第13話 "トラブル"

「二人は写真を撮ってみたいとか思わない? 学校のホームページに載せるなんて言う選択肢もあると思うけど」

「私はやってみたいかもしれません。どうせ興味を持ったのだから、形にしたりするのは面白そうだと思います。文化祭の展示とか、面白いのを作ってみたいですね」

「んー……」

 水谷さんがすらすら答える横で、私は首をかしげる。

 写真を撮ることそのものは面白そうではあるんだけど、金城先生みたいにそれを雑誌に載せたいかなって思うと、違う。

 自分の写真が雑誌に載るところを想像しても、胸が熱くなったり、興奮したりはしないのだ。

「私は自分が楽しめれば、それでいいかな?」

 月宮先輩はそんな私の目をみて「あやはそうだよね」と告げた。水谷さんもなんだか納得した顔だ。

 自分でもよくわかっていないのに、二人はずいぶん納得したふうだ。まあ――二人は私にとっては魔法使いも同然。だから、きっと私より私のことがわかるんだろう。


「しかし」月宮先輩が危惧を口にする。

「今日は雲があるのが少し心配だな。天気予報でも晴れとなっていないし。夜にはきれいに晴れてくれるといいんだけど」

「雲がでると、やっぱよくないのですか?」

 始めての観測で不安なのだろう、水谷さんが不安そうに尋ねた。

「場合によっては全然見えなくなっちゃう。今日はそれなりに粘れる時間はとってあるけど、最後まで流星が見られない確率もあることは、頭に入れておいたほうがいい。

 天体観測というものにつきもののトラブルなんだよ。

 天気ばかりはどうしようもない。

 だから二人とも、夜は晴れるように流れ星にでも祈っておいてよ。声に出して三回だよ」

「これから流れ星を待つんじゃないですか!」

 月宮先輩が私のツッコミに、あははと軽く笑ってみせるが、声はわりと本気のトーンだった。

 公園には神社もあるから、手でも合わせておいた方が良いかもしれない。でも混んでそうだな――それで結局お祈りしなかったことを、あとでちょっと後悔した。


 それから三人でちょっと歩き回った。

 目的はもちろんお花見の屋台である。少ないお小遣いでなにを食べるのか散々迷った末、粉物の誘惑に私たちは屈した。たこ焼きとお好み焼き、ソースの甘い匂いが食欲をそそる。

 女子が三人集まるとなんでもシェア出来るのは強みだ。これでもう満腹と言い合ったところで……私はチョコバナナの誘惑にも屈した。

「今日はいっぱい運動したからセーフですよね!」

「ここまで登っただけじゃない?」

「小日向さんは、そう言うところダメよね」

 ストレートに言い切られた。さすがに少しだけしょげる。水谷さんも月宮先輩もしっかりしているもんな。二人のおかげで、私が多少マヌケでもトラブルの心配はない……と、思っていた。


 しかしまさかのトラブルは起きた。 


 トイレから出てきた水谷さんの様子が変なのだ。どうしたんだろう。

 しきりに足元をきょろきょろとしながら、私たちのところに戻ってきた。

「どうしたの?」

「その……」声をかけた私に視線を合わせてくれない。そしてうつむいたまま、慌てた声で言った。

「鞄に入れておいた生徒手帳が、ないの」

 水谷さんでもこんな失敗をするときがあるのかと、まず、驚いてしまった。

「家に忘れてきたということはない?」

「さすがにそれはないわ。確かに鞄に入れたもの」

 ここで顔を上げる。本人なりに冷静になった様子だった。

「今日、いつ鞄を開いたのか覚えてる?」と月宮先輩が言う。

「落ち着いて探せばきっと大丈夫。見つからなかったら私からきちんと先生に説明をするから、心配しないでいいよ」

「公園についてから鞄を開けたのは、お弁当をだした時と、たこ焼きを買った時だけです。家を出るときに持っていたのは間違いないです。いつからなかったのかは、わかりません」

 整理された答えを返す。もうすでに頭の中でまとまっていたんだろう。

「それなら……駅で切符を買ったときという可能性はないかな?」

 うちは田舎すぎてSuicaとかは使えない。私の地元の駅に自動改札が導入されたのも、つい最近だ。だから定期のない私たちは全員切符を買った。その時にも財布は出したはずだ。

