第4話 色欲
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その男は、色欲に溺れた。
男は、年をいくら経ようと劣ることのない猛きリビドーを持て余していた。だが、どうして、ふくよかで、怠惰で、手癖の悪い墓守に女が寄ってこようか。男には、彼女などできようはずもなかった。しかし、男は自身に原因があるとは微塵も考えなかった。必然、男の性処理はアダルトビデオによって為されることとなる。仕事終わりにDVDのレンタルショップへと通うことが男の日課となっていた。
男の通うDVDレンタルショップは、全国チェーンの割に品ぞろえの悪い店であったが、男はそこを気に入っていた。男の住むアパートから近かったということもあるが、それだけが理由ではない。その店は、男にとって思い出の店でもあったのだ。男が子供のころ、その店はビデオのレンタルショップで全国チェーンでもなかった。店の一角には、当時はやっていたストリートファイター2の筐体がおかれ、男は毎日のように通いどこのだれとも知らぬ少年たちの対戦を横目に眺めていた。
いつしか、店の主とともに内装も明るくきれいな物へと変えられ、ゲームコーナーも撤去された。しかし、変わったといっても元の建屋をそのまま利用しているためか、ふと気づくと以前のかび臭い佇まいが思い起こされるのだ。全国チェーン店となって、棚の配置が変えられたとしても、それは同じだった。店の入り口の位置はもちろん、店の北側にあるトイレ、フロアの中央に立つ明らかに邪魔な柱、その柱が死角となることを防ぐための防犯カメラ、そしていつの時代も店の最奥に設えられたアダルトコーナー。何が起ころうと、何十年経とうと変わらないその店の持つ安心感が、男を優しく包み込むのだ。
だが、かつての思い出も男の無限に沸き上がる猛りを抑え込むことはできなかった。その日も、男はアダルトコーナーへと赴き今晩の供となる円盤を物色していた。棚の前に、仁王立ちで陣取り、棚に並べられたDVDのタイトルをじっくりと眺める。しかし、長年通い続けてきたせいか、DVDのタイトルを見るだけで、男はその内容を完全に脳内で再生することができた。男は、まだ出会っていないDVDを求めて別の棚へと移る。だが、どういうことだろうか。男がいくら探そうと、男が見たことのないAVは見つからなかった。
それもそのはず。男は、既にその店に存在するすべてのAVを鑑賞しつくしてしまっていたのだ。男は、人目をはばからずにアダルトコーナーで声をあげて泣いた。本物の女だけでなく、AVまで俺を裏切って逝ってしまうのかと。男は、悲しみのあまり、他の店にAVを漁りに行くという通常の思考すらできなくなっていた。男の性欲は、AVの枯渇をきっかけに完全に決壊し、その全てが開け放たれた。男は、「俺だって本当は、AVなんかじゃなくて本物の女を抱きたいんだ」と店内に響き渡る声で泣き叫んだ。しかし、それに答える女性など居はしなかった。それどころか、老若男女を問わず泣きわめく男に寄り添うものは誰一人としていないであろう。
なぜなら、この世界はたった一つの病原菌のせいで、その男を残して、全て滅んでしまっていたのだから。
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