「お花見流星群」
第11話 開花宣言
いつまでも思い出話に浸っているわけにも行かない。
私たちは次のレポートに取り掛かった。
「四月のレポートはあとは、こと座流星群の時の?」
「はい。そうなります……そろそろ水谷さんか金城先生来てくれないかな」
「今日はもう来ないんじゃない? そもそも部活動の日じゃないしね」
「頻繁に入り浸っているくせに! タイミング悪い!」
思い切り悪態をついてしまった。実際二人とも、かなりマメに部室に顔を出すのである。今日に限っていないのは事故と言える。
とりあえず、月宮先輩がスマートフォンで撮った写真は学校に提出するには問題なさそうだ。必要なものはきちんと抑えてある。口には出さないけど、頼りになる先輩である。ただ状況的な問題で、こと座流星群観測の時には、スマートフォンの写真は一切ない。
それに文化祭の展示も考えるとなると、一眼レフで撮影した写真のことも考慮したくなる。
二人がいれば相談できたのにな。
「しかしこうしてみると今年の四月は充実していたな……あやは今年の新入部員でほんとに得したね」
「でも五月は学校に出せるものあんまり記録ないですよね」
五月には高校生が起きていたら、ちょっとだけ怒られそうな時間にしか目立ったイベントがなかった。だからと言ってなにもしない私たちではなかったのだが、そのあたりを学校に提出するのはためらいが残る。
「今日はまずは四月のものまとめちゃいましょう。後のことは明日の私たちに任せるとして」
「そっちのほうが良さそうだね」
四月、こと座流星群。
私にとってはじめての学校観測となったこの日は、とくに忘れがたい思い出の日である。水谷さんにとってはそもそも初めての天体観測の日でもあった。
しかしコンディションがいい日とは言えなかった。北日本では流星を見ることが出来なかったという人がほとんどだったようだ。
しかしあの夜、この町には星と桜の花びら、両方が降ったのだ。
これは一生に一度だけの、慌ただしい夜の出来事だ。
*****
「さて。一年生達。格別に綺麗な星空ってわけじゃないけどさ」
ふわりとスカートを翻し一回転。まるでアニメの一コマのような動き。舞い上がる高揚感のなか、先輩は高らかに宣言した。
「――学校の屋上で、制服で……こと座流星群の降る宇宙を見上げよう!」
学校観測。存在を知ったときから憧れていた。他に生徒のいなくなった夜の学校、その屋上に天文部員だけ集まって星空を観測する。この世界で天文部員にだけ許された贅沢である。こんなに早くその機会が来るなんて思っていなかった。
まずは心の準備を整えようと深呼吸する。
「確認しますが、今週の土曜日ですね? 準備などは大丈夫なんでしょうか」
深く息を吸ったところで、水谷さんから心の準備ではなく、実際の準備の話でた……吐く息は残念な溜息となった。やっぱり私よりしっかりしている。
「基本的には当日の夕方から、地学準備室の機材を屋上に運び出すだけだよ。ちょっと力仕事もあるけど、それほど時間はかからないよ。でも明るいうちに作業しておきたいから、夕方にはやっちゃいたいね」
前に持たせてもらったが、けっこう天体望遠鏡は重い。あ、でも……。
「流星群なら天体望遠鏡はいらないですよね、たぶん」
「うん、肉眼で見るのが今回の目的だからね。双眼鏡を念のため人数分。あとは大きめのレジャーシートがあるから、その辺かな。念のためカイロとかもまだ用意するけど」
「レジャーシートなんてどこにあったんですか?」
見た覚えがない。
「掃除用具のロッカーの上の箱の中。深刻な問題が一つあって、二人が手伝ってくれると助かる」
「……月宮先輩だと高いところに手が届かないんですね?」
「うん」
切ない。かすれ気味の声のせいでひどく深刻に聞こえる。
「おかげで私、あんまり備品の整理が出来てなくて。……どこかにアウトドア用の折りたたみ椅子もあったと思うんだけど。あれ便利なんだけど行方不明なんだよね。先輩どこにしまったんだろうなあ」
「じゃあさっそく今から探しちゃいましょうよ」
「そうだね」
