第26話 聖者(こうき)と生者(ひめ)2

 最下層の門に幸樹はいた。

 周囲には民間人どころか衛兵一人すらいない。また、門は人が一人通れる程度の隙間が出来ており、向かうには都合が良すぎる程、整っていた。

 けれどそれもここまで来ることが出来たのが一番大きかった。城のベッドで起き、すぐに部屋から出て最下層に向かおうとしたが、その時には移動は歩きと腹をくくっていた。かなりの時間がかかり、途中で気づいたヒメが先回りするかもしれない。その心配があった。


「……本当に、良かったのか?」


 心配を解消した人間に、幸樹は問う。

「なぁに言ってんの。ここまでぇ来ておいて。それともぉ今から帰る?」


 いつもと変わることなく、協力してくれたムーマは茶化す。

 部屋から出て裏口で外に出ようとした際、幸樹は彼に会った。と、言うよりも、彼はそこで待ち構えていた。ムーマの姿を見た時、焦燥をしたが、その後に彼が、ついて来い、と手で合図し、馬車まで連れていかれ、そのまま乗せられた時には有難さがあった。

 しかし、だからこそ幸樹はわからなかった。


「お前はヒメの仲間だろ。なのに何で。あいつのやっていることを壊そうとする俺を助けたりするんだ?」

「幸樹君こそぉ何を言ってるの?」


 その言葉に、幸樹は疑問符を作る。それを解消するように、


「短い間だったぁけど、幸樹くんとも仲間だったでしょ?」


 それに、と彼は続けながら、ムーマは幸樹に抱擁する。


「幸樹君。君はこれから頑張ろうとしている。昼間のキミを見たなら、君が辛いことにこの世界に来る前にあったのはわかった。昔の僕や、アメちゃん。それにヒメちゃんと同じ目をしていたからね。なのに君は頑張ろうとしている。関係ない、異世界の人の為に。なら、それを止めるなんて野暮、僕にはできない」


 だからね、と抱擁を止め、ムーマは目と目を合わせ、


「頑張って。応援している」


 いつもの冗談交じりの口調ではない。真面目な、だからこそ芯に響く話し方で、彼は伝えてきた。見つめてくるその目は、真っ直ぐこちらを見ている。それは、髭男や飛行機事故の被害者の様な憎しみの目でもなく。また、記者などのネタを見る目でも、汐音の父親がした冷たい目でもない。暖かく、それで優しい。幸樹の事を大切に思う、そんな目だった。


「……なんだよ。普通に話せるじゃないか」


 先程とは違い、今度は幸樹の方が茶化す。


「えへへへー。照れるなぁ」


 喜ぶ要素は一つもないのだが。けれど、それは彼が自分に乗ってくれたってことだ。


 ……ありがとう。


 実際に口にしたら止まってしまう。そう感じ、幸樹は心の中でそっと述べる。


「それじゃ。行って来るよ」

「あ。最後に聞いてぇ良いかな? どうして、彼らの為に行動ぅしようと思ったの?」

「分からない……。けど、心からそうしなきゃ、て強く思うんだ」

「……そっか……それがキミの……」


 最後まで言わず、ムーマは納得していった。

 何が、と聞きもしたかったが、彼が言わないのだから聞かない方が良いのだろう。故に、幸樹は最後に一言。


「いってきます」

「いってらっしゃい」


 送り送られ。幸樹は門をくぐる。過ぎた後、不思議なことに、門が一人でにしまっていった。開いていたこともおかしいかったが、目の前で実際に起こり、より奇妙さが増す。


 ……もしも。


 それが知らない誰かに利用されている。良い様に導かれているとしても。したいことが出来るならば、かまわない。考え、幸樹は先へ進む。昼間に狂気と怨嗟を感じ、体験した場所。幸樹は痛む右目を押さえながら、目的地へと。

 歩く度に右目が痛む。体は重りをつけているのかと思えるほど、重々しい。だが一歩一歩。幸樹は確かに前に進む。ヒメとアメがいちゃついた門の前。ムーマが踏まれるために転がった砂利道。ヨスナに抱き着いた崩れた家近く。イミナとマキナで散歩をした花畑。

 歩く道々は、短いながらもしかし確かな思い出があった。

 ザッと幸樹は足を止め、右を向く。

 視界に入るのは広々とした空間と数時間前の光景。

 先程までの楽しい記憶とは正反対。強烈で凄惨な思い出。だからこそ、だろうか。鮮明に思い出せる映像。バラバラにされたヨスナ。歪んだ笑みで笑う髭男。恐怖に逃げるサンタナの下っ端。そして欲望に駆られた最下層の人間達。

 どれもが目の前で起こっているかのように記憶から甦る。

 本当にするのか、と心で問いが生まれる。

 やらない方がいいのでは。またはもう少し時間をかけ考えた方がいいのではないか。

 それは最下層に向かう最中にも浮かんでいたこと。

 だが昼間見た広場を再び視認して、やろう、と幸樹は決意を固められた。


 ……自分だけが出来ることだから……。


 いや、そうではない。

 ならばなんなのか。それは分からない。けれども、


「すぅ……」


 やらないで悔やむのは、したくない。


「あぁあああああああああああああああああああああああ!」


 無理をした叫びに痛みがのどに走る。

 だが幸樹は痛覚を無視し、大声を上げ続ける。

 するといたる所からフラフラと人が現れる。

 生きることを止めた人達。このような叫びで出て来るとは正直考えていなかった。

 しかし現実は、


「この声は……」

「そうだあの……」

「戻って来た……」


 声を揃えて周囲を見渡す最下層の住人。そこに幸樹は、


「俺はここだ!」


 痛む喉を更に鞭打ち己の居場所を示した。

 瞬間、全員の視線が幸樹に注がれる。そして最下層の彼らは遅い足取りで幸樹に近づく。

 広場だけではない。幸樹がいる道の前や後からもやって来る。


『殺してくれ』


 好き勝手に望みを唱えながら、幸樹に近づく。

 だから、


「殺してやる」


 先に宣言する。

 おお、と歓喜をあげる彼ら。すでに目前まで近づいていた。手を前に出し制止させた。


「ただ、条件がある」


 それは、


「それは、死にたいやつ全員に知らせること。自分だけの事を考えるな。

 それと一人一人殺す。その際名前そして最後に一言。何でもいい。生きて来てよかったこと。来世はどんな風になりたいか。今の気持ちは。本当に何でも良い。ただ一言だけ、残してくれ」


 言い、幸樹は腕を前で払う。


「ほら、ボケッとするな! 死にたいなら死にたがっている奴を全員ここに連れて来い!」


 唖然と聞いていた最下層の住人。

 だが幸樹の一括に慌て、それまで見せなかった機敏さで人を集めに行った。


 ……ヒメ……。


 殺されるために行動する彼らを見て、幸樹は自分に頼みごとをした少女のことを思う。

 助けてくれと、そう頼まれた。

 生かすため。生きていかせるため。助けてくれと。

 しかし今、幸樹は頼みとは違うことをしている。

 彼らを助ける為ではある。だが、生かすためではない。

 すまない、と幸樹は思う。頼まれたことを達成できないことではない。彼女が今まで最下層の住人にしてきた苦労を全て無駄にする行いをすることに対しての、すまないだ。だから、


「ヒメ……すまない」


 口にして謝罪をする。今頃慌てていであろう彼女を心で浮かべながら。


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