第22話 偽善の喪失者4

 最下層に住む少女たちの名を幸樹が呼ぶのを、ヒメは聞いた。

 気持ちを入れ替えたからなのか。彼は瞬時にスピードを上げ、門を通過していった。

 ヒメは彼の背を見ながら、一生懸命に走る。後ろからアメの罵声と門番の悲鳴が聞こえ、胸を痛めるが、今回の件が解決したならば褒賞をあげよう、と決めて聞き流すことにする。

 駆けていった幸樹より遅れて数秒。ヒメは門に辿り着いた。


「ムーマ! アメちゃん!」


 二人の名を叫んぶ。すると門がゆっくりと閉じ始める。後ろを見れば操作室から飛び降りて来たであろうムーマが着地をしていた。

 門と門の間でヒメは待っていた。呼んだ二人がこちらへと向かって来るのを。

 ムーマは着地から立ち上がった状態のままであった。アメは周囲にいた人間の急所を的確に突き気絶させると、以前見せて貰った縮地法を使い瞬時にムーマの隣まで移動をした。が、それ以上ヒメの方に近づくことはせず、逆にヒメに背を向けてしまう。


「何しているの! 二人とも!」


 当然の叫び。すでに門は五分程閉じているのだ。縮地法を使えたとしても、ギリギリまで戦う理由はない。最下層にまで来てしまえばあとはどうとでもできるのだ。

 ならばこれ以上無益な内輪な戦いをしても意味がない。のだが、


「お嬢様、ここは私達が食い止めます。ですから気にせず行って下さい」


 その戦いが必要ないのだが、この子は理解していないようだ。

 と言うよりも、自分を守るナイト、になれていると思っているのだろう。現に目がキラキラをしている。そのうえ、


「お嬢様にカッコいい姿を。お嬢様にカッコいい姿を」


 ニヤニヤしながら呟いているのだ。間違いないだろう。

 アメは言っても聞かない、とヒメは判断し、今度は仁王立ちのムーマを再び呼ぶ。


「ならムーマ、早く! そこはアメちゃんだけで良いでしょう!」


 本当ならば、アメだけでもオーバーキルをしてしまいそうで内心ハラハラしているのだ。

 そこにムーマもプラスしたならば、肉体と精神、両方が危険だ。

だがムーマはこちらを向いて爽やかに微笑む。


「人の気配は一か所に集まってぇるから。隠れてたりしてなぁいから。大丈ぉ夫。それにもし何かありそうだったら、アメちゃんが瞬時に察知にして助けるだろうからモーマンタイぃだよ」

「確かにアメちゃんなら出来そうだけど! そうだけど!」


 人の気配もムーマが言うならば正しいのだろう。ただ一つ、思うことがあった。


「後で私に怒られたいから来ないよね! それは!」

「まっさかぁ。戦いで相手に殴られたりぃ、踏まれたりぃ、その後でヒメちゃんに怒られたりでぇ一度で三つも美味しいから選んだわけないじゃあない」

「具体的に言えるってことは考えってるってことだよね! そうだよね!」


 自分もしたことだからよくわかる。

 ただ門を見ればヒメが通れるギリギリのタイミングであった。

 ヒメは仕方なく最下層への門をくぐる。すぐには走り出さず、閉まって行く門の隙間からムーマとアメの様子を窺う。自分が完全に門をくぐったからだろうか、アメは猛烈な勢いで門番に突進し、集団だった彼らをバラバラにはじけ飛ばした。

 かたやムーマは向かって来る数人にリズミカルなステップで近づく。手を伸ばせば触れられる距離まで行くと、一瞬ムーマの姿が消えた。次に現れた時には接近していた門番の数人は見るも恥ずかしい格好で縛られ身動きが取れなくなっていた。


 ……ただ、なんで自分も縛っているの……?


 消失前には無かった縄が、現在ではムーマの身体にきつく縛っていた。自分が幸樹に行った際とは比べ物にならない程きっちりと、だ。

 一人でよくできたな、と感心を抱いていると、門が完全に閉まった。

 つまりは、ヒメは一人になってしまったと言うことで、


「はぁ……」


 とヒメはため息をつくしかない。


 ……とりあえず、行こうか。


 覚悟を決め、進もうとするヒメ。その際、抱きかかえている物に気付く。それは幸樹から受け取った、ヨスナ達へのプレゼントが入った袋。中にはおもちゃや服などが入っており、ヨスナ達に渡したならきっと喜んでくれるはずの物ら。


「今はこんなの要らないでしょ」


 言い、ヒメは幸樹から受け取ったものを地面に投げる。中に入っていた物がこぼれ、ヒメの前に少し出てしまう。それをヒメは避けようとせず、踏んで前に進む。


 ……嫌だなぁ


これからの展開を予想し、ヒメの足取りは亀の様に鈍足となっていた。


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