第10話 失楽園のカースト国6
目の前で繰り広げられる行為に、地に伏しながら幸樹は思わず言葉を作ってしまう。
「何この百合展開……」
ある意味先程の呪いが覿面したのだろうか。
ただ現在行われているのは、百合と言うよりは、
「…………カニバリズム」
が適切な表現と思えなくもない。実際は食べられると言うよりは甘噛みだが。
「あぁ……。あんな噛み方ぁじゃなく、犬歯を突き刺して皮膚ぅを噛み切って欲しい……」
隣でしゃがみ込み、理解し難いことを言うムーマ。
離れてくれないかなぁ、と幸樹は思う。
その思いとは裏腹に、ムーマはこちらにさらに近づく。そして物欲しそうな目を向けて来る。
……いや、しないぞ?
どれだけ欲しがってもするわけがない。そのことを、反応を示さない幸樹を見て理解したのだろう。ムーマは寂しそうに地面に丸を書きながらいじけ出した。
女々しい、と幸樹は思う。ここまでわかりやすい女々しさも珍しい。
このまま見ていたならばこちらも女々しくなる。幸樹は立ち上がりヒメとアメに近づく。
未だに百合百合しく抱き合っている二人に幸樹は、
「楽しんでいる所すまん」
恐縮と声をかける。
だったら話しかけて来るな、と十分に伝わる目線でアメが睨めつけて来たが無視する。
「楽しんでないよ! 助けてよ!」
嘘つきも無視をする。
「そろそろこの場所に来た理由を聞きたいんだが」
「あと二時間待ちなさい。楽しむのをそれだけで我慢してあげる」
「しかたない……」
諦め、幸樹は端で二人の楽しむ姿でも眺めていようとする。それを後ろからヒメが叫ぶ。
「仕方なくない! 仕方なくないから! アメちゃんも真面目なターンなんだから」
「お嬢様。私は真面目です」
「尚更悪いよ!」
「別に良いじゃないか。楽しめば」
「変態野郎、良いこと言った! 今度からは虫野郎と呼んであげる」
「両方ともムーマさんにしてあげろ」
「ご褒美ぃ譲ってくれるの⁉ 幸樹君、ありがとうぅ!」
「はいはい」
感謝の言葉を幸樹は適当にあしらう。
「で、結局俺はどうしたら良いんだ? お楽しみタイムを待っていればいいのか?」
「真面目に行くから! アメちゃんもいつまでも抱きついてないで離れて!」
ヒメに強く言われたアメは、はい、と素直に従う。ただ顔は凄く残念そうだ。
そして地面に腰を置いていたヒメを、アメは手を貸して立たせる。
ヒメの服についた砂埃をアメは払いのける。するとお礼としてかヒメはアメの頭をよしよしと撫でる。されたアメは犬かの様に、くぅん、と気持ちそう良さそうに喉を鳴らす。
……二人の関係性って……。
主従と言うよりは飼い主とペットだな、と類似したもので検討を幸樹は付ける。
……あの二人の間に、何があったんだろうな。
『きっとアメ氏も未来ある幼い子が好きなのでしょう』
「いや、実際はヒメのがババァだからな」
『実年齢は、本当ならば小さい方がいいです。が! 見た目が小さければノープロブレム!』
「ブレないなぁ」
こいつもこいつでどうしてそこまでロリが好きなのだろうか。
「幸樹君。一体ぃ誰と話しているんだい?」
「ハッ!」
後ろから声をかけて来たムーマによって幸樹は気を取り戻す。
……なんで俺は怨念と会話を⁉
あまりにも違和感なく会話をして来たために日常の感覚で返答をしていた。
危うく一人で会話をする危険人物になるところであった。
『ちっ』
自由意思があり過ぎるだろう、とあまりにも強い念に幸樹は諦めがちに思う。
長い間出て来ないと思えば、今度は強くなって出て来たのだ。そう感じるのは当然であろう。
……気を強く持っていれば大丈夫かなぁ……。
自分は何と戦っているのだろう。クラスメートか。
自問自答で気が狂いそうなので幸樹は考えるのを止めた。
先に行くヒメとアメの後を幸樹は追う。その殿をムーマが務めることになった。
