第30話 聖者(こうき)と生者(ひめ)6
「ん?」
幸樹は誰かに呼ばれたと感じ後ろを振り向いた。
しかしそこには当然誰もいない。ゆえに気のせいと考え再び前を向く。
大量に並んでいた人数もあとわずかとなっている。ペースを速めていたわけではないが、それでも次は自分だと押し寄せる人間が押し寄せたために結果として速くなったのだろう。
……それにしても、出来て良かった。
アレだけ豪語しておいて行えなかったらシャレではすまなかっただろう。
だが出来た。そして残りの人数もあとわずかだ。
実際に要望通り殺せているのか分からない。光となって消えていくからか実感はない。
ただ、
「次、お願いします」
「ああ、悪い」
相手が願うのだ。ならばやってやろう。それだけだ。
「マルク・メルモルテ。次は短くてもやり切れない程楽しめる物がある世界に生まれたいです」
「そうか。ならマルク、死んでくれ」
幸樹が告げると、マルクは光の粒となって空へと舞っていく。
原理は分からない。ただ相手に死んでくれと言葉を伝えると死ぬ。途中の失敗と幾度も行った行為からそれだけは理解出来た。
だから消える相手を見る。最後の瞬間を見守るために。
しかし後ろに控える者が待ちきれないと、
「ケレイラ・ミールです! 楽しかったです!」
マルクの横に並び申してくる。序盤からこの調子なのだ。死ぬ者の余韻を見ることなく次々と死を告げる。
機械のようだ、と幸樹は自らに思う。
作業を淡々とこなしていく。自分の気持ちを挟む余地はない。いや、先に願いを聞いてもらったのだ。だからこそ幸樹自身が思うことは無視し、
「それは良かったな。じゃ、ケレイラ、死んでくれ」
義務として、幸樹は死を伝える。ただ淡々と。
「カイ・ジュブナー。殺してくれてありがとう」
「ああ。カイ、死んでくれ」
「ミルイラ・ナースよ。幸せにね」
「お前もな。ミルイラ、死んでくれ」
「ヨドイ・シー。次はただ普通に生きたいな」
「出来るさ。ヨドイ、死んでくれ」
そう。ただ淡々と死を告げる。光の粒となって消える者を目に移しながら、死を告げる。
何人に言った言葉か分からないセリフをまた何度も使う。
死んでくれ、と。
休みなく行っていると、地上から空へと昇る光の柱が出来ていく。
……綺麗だ。
不謹慎だろうかと考える気持ちはある。なぜなら作られる光の柱は先程まで生きていた人間なのだから。
ただそれでも綺麗だと思ってしまう。これは生のある人間の輝きなのか。それとも願いがかなったために嬉しく輝いているのか。
何にしろ見る人に目を奪うだけの魅力がある。
……きっとこれをヒメは近づきながら見ているんだろうな。
幸樹が出て行ったことは既にバレでいるだろう。後はどこまで近づかれているか。
考えても仕方ない。最後まで願いを叶えられれば問題はない。
「お疲れ様」
思考している最中、唐突にブレーキをかけさせられた。
少し離れていた意識を戻し見れば、それは答えを聞かせてくれた青年だった。
彼は幸樹の質問に答えた後、最後で良いと言って離れて行った。その彼が現在幸樹の目の前に立っていると言うことは、
「ああ。もう終わりだ」
俺を殺したらそれでな、と彼は付けたし笑う。
彼のジョークに微笑みはするが自然な笑顔を幸樹は作ることは出来なかった。
なぜなら彼が最後と言うことは、
「お疲れ様。本当に、ありがとうな」
考え切る前に、青年から感謝の言葉を送られた。人を殺して感謝をされるなどそうはないことだ。その珍しさからか、
「――――ッ」
急に涙が頬を流れた。
伝う滴は数滴。ほんの些細な量だ。雨が降り、それを涙と勘違いしたとしてもとおるだろう。だが現在、雲は空に一割とない。その空で月は丸々と光り地上を照らし、星は淡い光で己を主張している。異常気象でもなければ雨などありえないだろう。
だからごまかしようがない。達成感からか悲嘆からか。何にしろ最後と理解して、自分は泣いたのだ。
