第16話 泡沫の遊戯4

 眼前の光景に、幸樹は膝から崩れ落ちた。


「……なんで、普通に遊んでるんだよぉおおおおおお!」


 未だ見つけていなかった、ヒメ、ヨスナ、イミナ、マキナがアメを含めて楽しく遊んでいた。


「あ、幸樹だ」

「あ、幸樹だ、じゃねーよ! 何でここに居るの⁉」

「……虫の見つける時間が長いからだろーが」

「……くっ」


 ぐうの音も出なかった。

 二時間も探していて見つけられない自分の愚かしさを悔やむばかりだ。


「コーキー! コーキもこっちきていっしょにおいかけっこしよー!」

「あーうん。良いんだけど。ヨスナ? どこに隠れてたか教えてくれる?」

「え? ずっとそこにかくれてたよ?」


 言って、広場にある建物のような場所を指した。


「あそこでね、ヨスナとイミナおねーちゃんとマキナちゃんとヒメちゃんでかくれてたの」

「そ、そうなんだぁ……」


 笑顔が引きつりつつ、ヒメを見る。

 ん? と不思議そうに傾げる彼女。少し悩んだ末、こちらに背を向け、手を上げると、


「褒め言葉と受け取っておくよ」


 ヒラヒラと手を振った。


「あはははははっはははは! 完璧です! お嬢様! 虫がした行動の真似など、心良く思えませんが、一発ギャグとしてはなかなかいけますよ!」

「えー。コーキかっこよかったよ?」

「そうです。よくわからないですけど、かっこよかったです」

「うー!」

「僕もぉ、カッコいいと思ぉうよ」

「そうだね。自分に酔っているようなカッコ良さだったよね」

「やめろぉおおおおおおおお! 胸が! 胸がむず痒いぃいいいい!」


 半分以上が純粋に言ってくれるのが、質が悪い。無意識に言ったこととはいえ、自分らしくない発言と行動に幸樹は悶えるばかりだ。

 しかも、見られていたのが自分の探索不足故となれば、苦しさも増す。


「なら鬼交代だ! 初めに見つかったアメ! やってみろよ!」

「何故貴様が決める!」

「わー! こんどはアメお姉ちゃんおにだー!」

「よろしくお願いいたします、アメさん」

「うー! うー!」

「くっ……」


 幸樹やムーマには強気のアメも、幼女達の純粋な心にぐうの音も出せなかった。


『つまり、幼女最強ってことですな! ですな!』


 黙れ、怨霊。と一蹴して、


「それじゃーちゃんと百、数えろよ。よーいスタート」


 言うや否や、ヨスナ達は駆け出していき、ムーマはアメに踏まれに行き、ヒメは、


「幸樹、途中まで一緒に行こうか」

「ん? いいぞ」


 彼女の申し出のままに、共に幸樹は歩きだす。構ってくれる人がいないため寂しいのかと思い了承した。しかし、お願いしてきたヒメは話すことなく歩き続ける。

 アメが大きい声で数える数字が六十になる頃、


「幸樹……本当にありがとうね」

「いきなりどうした!」


 シュン、とした表情で感謝を述べるヒメに、幸樹は本気で驚く。

 どの瞬間でも元気で明るくふるまっている彼女。それが暗く、真面目なトーンで、ありがとう、などと、


「風邪でもひいたか⁉」

「何でそうなるの!」

「あ。いつものヒメだ」

「どんな判断基準⁉ 叫んでるのが私なの⁉」

「うんうん。それこそヒメだ」

「考えを改めて! 今すぐ改めて!」


 涙目で訴えてくるヒメ。

 うん、可愛い。と余計なことを考えつつ、


「検討しておくよ」

「それ、しない時の常套句だよね⁉」

「ナンノコトダカー」

「むぅ……」

「膨れるな膨れるな。それで、何の感謝なんだ?」


 このままだと話が進まないのは身をもって知っている幸樹。

 故に、自分から脱線させたことを棚に上げて、自ら話題を戻す。


「……幸樹、アメちゃんやムーマとも仲良くしてくれているでしょ。ヨスナやイミナ、マキナちゃんだけじゃなくさ」

「仲良くというか、絡まれているだけだが」

「それを真っ向から相手してくれるのって、嬉しいものだよ。相手にされない、見てくれない。片手間にあしらわれる。他にもいくつもあるけれど、どれも自分を見てくれていない。そんなの、辛いでしょ?」

「お前がいるだろう。あとはあいつら同士だって」

「一人より二人。二人より十人。数が多い方が良いでしょ?」

「うーん。そうかなぁ。俺は下手な百人よりたった一人が良いかなぁ」

「幸樹にはいたの? そんな人」

「俺は……」


 考えた瞬間、激痛が脳に走る。

 同時、目に見える光景。家族との団欒、学校、遊び、飛行機、病院。

 そしてそのどれにも、覚えていたい。覚えていなくちゃいけないと心から思う人がいる。しかしそれが誰か、それが幸樹にとってどんな相手なのか。思い出せず、思い出してはいけないと。そう頭が、魂が告げる。

 ただ、その姿には見覚えがあった。

 ヨスナと出会ったあの日。自分を呼ぶ彼女の姿に被り、見えたあの女の子。


 ……いったい誰なんだ。


 そう考えれば考える程、痛みは増す。

 しかしもう少しで思い出せる、そんな感覚が幸樹にはあった。


「あともう少し……あともう少しで……」

「あともう少しで、なんだって?」

「もう少しで――――え?」


 後ろを振り向けば、般若がいた。


「人にはちゃんと隠れろとか、真面目にやれと言っておきながら? 何自分は道の真ん中で休んでやがるんですか? 自己中なんですか? クズなんですか? そうですか。そうなんですね。分かりました。分かりました」

「えっと……アメ様? 何が分かったというのでしょうか」

「鬼の私なら、不真面目にやっている貴様に何をしても良いてことですよねぇ!」

「待て待て待て待て! ほら! ヒメだって隠れてないだろ」

「どこにお嬢様がいるってぇ?」

「え?」


 周囲を見渡すが、少女どころか銀髪一本すらなかった。


「あの……えっと……」

「他に言っときたいことはありますか?」

「た、助けて……」

「あげません」

「で、ですよねぇ……」


 希望は残されていないと、幸樹は理解する。

 そして次にアメからされる行いも。

 故に幸樹は、大きく息を吸い、叫ぶ。


「ヒメの裏切り者ぉおおおおおおおおおおおおおおおお!」

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