幸樹は先の二人に追いつき、その先を見た。すると歩く先には、何もなかった。
正確にはあるにはある。建物や物が入っていたであろう箱や樽。
しかしそれらは“ある”と言うだけなのだ。
言葉を正すならば、建物の形を成している、だ。
建物は幼児が適当に組み上げたと称するのが正しい程崩れているもの。手入れが全くされておらず、風化などでボロボロになっているもの。理由は何であれ、建物という状態をギリギリ残してある程度。
他にも、外に置いてある箱や樽は一部分の板が外れ、穴がいくつも開いているなど、ただの粗大ごみが置いてある。荷台と思しき物も、台と引くために持つ部分が壊れ離れている。
廃墟と言う言葉すら良く思えてしまう状態のそれらの中で、生気を感じられない人々が蹲りや横に伏していた。
……スラム街みたいだな。
テレビで見るあの悲惨な光景が眼前と重なる。だが違う部分が一点。
「……人が……」
そう。人が、死んでいるのだ。
肉体的にではない。精神的、と言ったらいいのだろうか。人の形を成した物がそこにあるだけで中身がない。まさに人形のよう。
そう感じられるほどに、何も感じない。
生気、と先んじて思ったが、それは全体の一部でしかない。
何もない。もしくは存在が、希薄なのだ。ここに、いないかのように。
「彼らはここにいない人間なの」
考えていたことをヒメが口にしたことに、幸樹は驚く。
だがすぐに自分の考えを言い当てられたのではなく、自分が正解を考えていたのだと気付く。
「正確にはこの世界にいたくなくなった人たちなの」
「いたく、なくなった?」
「そう……。ねぇ、幸樹。人はどんな時に生きるのをやめると思う?」
「どんな時って……」
……そんなの、考えたこと……。
ない、と思考しようとした時、違和感を感じた。
本当にそうなのか、と言う疑問の違和だ。
確かに自分は考えたことが無い。それは間違いなはずなのだ。
しかしそうではないかもしれないと。考えたことがあるのではと思考してしまう。
「いや、わからない」
幸樹の答えに、ヒメは寂し気に、
「目標がなくなった時。もしくはゴールがなくなった時、かな」
答えの意味が分からず、幸樹は首を傾げる。それにヒメは、
「うーん。やっぱりわからないよね」
当然だよね、と無理があったと認めた。
「ちっ……。なぜわからない。虫野郎」
「おい。それはムーマさん相手に言えと言っただろう」
「そうだよ! 僕の事を虫以下のクズゴミ野郎って言ってくれるはずじゃないか!」
「……そこまで言えとは言っていない」
「ねぇ、一回脱線しないと話を進められないの?」
アメとムーマが自分の知り合いに似ているからだろうか。どうしても学校での雑談感覚に時折なってしまう。
真面目に話を聞かなくては、と意識を幸樹は強める。はぁ、と嘆息をヒメはつき、
「例えばだけど。何かを目指していて、それが破れたらどう?」
「確かに絶望するかもしれないが、また歩き出すだろ」
「そうだね。自力か周りの人の助力かわからないけど。普通だったらそう」
でもね、と、
「それは終わりがあるから出来ることなんだよ」
「あ……」
幸樹は気付く。自分が言ったのは寿命がある世界での話だ。しかしここは、
「そう。ここは死が取り上げられた世界。終わりはないの」
「だ、だが、目指すのは出来るだろう」
「幸樹。確かに出来る人はいるよ。でも、出来ない人が多いんだよ。人はね、何度も絶望にぶつかったら魂が、砕けちゃうんだよ。それが永遠に続くなら、なおさらに」
……だから彼らは……。
生きているように感じなかった。そしてそれは、
「……これがこの世界の、死……」
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