第11話 失楽園のカースト国7
その通り、とヒメは内心で頷いた。
死なない世界。死ぬことが出来ない世界。
ただそれは肉体だけに限ったこと。精神は違う。
そして、人間の精神はそこまで強くはない。
目の前の事を着々と進めることでしか人間は生きることは出来ない。
またそれはやり切る程度の中でだけだ。
例えば仕事だ。
遥か昔、まだこの世界に死が在り、戦争が起こる前。その頃での一部の仕事には、定年、と言う終わりがあった。決められた年齢になれば仕事を行うことが無かった。
だが今は違う。
花屋ならば永遠に花を売り続けなればならない。
接客業ならば永遠にクレーム等に悩まなければならない。
農家ならば永遠に辛い生産を行わなければならない。
変わらない日常を続けなければならない。
そこで考えるのだ。
『この生活がいつまで続くのか』
と。思考がそこに行ってしまえば後は足早に進んでいく。
仕事をする気力がなくなり。生活をする意欲も無くなり。
生きる気概がなくなる。
死のうとしても死ねない。だからこそ“何もしない”を選ぶ。
……だから私は……。
グッと、拳を胸の前でヒメは握る。そして、
「うん。ただ在るだけの存在になるのが今のこの世界での、死」
幸樹の言葉に改めて解答を告げる。
「そしてその状態を私達は『堕ちる』と言っているの」
兵士二人の会話で注意勧告として出て来るほど浸透はさせている言葉。
しかし国の全員に教えているわけではない。絶対量で言えば少ない。
……それは意識しちゃうから……。
意識をすれば考える。考えてしまえば『堕ちる』原因となってしまう。状態は知っている。だが言葉で覚えているのと、症状で分かっているのでは圧倒的な差が出る。だから、
「私は出来るだけ『堕ちる』要因を取り除くよう努力していた」
「それがこの追い出しみたいなやり方か」
幸樹の語気は強いモノだった。きっと怒っているのだ。しかし、
「そう。でも見捨てているわけじゃないの」
なぜなら、
「彼らは今でもこの国の国民なのだから」
最下層であるここは国の外にある。国の中にあっては他の国民が認識してしまうからだ。
だからと行って国内にいなければ国民でないとはヒメには出来なかった。それは、
……いなくなって欲しくない。
その一心があったために。
そしてヒメは彼らに生きる意志を取り戻して貰おうと尽力した。けれども出来なかった。
途中までは上手くいくこともあった。だがどうしてもダメになってしまう。
チラリと、ヒメはアメの方を見る。当然だがあまり良い表情はしていない。
……そうだよね……。
彼女がかんばしくない表情をするのは自然な事だ。
理由は簡単だ。
『堕ちた』人間の更生に失敗した時の被害者が彼女なのだから。
だから恨まれても仕方がない。
……でも、彼女はしなかった。
それどころか好きとまで。彼女に起こった不幸の原因を彼女が知らないわけではない。と言うよりも自分から告白した。
当初は混乱していたが、すぐに現状に近づいて行った。
……ありがたかったよね。あれは。
許して貰えた。そう感じられたから。
だがアメに起こったことが無くなったわけではない。それは自分がしたことも。
ゆえにヒメは誓ったのだ。もう同じような結果は出さないと。
そのために、ヒメは彼にお願いするのだ。
「幸樹。彼らを助けて。具体的には、遊びとか、娯楽を行って欲しいの。大丈夫。楽しいって感情を持てばそこから広がるから。これまでいろいろして来たけど、どうにも喜怒哀楽とかの感情が全部機能していないの」
「だからそれを起こそう、てわけか。だけど遊びなんかはこの世界にもあったんだろう? それを見せればよかったんじゃないのか?」
問われ、ヒメは首を横に振るう。
「ダメなの。戦争が長かったせいか、『遊び』の文化が消失してしまってるの」
「なら娯楽なら漫画――は残っているわけないよな。だが、同じものなんて無理だが、新しく創作をすればよかっただろ。なんで新しく作ろうとしなかったんだ?」
「したくても、出来なかったんだよ」
「おいおい。創作出来ないってそんなわけ――」
じっとヒメは幸樹の事を見つめていた。
初めはそのことに気付かなかった幸樹も、分かるとすぐに黙ってしまう。
「したかった。したかったよ。でもね。描けないの。漫画を描く技術とかそんなモノじゃなくて。話しが、描けないの。楽しくなる話が。
恐怖と死だけの世界で生きて来た私達には分からないの。いくら本を見ても分からない。手を変えて楽しいじゃなくても異世界の話しにしようともした」
でも、
「でもね。私達が元からいるこの世界。もうすでに異世界にしか感じられないの。ドラゴンや魔物や妖精なんていない。けれど死ぬことは出来ないし神様みたいなのが出てきたりもした。
すでにお話みたいな世界に住んでいる人間が、異世界の話を書いてもつまらない物にしかならないし、読んでいる方も興奮しないのはわかるよね」
わからないよね、とヒメは自ら否定する。経験しなければわからないことなのだ。
それで、とヒメは言う。
「漫画でも遊びでも、何でもいい。私達じゃ、生きることに精一杯な私達じゃ無理なの」
だから、
「お願い」
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