トントン拍子にやる事が決まっていく。さあ動こうか、と言うところで金城先生が言う。
「なお、当日は保護者として私も観測に参加するからな」
「先生は今回も撮影するんですよね?」
「ああ。学校からは久しぶりなので、少し楽しみだな」
へえ、金城先生が楽しそうに笑ったの、始めて見た。よほど写真撮影が好きなのだろう。
「当日の注意だが、生徒手帳だけは忘れないで欲しい」
「生徒手帳ですか?」
「夜間、生徒が学校に入るには身分証として提示してもらう校則になっている。
もし忘れてくると、そもそも学校に入れないことになる。この辺、警備は警備会社にお願いしている都合上、あまり融通が効かない」
「なるほど。それは気をつけます」
知らなかった。校則ということは、それも生徒手帳に書いてあるんだろうか。読んでない。
まあ私の場合、忘れても家まで走って取りに行けばいい。あまり深刻な事にはならないだろう。徒歩五分、偉大。
「制服は必要ですか?」
「学校行事ではあるので、出来れば制服が望ましい。ただ、かなり冷えこむので、防寒を優先して私服でも構わない」
せっかくの学校観測なのでイベント感が欲しい。
「それならちゃんと制服を着てきた方が良さそうですね」と水谷さんが生真面目に言う。
私もすかさず同意した。
「それなら制服できてもらおうか。でも風邪には十分に気をつけて欲しい。
私は職員会議かあるけれども、だいたいは月宮の判断に任せる。細かい時間などは、あとで私に報告してくれ」
それだけ告げて先生は出て行った。
それから当日の予定を相談したのだが、集合は夜の二十時とかになりそうだ。昼間、私は退屈しそうである。――よし。やっぱりここは例の計画に二人を誘おう。
「二十二日、日中も集まりませんか?」
「どういう事?」
私の提案に先輩が不思議そうな顔をする。
「お花見です」
みんなが「ああ」と納得する表情をみせた。
開花宣言は出た。今年の北東北では今週末が見頃になる予報である。私はその予報を聞いて以来、どうせなら月宮先輩とでかけてみたいなと思っていたのだ。水谷さんも来てくれるなら両手に花である。
――花と星。
その両方を楽しむチャンスはそうそうない。
「いいね。二人の歓迎会はやりたかったし、そう言う意味でもちょうどいいや、でかしたよ、あや」
先輩が指パッチン。やった、誉められた。
実は自分からお花見に人を誘うのは始めてだし、そもそも友達だけでお花見するのも始めてだった。
去年まではどうせ退屈するからと、誘われても断っていたのだが、天文部でなら飽きない気がした。
「そうだなぁ。あとは夕食どうしようか?」
「私たち全員わりと近所なんですから、家で食べてくればいいのではないですか?」
なにせ一番遠いのが先輩のマンションですし。と、水谷さん。
「でもお花見してくるなら、外ですませた方が早いかも。ファミレスかな?」
「それならいっそ私の家で食べちゃいます? カレーライスとかでいいならですけど」
なにせうちが明らかに一番近い。なによりお金もかからない。
「いいの?」
「今、うち、晩御飯はお母さんと二人ですし」
わりと食卓が広くなって寂しくしていたところである。
「それにほら……木星観測のレポート見せたじゃないですか?」
アイコンタクトすると、先輩は「ああ」と頷いた。「私がお母さんに怒られた件については恥ずかしいので水谷さんには詳しい経緯は伏せておいてくださいお願いします」と言う私の意図にちゃんと気がついてくれる先輩、マジプリティエンジェル。ありがとうございます!
「あの時から、天文部の子を連れてきなさいってお母さんが言ってまして」
「うーん。そうか、なるほどね」ほんの少し、先輩は照れているようにみえる。
「それならお言葉に甘えようよ、水谷」
「……先輩がそうおっしゃるなら。ね、小日向さん」
なんだか妙に改まって、水谷さんがお礼を言う。
「誘ってくれて、ありがとう」
「どういたしまして」
なんだか私まで照れてきて、また水谷さんに赤い顔を見られてしまった。
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