第25話 聖者(こうき)と生者(ひめ)1

 夜の帳が落ち切り、生活が翌日の為に休息を始めた頃。


「お嬢様、ヨスナの治療終わりました。イナミとマキナも側でぐっすり眠っています」

「ありがとう。アメちゃん」


自室にて報告をヒメは受ける。

そっと寄り添うアメ。しかし二人の間に会話はそれ以上行われなかった。それは昼にあった衝撃な出来事に起因する。

一人になり冷静になったヒメ。だがほんの少し前までヒメは混乱していた。

混乱するのは当然だ。人が光となって消えたのだから。


……アレは初めて声がした時の。


 そう。人々が願った後。光が空から降った。その光と酷似している。

 違う点は人間の肉体が消え、空に昇って行ったこと。


 ……いや、今考えるべきはそこじゃない。


 考えるべきは、どうしてサンタナのリーダーが消えたのか。

 何もリーダーの体に前兆は無かった。

 あの声がし、光にすると明示したわけでもない。

 故に考えられること。


 ……幸樹の言葉。


 死ね、と彼は言った。

 それだけで本当に死ぬとは普通なら考えられない。

 しかし死ぬことが無いこの世界で、普通の定義は以前とは確実に異なっている。何が起こっても不思議ではない。そうであっても、リーダーの消滅は異常だった。

 故に幸樹の言葉とリーダーの身に起こったことが関係あると考えてしまう。

 だからだろう。

 最下層の人間達が幸樹に近寄り、


『殺してくれ』


 と迫ったのは。

 幸樹が飲み込まれてほどなく、ムーマとアメが駆け付けたから良かったが、あのままにしていたならばきっと彼は圧死をしていたかもしれない。幸樹が不死かどうかわからない以上それは避けなければならない。

 幸樹を救出し、逃げる際。振り向きながら見た最下層の人間達の顔をヒメは思い出す。


 ……人間の底の醜さって……。


 あの、絶望も憎しみも悔しさも。負の感情を入れられるだけ鍋に入れて煮込んだような、腐りきった顔が人間本来の素顔なのだろう。

 少なくともヒメにはそう感じられた。

 その顔を間近で、そして欲に駆られた行為を直接受けた幸樹は今、部屋に籠っている。

 当然だ、とヒメは納得していた。

 逃げる際に見ただけのヒメでさえ怖気を感じるものだったのだ。

 ましてや死を感じる体験と同時なのだ。恐怖は計り知れないだろう。

 そして一つ、気掛かりなことがあった。


 ……傷が、治っていなかった。


 通常なら二十分。遅くても一時間あれば完治する。

 しかしいっこうに回復する気配はない。

 来訪者だからかヒメには分からない。他の来訪者は歳も取らず、他の人間よりも回復が早いくらいだと聞いていた。

 故にヒメは、幸樹も同じだろうとたかをくくっていた。


 ……その油断で殺しかけた。


 自分が行ったことではない。

 だが、自分が決定したことで幸樹を死なせかけた。

 どうであれそれで幸樹が死ねば、ヒメ自身が殺したことになるのではないだろうか。

 違う、とムーマやアメは言うだろう。

 けれども本人はどうだろう。

 当初のヒメの計画ではサンタナと幸樹を会わせることはなかった。

 初めの契約ならば確かに今日の予定であった。しかし、前回から最低でも一ヶ月はあけるよう、手紙を出していた。それは幸樹が毎日来ると言ったため、計画を変更したためだ。だが彼らはそれを無視し、やって来た。

 そうなるかもしれないと、考えてはいた。相手はならず者。こちらの言う通りにし続ける方がおかしい。ならば、彼らにも、幸樹にも好きにやらせよう。もしもの時には助けるなどすればいい。あの場所にさえ行かなければ。

 ただ、幸樹からしたならばこちらの予定や思惑など関係ない。


 ……きっと恨んでるだろうな。


 許して貰えるとは思わない、とヒメは心で言い切る。

 何もわからず連れて来られ、ましてやそこで勝手な策略の一部にされ、その上苦痛や恐怖をこれ程とないくらいに体験したのだ。許せるはずがない。

だから、と思った時だ。勢いよく入り口が開かれ、


「お嬢様!」


 クロメが焦り、入って来た。

 どうしたの、と聞く前に彼女から問題を伝えられる。


「幸樹様がお部屋にいません!」


 ヒメは反射的に窓を見て、


「幸樹!」


 届きもしない呼びかけをした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る