第12話 失楽園のカースト国8

 頭を下げ嘆願して来るヒメを幸樹は戸惑いながら見ていた。


『うっほー。幼女が頭を下げて来てくれますぞー。これは素晴らしいですなー』


 ……口調が変わっているぞ。クラスメイト。


「はぁ……」


 怨念の彼がシリアスをぶち壊して台無しになったが、今は真面目なターン。

 頭を下げるヒメを見て、幸樹は考える。どちらにするべきか、と。


 ……答えはほぼ決まっているけどな。


 帰ることが出来るかわからない状況。またその方法があったとしても現状不明。探すにもいつまでかかるか不確か。そして探すまでの衣食住。

 承諾すればヒメの手伝いをすることになるが、生活に困ることはない。しかし断れば。


 ……最悪、埋められる。


 故に幸樹は決まり切っていた答えを伝える。


「……いいよ。やってやる」

「ほ、本当!」


 承諾した瞬間、ヒメが勢いよく頭をあげて面を輝かせた。

 それは三百を超えた人間とは思えぬ、子供の純真な可愛らし表情で。

 純粋に、この子の為に頑張ろうと思えるモノだった。


「……………………………………」


 そしてその間に割り込んできたアメの表情は因縁を付けて来る不良のそれだった。

 アメの顔を見れていないヒメは、やった。やった、と素直に喜んでいた。

 だが喜ぶ度にアメの眉間には血管が浮き出ていた。

 このままでは彼女の血管が切れて大変なことになりかねない。


 ……同時に俺の身も大変なことになりかねない。


 女の逆恨みは怖い、と心底から幸樹は震えた。そうならないためにも、


「で、さっそく何をすればいいんだ?」


 睨みを利かせるアメを飛び越えてヒメに指示を仰ぐ。

 喜んでいたヒメは笑顔のままこちらを向き、


「初めはね、あっちにいる子たちと遊んで欲しいの」


あっち? とヒメが指差した方を幸樹は向く。そこは瓦礫が山を成していた。その隣に道があった。とりあえず聞いたのだから早く移動しなければならない。そろそろアメの我慢が臨界点に達しそうだ。すでに般若化している点も重要だ。

 足早に三人から離れ道に入る。その奥は曲がっており、先へ進むと広場がありそこには、


「おねーちゃーん。みてー。きれいなおはなー」

「ほんとだねー。いろあざやかできれいだねー」

「あーあー」

「はい。マキナちゃんも」

「あー!」


 幼女が沢山いた。


『我が生涯、一片の悔いなし!』


 ついでにクラスメイトが勝手に除念された。

 よかった、よかった。と身の安全が確保されたことに幸樹は一瞬の気の緩みを得た。


「いやいやいやいや。なんでやねん」


 自分でも下手なノリツッコミだと感じる。だが予想外な情景に混乱してしまったのだ。

 普通の子供がなぜこのような終末の場所にいるのか。当然の疑問を、


「彼女らは出身がこの最下層ぅなんだ。だからここにいるのが普通ぅではあるんだよぉ」


 不真面目なムーマが真面目に答えた。


「……認識を改めないとか……」

「わぁ、胸に針を刺される感じだぁ。ぬるい責めもたまにはいいねぇ」


 真面目発言の割合は低いんだな、と妙な納得を幸樹は得た。


 ……これからは変人発言だけ無視をしようか……。


 そうなるとムーマの発言の九割九分を無視することになってしまう。

それもそれでいいか、と解決をし、


「だがそれならすぐにここから出してやればいいんじゃないのか?」

「そうもいかなくて、ここの暮らしに慣れてるから上で仕事の苦しさで堕ちかねないの」

「仕事はしているんだな」

「ほぼ無意味ではあるけどね。食料なんかは食べなくてもお腹が減らないから嗜好品みたいなものだし。けれども、仕事をして堕ちないようにしている、感じかな。何もしないよりはマシだし。だから無理な労働は全然ないんだけど。これまでの生活が一変するわけだから」


