第12話 桜と卵焼き

 それから、三人で機材の準備と整理を始めた。

 ホコリが出るだろうからと、みんなでジャージに着替えて窓も開けた。日差しは暖かくとも風はまだ冷たいので、ちょっと寒い。

 まずはロッカーを開けて探索を開始……開始から三分程度で、この部室、見えないところにずいぶん色々押しこんである。と言うことがはっきりわかってきた。「友達が来るからと、押し入れにものを詰めこんだ」みたいな整理のされ方だったのだ。

 もう少しちゃんとしないといけないと私でも思う。


「天文部には貴重品が多いですから、こんなに雑なのダメでしょ」

 そういう水谷さん、なかなかの迫力である。そう言えば中学の時から整理整頓が上手だった。手早くゴミ袋に明らかにいらないゴミをつめこんでいく。

「歴代の先輩たちが、手を抜いていたツケを、私たちが支払っているんだね」

 月宮先輩が妙にシリアスに言う。

 だけど部員を募集しなかったということは、そのツケを踏み逃げする気だったのに違いない。私は騙されないですからね?


 ロッカーの上からおろしたレジャーシートは六人くらいで使えるでっかいやつで、よくこれを折りたたんで収納していたなと感心してしまった。……私たちでもとに戻せるだろうか。ダメだった時にはその時に考えよう。

「そう言えば、だいたいお花見の準備に必要な道具って、天体観測と被ってない? 私は双眼鏡、お花見にも持参しようかな」

「でも三人でこのレジャーシートもおおげさなので、使い回しはなしですよね」

「アウトドア用椅子って組み立てどうするんですか?」

「なんかけん玉が出てきたんですけど、これ、天文部となんの関係があるんですかね?」

 ――そんなことを話しながら、あらかた片づけたら今日もすっかり夕方になった。さすがに汗くさくなってしまったので、帰宅してすぐにシャワーを浴びた。ジャージも洗濯機にシュート。

 それからお母さんに当日の夕食のことを話すと「水谷さんもくるのね」と、嬉しそうに言われてしまった。中学の時から美人の同級生と思っていたんだとか。


 金曜日にはもう一度集まり、当日の予定を詰めた。

 私の地元の駅(つまりは学校の最寄駅)で待ち合わせ、それから一駅先の目的地まで電車で移動、公園でお花見。と、言うのが昼の部の計画である。


 なおここは田舎なので、一駅と言っても歩くと一時間半くらいかかってしまう(これはGoogle マップ調べなので、たぶん私が歩くと二時間以上かかる)。


 学校への集合は二十時の予定だが、ちょっと余裕をもって行動予定を立てたのが夜の部の計画。十八時半の電車で戻り、その後我が家でカレーを食べて、みんなで制服に着替える。

 そのまま学校へ移動――それで学校観測の始まりとなる。

 なお月宮先輩と水谷さんの制服やコートは日中邪魔になるので、それは駅のコインロッカーに放りこんでおく。


 うん、計画は完璧。

 あとは屋上前の踊り場にレジャーシートや双眼鏡、それに使い捨てカイロを用意しておいた。アウトドア用椅子も見つかったけど、今回は出番なし。


 そして当日の朝になった。天気は快晴とまではいかないが、すごしやすい陽気である。

 家を出るぎりぎりまでコーデを検討していたが、お花見をするのは高台にある公園なので、結局動きやすい格好にした。春色を使うことだけは譲れなかったので、カーディガンはピンクだ。

 約束の十一時半に駅につけば、すでに二人とも待っていた。水谷さんはブラックスキニーにホワイトシャツのモノトーンコーデ。美人が強調されて眩しい。一方で先輩はオレンジのスニーカーにデニムと明るいカラー選択だ。相変わらずワンポイントがかわいいし、シルエットも女の子してる。