クスリと笑う声がした。
前方からした音は向けば今も発せられていた。青年が笑いをこらえているのだ。
「な、なんだよ」
恥ずかしさからか、威嚇をしながら幸樹は問う。
「い、いやなに。お前がどうもおかしくて、な。くくく」
悪いとは思っているのだろう。声は張らず、青年は声を殺して笑い続ける。
「ったく。何がおかしいんだか……」
「くく。ほら、それだよ。それ」
「それ?」
言われ、幸樹は指を指された自分自身を見る。しかしおかしな所はなく、青年が何を見たのかさらに謎は深まった。
全く分からない幸樹を見かね、青年は笑いながら再び指を指す。
「その顔だよ。か、お。
お前、俺等がどれだけ理不尽なお願いしたか分かってるのか? お前に何もかも背負わせて自分達は楽になろうって事だぞ? なのにお前と来たら途中は笑顔になるわ、ラストと分かったら悲しんだような顔をするわ。どんだけだよ、て話さ」
「あぁ……」
……そのことか。
表情のことは分からない。ただ彼らと自分の関係については承知だ。それでもやろう、と決めたこと。
しかしそれを青年は口に出した。理由はどうであれ、
「優しいな」
そうだ。彼は優しい。なぜなら、
「お前が言うことで少しは俺の背負う物を減らせるかもしれない。もしかしたら自分は死なせてもらえないリスクがあるのにそれを行うなんて、優しいな。
最後になったのも途中で止められたら他の人間に迷惑がかかるからだろ?」
「そこまでの事は考えていない。
ただお前があまりにもおかしかったから笑って、そして分からないようだから言ってやったまでさ。俺がやりたいからやった。それだけさ」
……本当に、優しいな。
自分がやったことは自分の我が儘と、そう言うことだろう。違かったとしても、そうしておけ、そんな所だ。
無理な話なのに。自分がしたことは自分がしたこと。誰かに押し付けることは不可能だ。
だとしても、彼の優しさを潰すのは失礼だ。だから、
「そうか」
一言、それだけ言って話題を終わらせる。
話を終了させたことで、青年は何も言って来なくなり間が生じる。
その空いた間に、幸樹は一度深呼吸。息を吐き切ったあと、ゆっくりと青年を見据える。彼は微笑み、こちらが話し出すのを待っている様だった。
……かなわないな。
強張っていた表情を幸樹は緩める。そして、
「じゃ、さよならだな」
別れを伝える。
「そうだな……さよならだ。けどよ」
彼は頭を掻き、その後、拳を前に突き出してくる。
「またな、だろ?」
「…………。ハッ!」
漫画やドラマで聞くようなセリフ。幸樹はまさか自分自身が言われることになろうとは夢にも思ってもいなかった。だからか、思わず笑ってしまったのだ。
自分が思わず、主人公になったような感覚になったから。
だがそうではない。幸樹はそう断言できた。
……人を殺しといて、何が主人公だ。
もしもそんな存在がいても、幸樹はきっとなれはしない。主人公と言われる彼らが耐えられる重圧や、殺してもなんとも思わない狂気を持っているわけではない。
普通の人間なのだ。
……だとしても、今だけは。
そう。今だけは、主人公のようにふるまらわなければならない。
目の前の、勇敢で優しい奴のために。
これまで頑張って耐えてきた奴をちゃんと見送るために。
幸樹は、彼の拳に自らの拳をあてる。
「そうだな……。次に会うときは」
「ああ。次に会うときには」
その先を、二人は語らなかった。
お互いの気持ちを理解していたわけではない。それほと心が通じ合うほどの関係を築いてきたわけでもない。たった数刻の間に同じような場所にいたというだけだ。
互いの願いが違っていても、それでもかまわない。
自分のためだけに叶えたいものが持てる、ただそれだけで十分だから。だから、
「名前を、教えてくれ」
「ああ。……。俺の名は――」
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