第5話 嫉妬




 その男は、嫉妬深かった。




 最初の感染者は、南米の聞いたこともない国で見つかった。その感染者は、つい前日まで普段と変わらぬ生活を送っていたにもかかわらず、翌朝に自宅のベッドの中で冷たくなっているのを発見された。はじめは、単なる病死と思われていたが、その感染者に一切の病歴が無かったこと、また同時多発的に同様の死者が発見されたことで、その病気は世間に認知されることとなった。




 その病原菌は、長い潜伏期間を持ち、その間宿主に何の苦しみも症状も与えず、ある日、突然牙をむく。感染者が眠っている間に、全身の血管を収縮させ、安らかな死を迎えさせるのだ。発見された死者の姿は、一様にまるでただ眠っているだけのように見えたため、その病気は「眠り病」と呼ばれた。




 世界保健機構や、各国の最先端医療研究チームがタッグを組み全力でワクチンの作成に取り組んだが、時すでに遅く。ワクチンの研究が開始された時点で、全世界の人間が既にその病原菌に感染していることが判明した。日に日に、仲間の研究者たちが安らかな表情で永遠の眠りについていく中で、研究者たちも遂に匙を投げた。しかし、誰がそれを責められようか。いまや、世界はその担い手の多くを失ったせいで、食料も乏しく、電力も安定せず、インフラを維持するのでやっとであったのだから。




 やがて、人々も研究者と同様に無駄なあがきをやめ、残された時間をより質の高いものにしようと考え、世界に人類史上初めて一切の争いのない穏やかな時間が流れることとなった。辛うじて機能していた各国政府は、ワクチン研究に託された膨大な予算を引き上げ、それらを広大な墓園の造成にまわし始めた。亡くなった感染者を放置することで、新たな病気が蔓延することを防ぐためだ。どうせ死ぬのなら、苦痛なく逝ける「眠り病」で。いつしか、人々は「眠り病」を救いとして受け入れるようになっていた。男の就職先も、そうやって作られた墓園の一つであった。




 男は、隣人が死に、友と連絡がとれなくなり、家族をみとっていく中で、先に逝くことができた全ての人々をひどく羨むようになっていた。大事な人たちを失う度に襲い来る悲しみが、そうさせたのだ。どうして、俺はまだ生きているのだ。どうして「眠り」の救いは、俺の下にやって来ないのかと。後に残されるほど、男は仲間を失う悲しみに苦しみ、それに呼応するかのように死者達への嫉妬に狂っていくのだった。


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