「水谷さんもコートと制服用意した? 手袋は忘れてない?」

「大丈夫。全部こっちの鞄に詰めたわ」そう言って大きめのリュックを見せてくれる。

 予定通りに荷物を駅のコインロッカーに仕舞いこんで、移動開始だ。

 電車はちょっと混んでいて座れなかったけど、お弁当が潰れるほどではない。おかげでなかなか上機嫌に目的地に降りた。そこから五分くらい、けっこう急な坂道を登る。


 ちょうど太陽は真上だけど、少し雲が出ているので、直射日光にはそれほど悩まない。まあ日焼け止めはしっかり塗ってきたけどね。

 下からはピンクの帽子をかぶっているように見えた公園は、坂道を登るにつれて桜とツツジの林なのだとわかってくる。

 昔は真っ白なお城がこの上にあったらしいが、火災によって焼失したと小学校で習った。現存していれば、さぞかし幻想的な光景だったろうに。


 途中、甘味処の誘惑などもあったけど、それは振り切って公園に到着。

 子供ならステップでもしそうな天気だ。なかなかの人ごみだけど、女の子三人で座れないほどではない。持ってきたシートを広げて水筒のお茶で乾杯した。

 屋台の匂いがプンプンしてお腹がなってしまいそうで、まずは花より団子、それに腹が減っては戦はできぬ、お弁当を広げることにした。


 場所は張り出した枝の下、見上げなくとも見事に咲いた桜の花が目に入る。まさに絶好のお花見スポットだった。

「三人とも卵焼きはいってますね」

「なにか交換とかします?」

「卵焼き同士交換してみるのはどう? 家庭の味があるでしょ」

「あ、それいいですね。うちはめんつゆ味ですよ。月宮先輩のは甘そうですね」

 最初こそ、わいわいとあれこれ交換して盛り上がっていた私たちだが、次第に花に見惚れる時間が増え始めた。

 春風に乗ってどこから聞こえてくる音楽も、落ち着いた曲調でありがたい。


 私たちの目の前の桜はちょっとだけ白っぽい。そこが可憐である。時々枝が風にゆれると、花びらが舞う。ふわりふわり。不思議な曲線を描いて落ちる。

 星空もそうだが、そもそも私はこうやってなにかをそっと眺めているのが好きなのだろうか。全然退屈しなかった。

 水谷さんもほうじ茶を飲みながらの、くつろぎモードだ。

 月宮先輩だけオペラグラス(天体観測用の双眼鏡は重かったのでおいてきたらしい。当たり前だ)で遠くの枝を観察したりしていた。

 花びらを頭につけているけど、気がつく様子はない。とってあげようかなと思ったけど、かわいいのでそのまま放置しておくことにした。


「こんなに桜が綺麗なら、ちゃんとしたカメラを持ってくればよかったね。夜は金城先生が写真を撮ってくれるから、今日は良い記録になるな」

 月宮先輩は段々と頭の中が星空モードになってきたらしい。話題が夜のことになった。

「そう言えば、先生は写真を撮る人だと言ってましたね」

 相槌を打ちながら、水谷さんが自分のほうじ茶を私たちにも注いでくれた。香ばしくて美味しい。

「いいなあ、天文写真。星ナビに載ってた読者投稿の写真、感動しちゃったんですよ。先生も写真を見せてくれないかなあ」

「たぶんもう見てるよ?」月宮先輩がサラッと言った。「その星ナビに何度も採用されていたから。と言うか、君たちに貸したやつに載ってたはずだよ」

「えっ」驚いて大きな声を出してしまった。「ちょっと、ウソでしょ! 私、全然気がつかなかったですよ」

「先生の名前で検索したらAstroArtsのホームページに載ってるよ。もちろん写真も」

 言われて慌てて実行してみる。こう言うときこそ、スマートフォン様である。

「ホントだ……」

 確かに載っている。肉眼では決して見ることが出来ないだろう、無数の星が写真の中に納められている。どうやったらこんな写真がとれるのだろう?

 身近なところにすごい人がいたものである。しかもよく見たら、さらっと「撮影地:長野県」と書いてある。金城先生、まさか天文写真のためだけに旅行とか行っているの……? 教師業の合間に? タフすぎない? あとでちゃんと聞いてみよう。

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