第17話 泡沫の遊戯5

 夕日で赤く染まった道を、幸樹は歩く。

 かくれんぼでアメにボコボコにされた幸樹だったが、手加減をされたのか、もしくは耐性が付いたのか。気絶することなく過ごすことが出来た。

 けれど、体の痛みは酷く、かくれんぼを続行することはできなかった。なので幸樹は、他にヨスナ達を楽しませるために、激しく動かなくても良い遊びを行った。あやとりやお絵かき歌、遊びではないが桃太郎などの童話をいくつか話した。どれも彼女達には刺激がある物だったらしく、食いつきは物凄かった。

 ようやく体をマシに動かせるようになった頃には夕方になっており、帰ることとなった。

 現在は門に向かって歩いており、見送りたいと言うことでヨスナ達も一緒だ。特にヨスナは幸樹と手を繋ぎ、ルンルン気分で歩を軽やかに進めていた。


「楽しそうだな、ヨスナ」

「うん! でもね。ほんとうはさびしいの。コーキが帰っちゃうから……」

「ヨスナ……」

「でもね! またきてくれるんでしょ? ならきょうはちゃんとバイバイして、コーキにめいわくかけないようにするの!」


 本当に可愛いなぁ、と口に出してしまいそうになり、幸樹は口を押える。

 アメやムーマ、ヒメついでに級友と言った変人が周りにいるおかげか、ヨスナの純粋な笑顔には、心から優しさが芽生えてくる。


「ヨスナは何か欲しい物とかないか? 買ってくるぞ」


 んー、と悩む少女をニコニコしながら幸樹は待つ。

 元の世界ならばかなりアウトな絵ずらだが、異世界なのだから問題はない。


『十分問題な気がしますぞ?』


 そんなことはない、と一蹴する。

 自由度が高まって来た怨霊と戯れていると、


「うーん……」


 悩みすぎてヨスナが立ち止まってしまった。


「そんなに悩むことないんだぞ? 欲しいのなんでも良いんだ」

「ヨスナね、イミナおねーちゃんやマキナちゃん。それにヒメちゃんやムーマにアメおねーちゃん。もちろんコーキといっしょに遊べてしあわせなの! 十分! だから、ほしいもの、もうぜんぶもらってて考えつかないの……」


 ごめんなさい、と今にも謝ってしまいそうなほどしょんぼりとしてしまうヨスナ。


 ……かわいいなぁ! おい!


 思わず抱きしめたくなったが、ぐっと堪える。


「コーキ、どうしてきゅうにだきつくの?」

「ハッ!」


 我慢したつもりだった。しかし、頭で理解していても、体の行動を制することは出来ていなかった。ヨスナを前面から思いっ切りハグをしており、彼女の温もりや柔らかい感触をしっかりと感じていた。

 きっとこれも級友が体を乗っ取っているせいだろう。


『……もう認めなよ。君もロ――』


 ……そんなわけないよなぁ!


 被せ気味に、ヨスナの頭を撫でながら否定する幸樹。

 自分の事をさも幼女の事を大好きな同類と言おうとしたのだ。そんなことはないと否定するのはノーマルな人種として当たり前だった。


「うん。俺は普通だ」

「いつまでも抱き着いてんだ、変態虫!」


 テンプルへの強烈な一撃と共にアメの罵声が飛んできた。

 頭蓋に拳がめり込む錯覚が起る程強烈な威力。瞬間的にヨスナから手を放していた幸樹は、単独で吹き飛び建物の壁を破壊した。土煙が上がり、パラパラと崩れた壁の破片が地面へと落ちる音が響く。


「悪(ロリコン)は滅びろ。――そうですよねぇ。ヒメ様~」

「やり過ぎなんだけど⁉」

「手加減しましたから大丈夫です」

「あれで⁉ 建物壊れているけど、あれで⁉」


 遠くからヒメのツッコミを幸樹は聞く。また、誰かが駆け寄る音を。


「だいじょうぶ?」


 側により、心配してくれる。触れられ、傷ついた体は痛むが、その温もりで気持ちは和らぐ。

 膝の上に頭を乗せられ、撫でられる感触は傷口にゆっくりと染みた。

 誰か、は未だ目がチカチカして視認できず。聴覚も激しい轟音を間近で聞いたために役に立たず判断できない。だが、一番に寄って来てくれたことから、近くにいたヨスナであろうと、幸樹は当たりを付けた。


「ありがとうな、ヨスナ」

「え、ヨスナじゃないよ」


 ならば丁寧さからイミナか、と思い感謝を述べようとした瞬間、


「ムーマさんだよぉ」

「オロロロロロロロロロロ!」


 頭を置いていた場所は無駄に発達した大腿四頭筋があり、硬さの中にしなやかさがあった。触る手は筋っぽいが手入れが良いのかもっちりとしていた。声も、麻痺する耳では高低差など理解できなかった。

 つまり、男の膝の上で安らぎをちゃんと得ていた。


「それがなんだか辛いよな!」


 ならば、ロリコンと言われても良いから、幼女にしてもらいたいと心から願うのは、幸樹だけでなく男ならばある程度は賛成してくれるだろう。


「幸樹くぅん。僕、あのね……初めてだったから上手くできているか不安だったんだけど……大丈夫ぅ……だったかな?」

「頬を染めるのを止めろ! モジモジするな! 後ろのアメは煽るな!」


 後ろでヨスナの目を塞ぐヒメにはグッジョブを幸樹は送る。


「……良いから早く帰ろうぜ」


 疲れながらに言いながら、立ち上がろうとすると、


「もっと甘えちゃえ」


 ドンッ、と突然横に現れたアメが背中を叩く。

 先程のテンプルの攻撃より遥かに威力は低い。普通にたたかれた程度だ。しかし、今だ直前のダメージが抜けていないために、それだけでふらりと倒れてしまう。

 向かう先はアメの狙い通りムーマ。そのまま行けば彼の胸の中に行くだろう。避けようにも体が動かない。勢いもそこそこあり距離も近いために、言葉でムーマに避けてもらうこともできない。


 ……癪だがこのまま。


 受け入れる覚悟をした直後、問題が発生した。

 抵抗するために一瞬力を入れていたのが仇となった。足にダメージがかなり来ていたために、押された勢いそのままに滑ってしまい、当初よりも倒れる位置が延びてしまう。同時に、ムーマが受け止めるために軸を前にしたのが悪かった。

お互いが位置をずらしてしまったため、悲劇が起きる。

 ぶちゅう。

 幸樹の頭の中でそのような擬音が鳴り響く。

 目と目がムーマと合い、唇から無駄に柔らかい感触を幸樹は得る。


「きゅあああああああああ!」


 女子勢の悲鳴。その中に嬉しそうな悲鳴もあったように感じられるが、今の幸樹には深く考えられなかった。


「……えっと……その……ごめんなさい」


 今回はさすがのアメも事が事だからだろう。煽りや冗談を抜きにして謝って来た。

 ただ、それすら幸樹にはどうでもよく、


「…………(ポッ)」


 目の前で頬を染めるムーマに、幸樹は何も考えたくなくなっていた。


 ……もーやだ……。

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