 過保護が過ぎる、とは思えなかった。


 ……心配しすぎないとダメなほど、切羽が詰まっているんだもんな。


「それに、母親と引き離したくはないし。だからまずあの子たちをお願い」


 ああ、と幸樹が受ける前に、


「あ、ヒメちゃんだ!」


 一人の少女がこちらへと駆け寄ってきた。こちらといっても少女が呼んだ通り、ヒメへだ。


「ヒメちゃん、今日はどうしたの? 遊びに来る日じゃないよね?」

「うん。だからヨスナちゃん、今日は私じゃなくて、この男の人が遊んでくれるよ」

「ふえ?」


 ヒメに言われ、少女は幸樹を見る。

 幸樹の姿を頭の先から足先までを眺める少女。


「へんなかっこうのおにーちゃん、お名前は?」


 病院着以外を着たかったが、他の服を貰えなかった、とは言えず苦虫潰した表情で、


「……幸樹だ」

「コーキ? ならコーキ、早くあっちにいこ!」


 ヨスナは元居た場所を指差す。そのままそちらに駆けていく。

 どうしたものかと悩み、幸樹はヒメを見る。

 お願いした張本人だからか、早く行ってあげて、と頷きで答えて来る。

再びヨスナの方を見る。彼女はすでに他の少女たちの所まで戻っており、現状の会話をしている様だった。その証拠に、こちらの方を見ると手を振り、


「コーキ―。みんなにちゃんとじこしょうかいしてー」


 早く来い、と催促をしている。仕方がなく向かおうと一歩を踏み出す。瞬間、


『幸樹、おそーい』


 唐突に、脳裏に映像が流れた。

 それは一人の女性がこちらを呼ぶもの。彼女の歳は幸樹と同じぐらい。またその少女を、自分はよく知っている。だがいったいどこで知ったのか、その記憶が一切ない。

知っていると言う感覚が強烈に浮かんで来るのだ。


「コーキ―?」


 呼ぶヨスナに重なる見たことが無い少女。しかしよく知っている彼女の事を思い出そうと記憶を手繰っていると、


「コーキー。だいじょうぶ? 顔がくらくなってるよ?」


 と、自分の腹部の服を少々つまみ上目遣いでこちらをヨスナが呼んでいた。


「……かわいいなぁ」

「コーキ―。こんどはこわい顔になってるよ?」

「ハッ!」


 いかんいかん、と幸樹は首を振る。


 ……精神を怨念にのっとられていた。


『いや、私は何もしてないよ?』


 嘘をつくとはこの怨念、凄まじく力を付けている。しかも除念できていない。気を付けねば。弱くなっていた精神を幸樹は戻す。そしてヨスナに安全であることを伝える。


「もう大丈夫。さっきは怖い思いさせてごめんね」

「本当に大丈夫? 何もしない」

「しないしない」

「食べたりしない?」

「うん。しないよー。ただあとでその意味を教えた人を成敗しなきゃって思うけど」


 アメなら無理だよなぁ、と無駄なことを考えつつ幸樹はヨスナに尋ねる。


「それで、俺は誰に自己紹介すればいいんだ?」

「あ、そうだね!」


 ヨスナは不思議そうにしていた顔を輝かせ、近くに居た少女と幼児をさす。


「こっちがイミナおねーちゃん。で、こっちがマキナちゃん」

「こんにちは」

「あーう」


 紹介され、挨拶をしてくるイミナとマキナ。ならば、と、


「俺は幸樹だ。よろしく」


 自らの名前を告げた。

よろしく、とヨスナは元気よく返事をし、


「じゃあコーキ―、あっちにいってお花をつんでこよ!」

「四人で遊ばなくて良いのか?」

「お花をつんで、イミナおねーちゃんにかんむり作ってもらうの!」


 早く、とヨスナは幸樹の手を引っ張る。幸樹はそれに中腰となって従う。

 この子たちを、自分は救う。そう約束をした。

 だが実感も無ければ、意志も無かった。

 しかしヨスナと被るあの少女。彼女を大切にしなければと思う気持ち。そして、


「コーキ―」


 知り合って間もないが、汚れなく笑うヨスナを見て、幸樹も笑う。


 ……関係、持っちゃったからな。


 約束したからでも、ましてや言われたからでもない。縁がヨスナとの間に出来たから。

 だからこれからも笑えるよう、自分がしてあげよう。

幸樹は胸の内で決意した。その手始めとして、


「……お花摘み、か」


 その次に待っているであろう冠作り。そこでイミナよりも凄い冠を作ろうと目標を立てた。

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