第35話 聖者(こうき)と生者(ひめ)

 最下層。そこでヨスナ達と遊んだお花畑がある場所で、ヒメと幸樹は向かい合っていた。

 ヒメの母親を送った後。母親を追うかの如く、幸樹の体も光り出したのだ。

 しかし体が透け始めていた時点で多少なりとも想定していたこと。そのため二人は驚かなかった。


「ごめんね。嫌な思いさせて」

「ほんとだよ。初めは遊びを教えるだけでいいとか言ってたのに」


 もちろん皮肉だ。ヒメもそれは分かっている。だから、


「だったらやらないで遊びだけ教えてれば良かったでしょ」


 皮肉で返した。

満面の笑みで言われ、幸樹は一本取られたと両の手を上げる。

それにヒメは笑い、次いで幸樹が笑う。静かな広場に、笑い声がこだまする。

少しの間の合唱。それはヒメがゆっくりと笑いをやめていくことで終了する。

するとヒメは懐から物を取り出し、幸樹に差し出す。


「これは?」

「うちに代々伝わる幸運の指輪。お礼ってわけじゃないけどあげる」

「…………良いのか?」

「うん。幸薄そうな幸樹が持ってた方がいいよ」

「おい!」


 突っ込む幸樹をよそに、それに、とヒメはつなげる。


「欲しかったものがすぐそばにあったんだよ? そんな運の良い私だもの。なくても大丈夫。きっとそれがあれば私くらいに運がよくなる。だから幸樹も運がなかった、なんて言わせないから」

「……手厳しいなぁ」


 ほほをポリポリとかきながら、幸樹はヒメからの贈り物を受け取る。男性ものだったのか、はたまた幸樹の指が細かったのか。薬指にすんなりと入った。

 それを見てヒメはまた笑い、幸樹は複雑な顔をする。


「そ、それでヒメはこれからどうするんだ?」


 無理矢理話題を変える幸樹。

 ヒメは察しながらも話題変更にのる。


「今まで通り国の運営をしていくよ。ただそこに一つ新しい項目が出来たけど」

「? それって?」

「婿探し」


 ブフゥ! とあまりのことに幸樹は驚き、吹いてしまう。


「な、なんでまた」

「もしさ。お母さんが生まれ変わるとして。なら私が生んでお母さんになってあげたいなって。そのために良い人を見つけていい家庭を築いていくの」


 姿からしたら微笑ましい意見であるが、中身が三百を超えた女性であることを考えると少し考え物ではある。

 けれども真っ直ぐとキラキラした目をして向くヒメを見て幸樹は、


「まーなんだ。頑張れ」


 歯切れは悪いが素直に応援をする。


「うん。頑張る」


 返事をして、ヒメは手を前に出す。

 応えて幸樹もを前に出し二人で手を結ぶ。がっしりと掴み、お互いの健闘を祈る。

 直後、幸樹の体がさらに光った。

 他の死んでいった人たちと同様であれば、タイムリミットはもうほとんどない。


「ムーマとアメによろしくな」

「二人もつれてくればよかったのに」

「最期くらいは、真面目にしたいだろ?」


 どの口が、とヒメは内心思っていたが口には出さなかった。


「それじゃ、元気でね。幸樹」

「お前もな。ヒメ」


 お互い挨拶をかわすと、一陣の風が吹いた。

 強い風で目も開けられないような突風。ヒメも思わず目をふさぐ。風が収まり、目を開けるとそこには誰もいなくなっていた。

 空を見上げれば先ほどの風が光をふよふよと空へと運んでいく。


「ありがとう。幸樹」


 あとから来る風に乗せて。

 伝えても伝えきれない感謝をヒメは送る。

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