第8話 天文部へようこそ
天文部の部活動があるのは公式には月水金。しかし月宮先輩はほぼ毎日地学準備室を開けていると聞いた。実際先週は木曜日も開いていた。
そして今日は私の勉強を見るのに部室を開けてくれると言っていた。
どこかほこり臭い(そう言えば誰が掃除しているのかも知らない)文化棟の二階へと向かう。南向きの窓からは春の陽光が差し込んできた。まだ遠慮がちな日差しには肌を焼く暑さはないが、十分に暖かで、そろそろ桜の開花にも期待していいだろう。
「こんにちはー」
そう言って扉をあけると、中にいたのは先輩だけではなかった。
「小日向、こちら顧問の金城先生」
月宮先輩が気を使ってか、私を名字で呼んだ。先輩の前に立っていたのは長身の女性教師である。身長は百七十センチほどだろうが、スリッパではなく、内履き用のパンプスを履いている。結果、先輩より頭一つ大きく見えてしまう。先輩には申し訳ないがちょっとウケる。
ショートカットの髪型を含めて、スリムなスタイルがよく似合う人だった。
「こんにちは」
金城先生がビシッと綺麗に会釈してくれて、慌てて私もいささか角度の浅い会釈を返した。
「新入部員の小日向あやです。よろしくお願いします。――そう言えば、私の入部届は?」
「受け取っているよ」
わが校では入部届は各部の部長に提出しても良いことになっている。私は月宮先輩に渡しているので、その時点で入部の扱いとなっているはずだ。
「先生はかなりベテランで、色々指導してくれる。天体写真とか撮る人なんだよ。今度は小日向さん向けに初心者向けの天体ガイドなどを貸してくれるそうだよ」
それは助かる。
「ただし厳しい先生なので、勉強しないと怒られる」
……それは困る。
「月宮、聞こえている」
金城先生はそう苦笑して見せる。
「実際、成績が悪いようなら、指導しなくてはいけないがな」
あ。これ厳しいと言うか怖い先生だわ。
「課題テストの採点が終わったらまた顔を出すから。その時にはよろしく」
それだけ告げて、先生はあっさりと職員室へと戻っていった。本当に顔を出していただけの様子だ。
「あやが入ってきたからやりたいことがあって、その事で先生と相談してたんだよ」
「そうなんですか? なにやるんです?」
新入生歓迎会とかをやるのだろうかと思ったけれども、今のままなら先輩と二人でファミレスにでも行ってそれでおしまいになりそうである。
「ま、楽しみにしてなよ」
「そうしておきます」たぶん天体観測の日程を組んでくれているのだろうと、前向きに捉えた。
その時だった。コンコンと行儀よく部室のドアがノックされた。先輩を顔を見合わせる。誰だろう。
「すみません、天文部の部室はここでしょうか」
「あれ、水谷さん?」
驚いた。聞こえてきたのは水谷さんの声だ。慌てて部室の扉を開ける。すると水谷さが私の顔を見て――こちらに差し出してきたのは、「天文部」のテプラのついた星ナビだ。
「小日向さん。あなた、これ机の上に置き忘れてたわよ」
「えっ」
慌てて自分のカバンを開いてみた。入っているのはお弁当とペンケースと……ほんとだ、忘れている。
「ごめんね、わざわざ持ってきてくれたの? ありがとう」
照れた様子の水谷さん、ちょっとつっけんどんに言う。
「これ、星座の雑誌なの?」
「星座というか、天文の雑誌だね。ほら、天体観測の道具とかも写真載っているよ」
先輩が話に入ってきた。先輩が見せたモノクロの通販ページをみた水谷さんの顔がひきつる。
「……これ、全部高くないですか?」
「私もそう思った」
十万円からの機材ががんがん掲載されている。
とても高校生が手を出せる金額ではない。
手を出せる金額の天体望遠鏡や双眼鏡については、月宮先輩があとで教えてくれると言っていた。木星観測に使えるような程度であれば、お年玉で買うのが現実的な範囲らしい。夢が膨らむ。
「でも面白そうですね。こういうの」
「そうだ! 水谷さん、天文部入ってみない?」
――私はなにを口走った、今。
なにが「そうだ!」だ。
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