第21話 偽善の喪失者3

「いいから離せよ!」


 門に着いた幸樹は、周囲の目を気にすることなく怒鳴り声をあげた。

 怒声を向けたのは衛兵だ。

 門番が、最下層に向かうことを了承しないのだ。危険だからと。

 だが、危険になっているからこそ、幸樹はその先に向かいたいのだ。問題がどの程度なのかわからない。自分に解決できるものかもわからない。


 ……だからって行かない理由にはならないだろ!


 けれど、気持ちとは関係なく、向かうことは叶わない。

 くそ、と幸樹は無力な自分に悪態をつく。

 衛兵を振りほどく力もそうだが、その後をつなげる力が自分には全くないのだ。門を開けることも、開けた後のことも。それでも、


「それでも……助けに、行きたいんだ」


 幸樹は無意識に持ってきていた、プレゼントが入った紙袋の持ち手を強く握りしめる。

 非力さに。悔しさに。無念さに。

 ただただ幸樹は動けぬままでいるしかないのかと、そう感じた時、


「幸樹、行きたいの?」


 ヒメの、どこか悲し気な質問が幸樹に向けられた。


「ヒメお嬢様!」

「黙ってて。……それで、幸樹、どうなの?」

「行かせて……くれるのか? あんなに、嫌がってたのに」

「嫌だよ行かせたくないよ」


 ハッキリ言われ、終わったと、幸樹は心から思った。しかし、


「それでも、行きたいなら行かせるよ」

「良いのか!」

「行かれるのも困るけど、行かないで幸樹が壊れても嫌だからね」


 そう言って、ヒメは懐からハンカチを取り出す。

 折られた状態のそれを彼女は幸樹の口に当てる。


「ッ!」


 一瞬の痛みが幸樹に走る。激痛、と言う程でもない。ただ沁みる痛みが口から感じられた。

 何が、と思うと同時に、ヒメから答えが提示された。

 押し当てられたハンカチを幸樹は見せられた。そこには赤い液体が付いていた。


「歯がゆいからって、下唇を噛み切る人だもん。どんなことをするかわからないからね」


 なら私が考えられる中で、とヒメは続けていったような気がした。

 しかし、そんなことは幸樹にとって、どうでも良かった。


「行く! 行かせてくれ! ヒメ!」

「うん、わかった」


 了承し、ヒメは叫ぶ。


「アメちゃん! ムーマ!」


 名前を呼んだ瞬間、幸樹の体が軽くなる。

 身体を拘束していた衛兵達がバタバタと倒れていった。その原因を探れば、幸樹の両隣にアメとムーマが立っており、


「……なんで虫の為に……」

「お待たぁせ。幸樹君」

「お前ら……」


 先程まで周囲に居なかった人間が突然現れたこと。そして、ヒメの頼みとはいえ助けてくれる行為に、幸樹は有難さを感じる。


 ……この人間やめている二人なら。


 言い方が酷かった。

 けれど感謝をしていないわけではない。馬鹿にしているわけでもない。だからこそ、


「頼む」


 願い、横に並び立つ。


「お、お待ちください! まだそこの者だけならいざ知らず、お二方までいかれるのは」

「二人だけじゃないよ。私も行くよ」

「もっとダメに決まっております!」

「アメちゃん、ムーマ。やっておしまいなさい」

「はい!」

「わかったぁよ」

「……どこのご老公だよ」


 まともなことを言っている方が退治され、我儘を言っている方が成敗する図。


 ……なんだかなぁ。


 自分のためと言うこともあり、強くツッコめない所が悩ましい。

 戦闘態勢に入るアメとムーマに、衛兵は絶望の顔をする。勝ち目がない、と言う事は当然ながら分かっているのだろう。しかし、止めないわけにはいかない。彼は懐からホイッスルを取り出して加えると、


「ピ――――ッ!」


 大きく吹いた。

 すると、周囲から多くの衛兵が集まりだす。ゾロゾロと至る所から幸樹達に向かって走ってくる。それを見て前にいるヒメが、


「ムーマは門を。アメちゃんは通路の確保」

『了解』


 同時の了承を二人がした瞬間、彼らは消えた。

 驚きに瞬きを幸樹は三つした。そしてそのどれもが違った映像になったことに、幸樹は更なる驚愕をした。

 一つ目の瞬きでは目の前に居た衛兵が吹き飛んだ。

 二つ目の瞬きで近寄って来ていた衛兵の前衛がなぎ倒された。

 三つ目の瞬きで眼前にアメが現れてこちらにビンタをした。


「痛ッ!」


 幸樹が叫び終わる頃になって、吹き飛び、なぎ倒された男たちが落ちる音が連続で鳴る。

 一瞬にして仲間が倒され恐怖する衛兵。その中、未だ痛がる幸樹に、


「ほら行くよ、幸樹」


 手を引っ張り先導するヒメ。

 有難い。大変ありがたいことなのだが、何故だろう。とても泣きたい気分だった。


 ……それにしても、小さいな。


 先を行く小柄な少女の手は、力強く幸樹を引っ張っている。だが、その手は自分と比べ二回り以上も小さかった。

 そんな手の持ち主にいつまでも手を引かせるわけにはいかないと、幸樹は走る速度を上げる。追い付くつもりが、それはすぐに果たされ、次の瞬間にはヒメを追い越す。隣を過ぎた時、ヒメから、


「先に行って。大丈夫だから」

「荷物を頼む」


伝えられ、幸樹は手に持っていた荷物をヒメに投げ渡し、振り返ることなく走る。

 目の前で壁になる衛兵達は消えたり現れたりするアメによって排除されているために問題はない。けれど、その先にある門は未だ閉じているために進むことが出来ない。

 一体どうすれば、と思案していると、ゆっくりと門が開き始めた。しかも、内側と外側。二枚の門が同時に、だ。


「ヒメちゃーん、幸樹くーん早く行ってー」


 ムーマの声がし、その方向を見れば操作室であろう場所から体をのぞかせる彼がいた。消えていた彼は遥か頭上にある操作室に上っていたのだ。


 ……ありがとう。


 向かわせてくれる三人に感謝をする。だが次の瞬間には違う気持ちが幸樹の胸を埋め尽くす。


「……ヨスナ! イミナ! マキナ!」


 少女達を守ろうとする気持ちだった。

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