくてごめんね。あとは朝火への義理があるから細かいことは話せないかな。もうちょっとしたら話せると思うけど」

 含みのある言い方で、すっきりしないけど……まあ、事情があるみたいだし、これ以上追求するようなことでもないかな。


「では、学年三位の方はどうなんですか?」

 ……そこに食いつくのね、水谷さん。

「歴然たる事実だよ。言ったじゃない。天文部で勉強ばっかりしてたら成績が上がったって」

 さらっと言い切られてしまった。

 私たちも成績があがるんだろうか? そうだといいな。


 ――あくる水曜日。

 私はワクワクしながら部活に行った。

「じゃあ、今日は約束通り天体望遠鏡の練習するよ」

 月宮先輩の宣言に「待ってました」と浮かれた私たちは、重い望遠鏡と架台を担いで屋上に移動した。一人で一式運ぶには重いものなので、手分けしないとならない。


 午後の屋上はずいぶんと温かい。冬服だと暑いくらいである。これから段々寒暖差が開いていくので、着るものには悩むようになる。今日も朝は寒かった。


 さて、まずは準備。天体望遠鏡を組み立て、設置する。今日は月宮先輩がさくさくやってくれたけど、当然、自分でできるようになるようになるんだよ、よく見ておいて。と、言われた。


「月宮先輩の望遠鏡と学校の望遠鏡、けっこう違いますよね」

「私のは反射式望遠鏡で、学校のは屈折式望遠鏡だからね」

 説明はいる? という表情だったが、さすがにそのくらいは予習して覚えてきた。

「たしか直接覗き込むほうが屈折式望遠鏡でしたね。直感的に操作できるとネットで読みました」

 水谷さんが言って、月宮先輩が満足そうに頷いた。


 そう言えば水谷さん、ちゃんと天体望遠鏡を見るのは、はじめてじゃないかな。……今まで機会はなかったはず。

「体で感覚を覚えるにはまずは屈折式のほうがいいと思う。こっちのほうが直感的に扱えるからね」

 そう先輩が言うのなら、これで練習するのが賢いだろう。


「まずは目標はあれだよ」

 先輩が指差すのは、屋上からよく見える送電塔のてっぺんである。住宅地を挟んだ向こうにあるもので、特に障害物なんかはない(当たり前だけど、雲も気にしなくていい)。

 だから、なんだ、その程度なら楽勝だと思ったのだけど。


「意外と難しい!」


 すぐに私と水谷さんは悲鳴を上げる羽目になった。

 ……実は「天体望遠鏡なんてやり方わかっていれば、そんなに練習いらないんじゃない?」と侮っていたのだが、全然そんなことはなかった。


 私の場合、まず慣れないのは「視界が逆さまになる」ことだ。常に「違う、右に動かしたいときには左」みたいに自分に言い聞かせないと、ついつい反対方向にぐいっとやってしまう。直感的に操作しやすい方でこれである。


 しかし水谷さんは比較的すぐに反転操作を覚えた。どうしてと理由を聞いてみると「ゲームとかで上下逆のやつが多いからかしら。なんとなく、出来るわよ」と返ってきて驚いた。

 話を聞いたらけっこうゲームで(それもアクションゲームとかを)遊ぶんだとか。自分の部屋にPS4を持っているらしい。ちょっとお嬢様っぽいルックスからは意外な趣味である。


 そして二人とも引っかかったのは、右目で覗き込むと、左目を閉じてしまうことだった。これはNG。両目をあけたままが正しいそうだ。カメラのファインダーとかも同じらしい。知らなかった。やってみると全然慣れない。


 そしてピントを合わせるのも、予想よりもはるかに難しい。顕微鏡とはかなり違う。思いきりぐりぐりと動かさないと全然あわないので、混乱する。


「実際の天体観測だとさらに判断に悩むよ」

「ウソでしょー……」頭を抱えてしまった。

 月宮先輩はどれもずいぶん簡単にやってみせるけれども、最初はとても真似できそうにない。来週もみんなで集まって練習をしたいなと話した。けれども時間をとるのはわりと難しそうだ。


 ……いや、これちゃんと望遠鏡を操作できるの、ほんとに一年後くらいになったりしないよね?


