第29話 聖者(こうき)と生者(ひめ)5

 通常よりも早く移動する馬車の中。祈りの形を取りヒメは幾度と願っていた。


 ……幸樹……どうか。


 どうか何も起こさないでくれと。

 あと十分も経てば最下層に繋がる門へと辿り着く。そうなればあとは探しだし止めるだけだ。

 けれども止める役目も探すのも、そして今馬車を走らせているのもムーマとアメだ。自分は何も出来ないだろう。

 言葉を正せば戦力にならない、だ。

肉体的な差が決定的な決まり手。馬車を走らせられるほど力があるわけでもなく、また探し、止めるにしても子供の体では限度と無理がある。

 だから、


 ……お願い。


 ヒメは、自らが願う事しか出来ないと感じ、そうしていた。

 それを察してかいつもは車内に一緒に居るアメもムーマと同じく外にいる。

 有り難い、と素直に思う。

 いてもいなくても変わらないかもしれない。だがきっと彼女がいたら甘えてしまうだろう。良いと全てを受け入れてくれるアメとムーマに任せ、願うことすらしないかもしれない。

 それではいけない。

 今までは良かったかもしれない。

 だが今回はそれまでの良かったが積もって起こったことだ。

 自分がしているようで結局は外から眺めているだけ。


 ……変えなければいけない。


 その手始めとしては弱いかもしれない。けれどもしないよりはマシ、と言うことでヒメは願う。何も起こらず、何も変わることが無いように。

 けれども幾度目かの願いを唱え終わった瞬間、


「お嬢様!」


 アメの唐突な叫び。それに脳裏を過るものがあったが頭を振ることでキャンセル。無かったことにして、


「アメちゃん、どうしたの!」

「前をご覧ください!」


 言われ、確認をする。

 特別に付けられた可動式の窓を開ける。動くスピードからか強風が入り込みヒメの髪を大きく舞い上げさせる。

 乱れる髪を押さえ、前を見る。方角的には最下層。それだけで先程脳裏をよぎった物が再来する。再びキャンセルを行いたかった。だが行うよりも先に現実が目に飛び込んだ。

 最下層から大量の光が空へと舞いあがっているのだ。


「……幸樹……。……幸樹!」


 止めてと言う意味か。それとも無理をするなと言う意味か。はたまた両方か。それは叫ぶヒメにも分からなかった。

 けれども叫ぶヒメの声が幸樹に届かないのは間違いなかった。

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