第32話 聖者(こうき)と生者(ひめ)8

 体が鉛のようだった。

いや。正確には鉛を全身にまとったような、重く、潰される感覚を幸樹は得ていた。

 集まった最下層の人間を全て死なせた後、幸樹は二十分程度動けないでいた。それは体を襲う重さもそうであったが、


「…………どうしたもんかなぁ」


 力を無理矢理に出し手を顔の前に掲げる。

 すると見えるのは、透ける自分の手から見える夜空だ。穴が開いたように手のひらだけが薄く透けている。そこから覗く夜空はなんと滑稽なものかと感傷に浸れた。


「体が重いのも、透けているせいか……それとも他の……」


 何故か自身の体が透けていることに驚きはなかった。それは髭男や最下層の人間たちが消えていくのを見たからか。


 ……もしくはこれがヒメの言っていた来訪者の特徴。


 死への恐怖がなくなるか、とあたりをつける。

 もっと他のものかもしれない。だがそんなこと、幸樹にとってもどうでもよかった。


 ……最後の仕事が残っているもんな。


 十分休んだと、自身の体重の何倍にも感じられる体を動かして幸樹は行く。

 一歩一歩進む度に襲う疲労感。それを押してでも幸樹は向かわねばならない場所があった。


「……ったく。面倒なもの残しやがって。あのバカ」


 最後まで残った奴の顔を浮かべ、幸樹は悪態をつく。

 が、怒るべきではない。するなば感謝だろうか。

 なぜならあの場に来ていなかった人間の所在を教えてくれたのだから。

 だが教えなければこの様な辛い思いをして向かうこともしなかった。更に言えば気づいていたならあいつが迎えに行けばよかったことだ。


 ……やはりここはあいつが悪いということで。


 一人しかいない多数決は満場一致で可決された。


『自分の意見が入ってない』


 誰が怨霊の聞くだろうか。自分は聞かない。


「……なんで普通に話しかけてきているんだ。怨霊」

『? だって君もうすぐ消えるじゃない? なら少しだけ話したいなぁって』

「…………」

『あ、やっぱり気づいてる? そうだよねぇ。体が消え始めてるんだもんねぇ。気づかないわけがないよ』

「うるさい」


 そう制するが、怨霊の言っていることは正しかった。


『ならこれもわかってるよね。これから行く人を死なせたら、君は完全に消えるって』

「……お前、なんかキャラが変わったか?」

『小っちゃい子ハァハァ』


 あ、怨霊そのものだ。


『自分だって小っちゃい子が絡まないことには普通さ』


 信用はならない。なぜなら怨霊だから。だが向かう先までの暇つぶしとして会話には応える。


『それで、自ら消えに行く気持ちはどう?』

「……なんか語弊がある言い方だな」

『だってそうでしょう。自殺と変わらない。もしくは自殺よりひどい。知らない人と無理心中』

「……無理心中って」

『結果は一緒でしょ? 人を殺して自分も死ぬ。何? 死にたいの?』


 そう聞かれ、幸樹は足が止まった。


 ……俺は死にたいのか?


 もっと正確に言うなら、汐音の後を追いたい、だろうか。

 一度本当に自殺して、だが死ねなくて。

この世界に来て短い期間。本当に短期間でいろいろなことがあった。

その生活をいいとも思った。


「なのに、俺は死にたいのか?」

『いや、知らないから。聞いてるの自分だから』


 辛辣な怨霊だこと。

 だがその通りだ。幸樹自身が知らなければ誰も知らない。心を読める怨霊だとしても。

 故に幸樹はまた歩き出した。


『お。思いついた?』


 そうではない。全くわからない。だからこそ幸樹は再び進んだ。


『わからないから?』

「ああ。そうだ」


 わからないから進む。わかるために前へ行く。


「見つけるために歩くんだ」

『その結果、死んだとしても?』

「死ぬのは嫌だ。だが何もわからずに、ただただ生きるのは生きていると俺は思いたくない」


 最下層以外の階層の人間達。生きるために生きているような。死なないように生きているような、そんな人たち。

 悪いことはない。人間、死にたくはないものだ。


「でもな。それでもな。死ぬことよりも優先したいことがあるはずだ」


 アニメや漫画の主人公たちが死ぬことを恐れずに戦う様に。

 戦争で、はたまた聖戦で自分の死を賭して戦う様に。

 ただ彼らの様に何かを守りたいとか、そのような美しい理由じゃない。


「自分を曲げたくないだけだ」

『それが誰かに操られたことでも?』

「操られたことでも。それ含みで俺だから」

『でもそれって突き詰めれば自分じゃないよ?』

「だから最後までやり切ったって満足だけ得たいんだろうが。

 それに操られてるとか知らなければ、本人にとっては自分ってことにできるだろうが」

『ふーん……』


 怨霊のその声が、どこか嬉しそうな。そんな喜の感情がこもっていたように感じられた。


『さすが自分の心の友! 言うことが違うよ!』

「誰が心の友だ。ランクアップの幅がデカすぎる。妄言を喋るなら消えろ」

『照れちゃってもー』


 本音とはなかなか伝わりにくいものだな。どうしたならばうまく伝わるのだろうか。


『でもそろそろ消えるよ。時間が来たみたいだし』

「時間?」


 成仏する時間か、とも思ったが違った。前を向けば目的の地についていたのだ。

 いつの間に、と言う感想が一番だった。あのような体の重さでこんな速さでつくはずがない。


 ……あんな体の重さで。


 そう考えた時に幸樹は気づく。自らの体が軽くなっていることに。


『ただの気持ちの問題。ってだけじゃないけどね。吹っ切れて気持ちが軽くなったから。だから体も軽くなったんじゃないかな』

「お前まさか……」


 いや、と。皆まで聞く必要ないだろうと幸樹は思い、


「じゃあな。級友」


 ただ別れの挨拶を告げる。


『またね。親友』


 親友じゃないと否定するのは実際の彼に会ってからにしたくて、幸樹はそのまま行く。

 入る建物はかくれんぼの最中にも目撃した、最下層の中で目立って豪華な建物。城というには絢爛でもなく、強固ではない。似ている建物をあげるなら教会だろうか。装飾は少ないが、一つ一つが凝っている。ドアは木製で鍵がかかっているかと思えばそうではなかった。

 押せば簡単に開くドア。ギィと言う脳に響く軋む音。その中で視認した部屋の内装は、やはり質素であった。装飾のないただのガラスの窓。壁に二体の石像。その中央に椅子があり女性が一人座っている。


「遅かったね。幸樹」


 そしてその隣にヒメがいた。

 待っていた、と言うわけではなかった。息が少し乱れていたからだ。


「お前こそ、ギリギリ間に合ったみたいだな」

「それはあれかな? 私が来ること、わかってたってこと?」

「まぁ、あんだけの絶叫を轟かせてればな」


 幸樹が動けないでいる中、ヒメの絶叫や怒声が聞こえていた。あの声を聞いてやってきていないと思う方のは無理がある。


 ……それに、あの女性のこともあるしな。


 故に幸樹はヒメがやってきていると当てはつけていた。が、本当ならば着ていないほうがいいに決まっている。なぜなら、


「幸樹。あなたは私のお母さんに何の用かな?」


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