第19話 偽善の喪失者1
最下層前にある商業が行われる層に、幸樹はいた。
何度も訪れていた場所であったが、それも馬車で移動しているか門の前にいるかだけであった。現在は歩き、門の近くにある街だけであるが探索をしていた。
街並みはやはり十六世紀ヨーロッパ。そこに異文化がいくつも混ざっているものだった。その中で、居住スペースと商いが行われる部分と大まかに分かれていた。もちろん居住している場所で商売を行っている人も居れば、人で賑わっている場所でその様子を眺めて楽しんでいる人もおり、どこに行っても人々は楽しそうに過ごしていた。
……最下層とは大違いだな。
当然と言えば当然の事。しかし、『死』んだ人間しか見ていなかった幸樹にとって、生き生きと活動する人々を見るのは、珍しく感じてしまうのも無理はなかった。
右を見れば綺麗な花を扱っている屋台や肉が焼ける香ばしい匂いを放つお店。左を見れば新鮮な果物を数種類の箱に分けて販売している人間や筋骨隆々の男が可愛らしいドレスをお勧めしている場所。違う道に行けば、女性が汗水を垂らしながら刃物を鍛えている鍛冶屋に多くの子供たちが集まり遊ぶスペースもあった。
どの場所でも人は楽しくしており。また、そうでなくても泣いたり、怒ったり、喜んだり。感情豊かに過ごしていた。
その様な事、『死』んでいる最下層に求めるべくもないものだ。
初めはそのギャップに圧倒されていた幸樹も、元の世界との違いを楽しみ、そしていつかヨスナ達を連れてきたいと思う様になっていた。
……早く来ればよかったな。
悔しく思い、幸樹は顔を渋くする。
訪れていなかったのは商業が行われる層だけではない。各階層として区切られている場所に、自分はほとんど足を運ぶことが出来ていなかった。ヨスナ達の事で頭が一杯だったということもあるが、ヒメに行く場所の制限をされていたというのが大きかった。
いくつかの理由があるのだろうが、管理が面倒、との堕落的な理由で却下されていた。それを今になって許可されたのには正当な訳がある。
「いやぁ、良い買い物をしたな!」
「それだけで済んで良かったよ……」
笑顔で宣言する自分に対して、ヒメは呆れ顔であった。
かくれんぼの日から六日後。あの夕方、ヨスナと約束したプレゼントを買い幸樹はヒメの許しをどうにか取って買い物に来ていた。
リストを作成すれば買いに行かせる、と何度も却下をしていたヒメ。それに対して、自分で選ばないと意味がない。品を見て予定していた物よりも合っているのが見つかるかもしれない。等々と毎日毎日説得した甲斐もあり、ようやくと言っていい本日、約束を果たすことが出来た。
もちろん、ヨスナが元から願ったものを、幸樹はちゃんと叶えていた。
……毎日、遊びに行ったもんな。
その中で、ヨスナやイミナ、マキナの趣味を見て知っていった。故に、実際に欲しい物、と言う訳ではない。また、彼女たちが欲しいと言ったわけではない。
だが、思い出等の記憶に残る物だけでなく、形としても何かを幸樹は与えたかった。確かに彼女たちに何かを与えている。その満足感を得たいためかもしれない。けれども、それでいいと、幸樹は考える。
……その行いも、思い出の一つ、だからな。
決断し、洋服や軽めのおもちゃなど、いくつか選出した。合計で袋二つ分には抑えたため、ヒメの言葉にはその意味があった。
現在はカフェテリアで一休みをしている。いつもならば口うるさい人間が二人ほどいるが、現在は最下層に行くための手続きで席を外している。そのためとても静かな休みを幸樹は得て堪能していた。
「落ち着くって、良いものだな」
「普段から落ち着いていない人間が何を言うんだろうね」
「周りのテンションに合わせているだけだ」
「合わせられるってだけでも、相当だと思うよ」
はぁ、とため息をつくヒメ。言いたいことが幸樹にはわからなかったが、テンションがおかしい集団の中心の人物だ。まともな自分では理解できないことなのだろう。
「それよりも、今日も本当に行くの?」
「当たり前だろ? 今までだって毎日来ていただろ。それを何で今日は行かない、てなるんだ」
「……そうだけど」
歯切れの悪い会話に、幸樹は不思議を感じる。
しかも、今だけ、と言う訳でもない。前から少々あったが、特に強く感じられるようになったのは昨日の夕方からだ。また明日も同じ時間で、とヨスナ達に約束をした幸樹に、ヒメは、
「連日行っているから、明日くらい休めば?」
と言ってきた。
提案的におかしくはない。だが、どこか違和感を幸樹は覚えた。だがそれがどこなのか、何に対してなのか。その答えは見つけることが出来ず、保留のまま、結局の所押し切って今日にいたる。
「そんなに行って欲しくないのか?」
「違う……の。ただ、張り切り過ぎて欲しくない、かなぁ、と」
「なら、今日行ったら明日、明後日は城でゆっくりさせてもらうよ」
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