「金曜日はどうするんですか?」

「その日は私、ちょっと家の用事があるんだよ。早く帰らないといけない」

「それなら私も丁度良いので休みます。急いで帰りたいので」


 それなら仕方ない。その日は自習でもして過ごそう――私には天文部くらいしか放課後の用事がないの、ちょっと人としてまずく思えてきた。


「ちなみに慣れてきたら運動部の人とかで、ピントを合わせてみる練習をするよ」

「えっ。陸上部とか野球部とかですか? それ怒られないんですか」

「確かに練習にはなりそうですが、嫌がられるのでは?」

「もちろんちゃんと断りをいれないと怒られるときもあるので、そう言うことはしっかりやるよ……でも、確かに本当気をつけよう。ネットで調べたら、望遠鏡の練習が原因で、覗き部って言われている学校、あったからね」

「うわあ……」

 さすがに引き攣った顔になった。あまりにも不穏なあだ名である。私達はそうならないように気をつけなくてはならない。人間としての尊厳に関わる。


 それから三人して部室に戻った。もちろん望遠鏡も部室に持ち帰る。

「ただいまー」どうせ誰もいないだろうと、ノックもせずに扉を開けてしまったのだが「おかえりー」と返事があった。


「あれ。朝火、今日もきてたの?」

 机に腰掛けて、雑誌を読んでいるだけなんだけど、スタイルがいいのでそれだけで絵になる。爪先が床に触れそうだ。これが月宮先輩なら完全に宙ぶらりんである。


 朝火先輩も、この部屋で完全に寛ぐんだな。

 キチンと星ナビを棚に戻してから、朝火先輩は月宮先輩に話しかける。

「月宮。例の件だけど」

「その話、今するんだ?」

 月宮先輩がちょっとだけ不満そうな声をあげた。それに構わず、朝火先輩は、こう言った。


「あたし、やっぱり陸上部をやめたから、これからよろしく」

「ああ、わかったよ。それじゃあこれからよろしくね」


 ……話の雲行きが怪しい気がする。なにがよろしくなんだろう?

 不安になって水谷さんと顔を見合わせる。あちらもやっぱり、難しい顔をしていた。すると、朝火先輩が声をかけてくれた。

「あたし、兼部で陸上やってたんだよ。そっちを辞めることにしたんだ。月宮には前から相談してたんだよ。

 これをはっきりさせるまで、天文部にも顔をださなくていいって言ってくれてね」


 ああ、月宮先輩が言ってた「義理があるから細かいこと話せない」って、このことかな。


「あたしは喘息なんだ」

「もしかしてそれで病院にいたんですか?」

 我ながら失礼なことに、それを聞いてしまった。でも朝火先輩は全然気にする様子じゃない。

「うん。そのとおり。あの病院、スポーツ内科の相談にも乗ってくれてるから。

 で、それがちょっと悪化しちゃったんで、大事をとって辞めるだけ。それだけでのことで、別に大きなケガや病気をしてもう無理だとか、そんな話なんかじゃないから、気にしないで」


「そうすると――これからはもう少しこちらに来られるんですか?」

「本格的な観測はともかく、日中は時々顔を出すようにするつもり。約束する」水谷さんに真面目にそんな話をする。誠実な表情で、私はそれを「スポーツマンらしい」と感じた。

「という事は、これからは四人での活動も多くなるんですかね」

「まあたぶんあたしの素人っぷりに、みんなを驚かせちゃうと思うけどな」

「今年から経験者が私一人になったから、これからやりかたはかんがえないと」

 金城先生にも相談しないとなあと、月宮先輩はぼやいた。


「……ところであや」

「どうしたんですか、月宮先輩。真面目な顔で?」

「顔、赤いよ? 熱でもあるんじゃない」

「え?」

 言われてみると、おでこが熱い気がする。あれ……もしかして。熱がでちゃった?

「小日向ちゃんまだ風邪治ってなかったんじゃない? 屋上、寒くなかった?」

 ……今日一日やたら寒かったり暑かったのは、風邪のせいでもあった?

「すみません、声が治ったので大丈夫だと思ってて、油断してました」

 バカは風邪引かないというのは絶対にウソだ。バカだから、風邪を悪化させるのである。

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