「おおぐま座ナビゲーション」
第6話 晴れた雪の日
私は小日向さんが苦手である。
星占いによると、彼女と私の相性はそんなには悪くないが、とてもそうとは思えない。
中学校三年の一年間。私は彼女を意識せざるを得なかった。志望校が同じで、家も成績も近いクラスメイトなのだからどうやっても意識する。そのうえ、小日向さんには、どういうことかあちこちで遭遇してしまうのだ。
私は受験に備えて手を尽くした。塾にも通ったし、暇があれば図書室に通い詰めた。小日向さんはそのどちらにもよくいた。
塾のクラスは別、図書室で話をしたことは一度もない。私も彼女もお互いに話しかけなかった。と言えば聞こえはいい。私は自意識過剰にも「ライバルとは距離をおく」くらいのつもりだった。しかし彼女はどうだ。すれ違っても気がつく様子はなかった。いつもどこか遠くを見ているかのように、私を見ないまま去っていく。彼女が立ち去った後の空気は、いつも乾いて感じた。
彼女が私の志望校を把握したのは、おそらくは受験の一月ほど前になってのことではないだろうか。その時になって、彼女はようやく「志望校同じなんだって? 知っている人が同じ高校を受験するの、ちょっとホッとするよ」などと、ぬけぬけと言い出したのである。
やっぱり、彼女は私を意識すらしていなかったのだ。
単純に私のことが視界に入ってなかったのだ。
はたから見れば彼女も私も帰宅部、友達は少なく、志望校まで同じ。
似ている人間に見えたかもしれない……でも、私たちは、違う。
彼女のどこか遠くを見るような顔は、あくせく日常を送る私に、強く語りかけてくるのだ。
「――ねえ、退屈じゃない?」
とくに忘れられないのは、冬には珍しいよく晴れた日の図書室での姿だ。
中学校の図書室の窓からは隣接する中庭がよく見えた。積もった雪がん反射した陽光が眩しく、光の絨毯でも敷かれているかのようだった。その日、小日向さんはろくに勉強もせず外ばかりを見てすごしていた。私はその姿をよく出来た絵画のように感じた。
書架の隙間には人はおらず、席についた人々はペンを走らせ乾いた音を立て続ける。その中、窓辺で微笑む少女だけが、白銀に輝く世界を見下ろして――気だるい表情をしていた。決して幸せな人間の表情ではなかった。美しいものを前に、なおも退屈な目をしていた。
こみ上げてくるものがあった。それがどんな感情なのか、今でも私は言葉にできないでいる。私はそれに抗うことは出来ずに、トイレでひとり、泣いた。
私はその日から少し調子を崩してしまった。模試の結果に影響が出たものだから、親にも先生にも随分心配をかけた。しかしそれでも、私は持ち直した。当たり前だ。どれだけ勉強したと思っているのだ。
……図書室での様子などを見る限り、彼女は私の半分位しか勉強していなかったのではないか? だっていつも退屈そうな表情だった。こっちは自分の趣味を抑えて努力に努力を重ねていたというのに。
そんな彼女と高校でもクラスメイトになってしまったことに、私は頭を悩ませていていた。
向こうから話しかけてきたのだ!
小日向さんにすれば、私は「中学からのクラスメイトでしかない」のだから、こんな態度になるのだ。わかる。そうなる。理解できる。だがなんか腹が立つ。
私は理性的に接した。なかなかうまくやれたと思う。入学してから数日、適切な距離感だったと思う。いい調子だ。友達に見える距離感だったはずだ。
小日向さんはこの前「あとで勉強教え合おうか?」なんて言っていた。
……それが今日、部活を始めたとかでどこかに行った。
どういうことなのだ。
「部活動はなし」なのではなかったのか。私に向かって月曜日に言っていたことはなんだったのだ。
しかも天文部? 部員を募集しないと言っていた? 意味がわからない。
もしかして、私とテスト勉強するのも「退屈」とでも言いたいのだろうか?
ああ、本当に。これだから小日向あやは……腹が立つ。
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