第17話 抹茶クッキー

 ちなみに日曜日は私たちは全員が筋肉痛に襲われていて、てんで駄目だった。お花見のために作ったグループLINEで「死んでる」「痛い」「辛い」「明日学校にいけるかな」などと送りあった。


 日常的に運動する人には信じられないかもしれないけれども、まったく運動しない人間が三百メートルも全力で走ると、あちこちが筋肉痛になるのだ。足だけではすまない。特に私はひどかった。実は今日は体育の授業が一時限目で、それを休めてホッとしていた。筋肉痛がぶり返したら地獄を見る。


 日頃の運動不足、あまりにもあまりでないか。

 考えるまでもなく、私は通学の距離が短すぎるのである。運動不足になって当然だ。少しくらい散歩したりしたほうがいいかもしれない。

 早朝ランニングまではしないにしても、だ。


 そんな体力不足の私だと、風邪ひきで授業を集中して受けるとやっぱり疲れる。こういう時は部室でお茶をして、体力の回復を図りたい。

「今日も部室行くの? ならいっしょに行きましょ」

 水谷さんもこう言ってるし、本当は火曜日だから部活はないのだけど、あまり気にせず部室に行くことにした。どうせ先輩もいるはずだ。


 やっぱりどこかほこりっぽい渡り廊下を渡って、地学準備室へと向かう。掃除している様子はあるんだけど、あんまりしっかりは掃除されていないみたいなんだよね。

 いちおうコンコンと二回ノックしてから、扉をあける。

「失礼しまーす……あ。月宮先輩もういる、今日早いですね」

 私たちが来ることを予想してか、マグカップまで並べてある。

 部室は前よりも少し整然としてくれた。自分たちで整理したおかげで、ここは自分たちの部屋だという気持ちは強くなった。


「あや、ちょっと喉の調子が悪い? 大丈夫?」

「風邪、引いたんですよ。今日はお医者さんに行ってからきました」

「それなら、今日は別に活動日じゃないんだからもう帰りなよ。解散するよ。水谷もいいよね」

「お茶してからにしませんか? 小日向さんがかわいそうですし」

「仕方のない子たちだなあ。おやつはどうする?」

 そうだなあ。どうしよう。今日はちょっとほろ苦系がいいかな。荷物もおいて、私はすっかり寛ぐ体制に入った。

「抹茶のクッキーはどうでしょう。この前、水谷さんが持ってきてくれたやつ」


 そう私が提案したところで、地学準備室の扉がノックもなしに開いた。ここに入り浸るようになって約半月になるけれども、こんなことは始めてなので驚いた。でも、もっと驚いたのは、そうやって入ってきた人に、見覚えがあったことだ。


「へ?」

 思わず間の抜けた声がでた。それを聞いたあさひ先輩がこちらの方をみて大声をあげた。

「あー!」

 声の大きさが違っていただけで、私も同じリアクションなので、攻めたりはできないんだけど。……そこまで驚かなくてもいいんじゃない?

「あさひ先輩、偶然ですね」

「なんだ、二人、知り合いなの?」

 月宮先輩、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。二重まぶたをぱちぱち、眉毛がゆれる。

「今朝、病院で知り合ったんですよ」

「学校の近くの内科の方だよ」わざわざあさひ先輩が言い添えた。

「それは偶然もあったもんだね。話したよね? そっちが小日向で、静かにしている方が水谷だよ。一年生」

「はじめまして、あさひ先輩。……旭区の旭ですか?」そう水谷さんが聞くと、顔の前で違う違うと手を振った。

「うーん。わりと珍しい名字だからな、わからないか」


 言いながらあさひ先輩、黒板の前に移動した。

 赤いチョークをわざわざ選んで、でっかく自分の名前を書く。

「これで朝火だ。よろしくな」

 朝火。猛々しい印象だ。

 地元っ子の私が、このへんでは聞いたことがない名字だ。この辺ではあさひと言えば、旭が多い。

「新入部員、本当に入ったんだね」

 そんな話をするくらいに月宮先輩と仲がいいんだと、驚く。ちょっと意外な組み合わせである。

「朝火は天文部部員なんだよ」


「――はい?」

 月宮先輩の説明に、カエルが踏んづけられたみたいな悲鳴をあげてしまった。

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