第3話 怠惰




 その男は、怠惰であった。




 男は、ある日突然仕事に行きたくなくなった。職場に電話の一本も入れずに、日が天辺に上ってもなお布団の中に潜り続けた。そして、布団にもぐり続けるのに飽きたら、今度はテレビゲームに取り組んだ。それすらも飽きたら、次はレンタルDVDショップへと走り、古今東西名作と呼ばれる数多の映画を借りてきた。




 とある映画を見ているときだ。突然、男にある欲求が沸き上がった。それはアメリカのロードムービーでひげを生やした壮年のライダーが荒野をバイクで延々と走る映画だった。髪をなびかせ、全身に風を感じるその気持ちよさそうなライダーの姿に、男は自身の姿を重ねた。




 そこからの男は俊敏であった。車庫で埃を被っていた愛車、あずき色のセロー225を引っ張り出し、その美しい姿にニヤリと厭らしい笑みをこぼした。だが、長らく走らせていないバイクだ。当然のように、いくらセルを回そうともエンジンはかからない。




 男は、バイク屋へと押し入り使えそうなパーツを片っ端から盗んだ。そして時間をかけて、一つ一つの部品を丁寧に交換し、再びセルを回す。深夜の住宅街に、ギュンギュンとセルモーターの金切り声が轟く。ギュンギュンギュンギュンギュンギュンギュン……ドルンドルンドルンドドドドドド。息を吹き返した愛車に、男は狂喜乱舞し、まるでステップを刻むかのようにリズミカルにアクセルをひねり続けた。




 その2日後、男は北海道にいた。その広大な大地を、俺の愛車で踏破してやる、そう息巻いた。しかし、美しい景色に心振るわせるのも初めのうちだけで、男はしばらくするとバイクを走らせることにすら飽いてしまったのだ。更に2日後には、男は自宅へと戻り、更にその翌日には何事もなかったかのように職場へと向かうのであった。




 そうした、男の衝動的なサボタージュは、半年に数回程度の割合でその後も続いた。


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