 口元に手を添えて、何秒か水谷さんが考え込んで、首を振る。

「……ごめん、覚えてないわ」

「それなら仕方がないね」


 まずお弁当を食べたところに戻って、地面を探して歩いてみた。三人でよく確認してみたけれども、ここではなさそうだった。

「そうだ。確か、お花見の落とし物の受付ありましたよね?」

「公園の入口だっけ? そこにも行ってみようか」

 普通に落とし物をした可能性は十分にある。財布なんかだとさすがに戻ってこないと思うけれども、ものは生徒手帳だ。拾って得する事と言えば、水谷さんみたいな美人の写真がついている事くらいである。私ならちゃんと届けるから、そこそこ可能性はあるだろう。

「わかりました。そうしましょう」

 諦めがついたみたいな、落ち着いた顔で水谷さんが頷いた。

 そう決めて歩きだしたら、急に風が出てきてなんだか不安になる。もし水谷さんだけ、参加できないことになったら、やっぱり寂しいな。出てくるといいな。


 ――しかし受付には届いていなかった。まさに暗雲立ちこめるだ。頭上を仰ぎ見ると、赤く染まり始めた空ににかかる雲が厚くなってきたように見える。

 生徒手帳を誰かが持って返ったとは考えにくい。公園を探すのは諦めたほうがいいだろう。ちょうど予定だと、公園から引き上げる時間でもある。そろそろ移動しないと電車時間が危ない。


「月宮先輩、今のうち金城先生に連絡は出来ませんか?」

「金城先生の連絡先、知らないんだよね。とりあえず学校に電話してみようか」

「お願いします」

 月宮先輩が手際よく連絡してくれた。ほんの数分で状況は先生にちゃんと伝わった。

「はい、わかりました。ありがとうございます。はい、失礼します」

 こうしてキチンと挨拶してると、先輩の声だとえらく大人っぽい。

「――金城先生がちゃんと警備の人に連絡しておいてくれるって。そのうえで時間には校門で待っていてくれるって言うから、お言葉に甘えちゃおう。たぶんちゃんと中に入れるよ」

 礼儀正しく、水谷さんが頭を下げる。

「なにからなにまで、すみません。今日は私、小日向さんと先輩に甘えきりですね」

「いいよ、このくらい気にしないで!」

 そもそも、部活もお花見も、私が水谷さんを巻きこんだわけだから、落ちこまれてしまうと困る。


「とりあえず、来た道を戻って帰ろう」と月宮先輩が手招きするようにして歩きだした。

「そうですね。そうしましょう」

 私たちは夕暮れの公園を後にする。もし落ちている手帳を見つけることができればと思ったが、そうはいかなかった。

 坂を降りるにつれて太陽は沈んでいき、駅についた時にはすっかり日没していた。今日は昇るのは遅い時間だと言うから、月はまだ出ていない。だから余計、暗く感じた。


 そしてトラブルは続いた。

 駅についてみたら――電車が止まっていたのだ。中央改札口の電光掲示板の前で、かなりの人数がどうしようかと相談している様子が目に入った。

「これはまずいね」

 もしも一時間程度遅れるとすると……家による時間を含めて計算すると、ぎりぎり学校への集合時間に間に合いそうにない。

「よし、もうバスを使っちゃおう。二人ともそれでいい?」

「わかりました。西口からの直通バスがあるはずです」

 こうなると、バスもかなり混んでいるだろうが仕方がない。三人でバス乗り場に急いだ。バスだと財布の中身には三倍ダメージなのだが、これはもう仕方ない。田舎はバス代も高いのだ。

 スマートフォンで路線検索をして確かめてから、一番早いバスの出るターミナルに並んだ。ついでに二十時にアラームをセットした。これが鳴る前にたどり着ければセーフということになる。


 ――あとでわかったことだが、この日、線路火災が起きていて、それで電車は止まったそうだ。新幹線も止まってしまったために、かなりの人数に影響が出たらしい。それで駅は混雑してしまったそうだ。

 電車ではなく、ディーゼル線の方はそれなりに早く復帰したらしかったが、それに私たちは気がつかずに、バスに乗り込んでしまった事になる。


「バスが来る前に、私、うちに電話しちゃいますね。夕飯は時間的に厳しいって」

 三人で相談した結果、晩御飯は諦めることにした。お昼散々飲み食いしたんだからなんとかなる。私が欲張ってチョコバナナを食べたのは結果的に正解だった。

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